暖かな日差しが降り注ぐ、絶好の洗濯日和。
外にある物干し竿に、先程洗ったばかりのシーツを干していた。
エプロンのポケットの中に入っていた洗濯バサミを取り出し、シーツの端と端を止める。
「ふぅ〜。……これで終わりね」
籠の中に残っていた最後のシーツを掛け終え、エプロンの皺を手で伸ばしてから一息付いた時。
「レイちゃん、ついに完成したね」
「長かったね、ルルっち」
玄関前で、ルルとレイさんが手を取り合い騒いでいた。
何を騒いでいるのかと見てみれば――。
手に小さな薬瓶を持って、これを飲ませれば〜とか何とか喋っている。
また、2人して何かやらかすつもりらしい。
全く……あの2人が一緒にいれば碌な事が無い。
私は溜息をつきつつ、下に置いていた籠を手に取り、2人が入って行った玄関に向けて足を進めた。
一歩家の中に足を踏み入れると、客間の方からルルとレイさん。そして、トオル様とハーシェルの声が聞こえて来る。
ハーシェルは、トオル様の教師として今日この家に来ていたのだが……早く帰らないかしら。
持っていた籠を洗濯場に置き、それから皆のいる客間に足を向ける。
ガチャリ――と扉を開けた瞬間。
中にいる4人全員の視線が私に集まった。
そして、
「あ゛ーっ!?」
「ダメぇー!」
ルルとレイさんがギャーッと叫んだ。
ハッキリ言って煩い。 何だと言うのだ。
扉を開けたまま、眉間に皺を寄せながらそんな事を思っていたら。
「好きですっ。デュレインさん!」
目元を赤く染めたトオル様が、いつの間にか私の前に立っていて、人の手を取りながらそんな事を言う。
急に何を言い出すのかと思いながらトオル様を見詰めれば、更に詰め寄って来て熱烈な告白を述べ続ける。
「好きです。大好きなんです、デュレインさん!」
「…………気でも触れたんですか?」
「至って本気です!!」
「へぇ……因みに、私のどこが好きなんでしょう?」
「その綺麗な琥珀色の瞳でしょ? それに、料理が上手な所と、人をどん底に落とす程の毒舌や、ロボットかよ!? と突っ込みたくなるくらい表情が少ない所とか……んもぅ、デュレインさんの全てが大好きなんです!」
「ふふふ。トオル様が私の事をどの様に思っているのか、今の言葉で分かりますね」
「そうですか? 嬉しいなぁ〜」
「別に褒めていませんが?」
私が言っている意味を、全く分かっていないトオル様。
ツラツラと私に愛の告白っぽいモノを述べ続けるトオル様の後ろ――ルルとレイさんが居る方を見れば、2人はガックリと肩を落としてトオル様を見詰めていた。
「貴女達。一体、今度は何をやらかしたの?」
トオル様の言葉を右から左に聞き流しながら2人にそう聞けば、こんな答えが帰って来た。
「えっとね? 惚れ薬を少々……」
モジモジしながらそう言うルルに、半眼になる。
「全く、何を考えているんだか」
「だぁ〜ってぇ〜」
「透ちゃんに『好きだよ』って言われながら、ぎゅぅ〜っとされたかったんだもん」
「…………余計な事をするなよ」
涙目になっているルルとレイさんに、不機嫌そうなハーシェルの声が聞こえて来た。
そちらに視線を向けてみると、ググッと眉間に皺を寄せたハーシェルと目が合う。
「………………」
「………………」
視線で人を殺せるのではないのだろうかと思える程の鋭さ(別に私は何とも思わないが)で、人を睨みつけるハーシェル。
そのまま数秒見詰め合っていたのだが。
ムギュ。
見せ付ける様にトオル様に抱き付いてみた。
そしたら、ハーシェルが面白いくらい顔を引き攣らせた。
面白いから、トオル様に更に引っ付いてみる。
「デュレイン!」
「トールから離れてよ、デュレイン!」
「そうだよ! 私の透ちゃんを返して!」
慌てて椅子から立ち上がる3人。
慌てふためく彼らの行動を見て、私はクスクスと笑う。
そして、そんな3人を横目で眺めながら、トオル様の耳元に唇を寄せた私はこう囁いた。
「トオル様……私、トオル様と2人っきりになりたいのですが」
普段のトオル様なら絶対に首を縦を振らないであろうが、惚れ薬を飲んでいる今の状態のトオル様は、顔を輝かせて私達の回りに転移魔方陣を展開した。
「もちOKです! ――それじゃあ、行きますよ。私に掴まってて下さい」
トオル様の声がしたと思ったら、魔方陣が光り輝く。
「トオルさん!」
ハーシェルが手を伸ばして止めようとする――が、一歩間に合わず。
私はハーシェルに向けて、にっこりと微笑む。
「……っ!?」
「じゃあね」
トオル様の胸に凭れながら手を振る。
口元を引き攣らせるハーシェルを見たのを最後に、視界は変わった。
「ここは……?」
ふわりと香る花の匂いにつられ、トオル様の胸元から顔を上げて回りを見渡せば――色鮮やかな花々が咲く、綺麗な花畑に私達は立っていた。
トオル様から離れ、様々な花が咲く花畑を眺めてみても、ここが何処なのか全く分からなかった。
「ここ、私のお気に入りの場所なんです」
ふと、視線を横に向ければ、うぅ〜ん。と背伸びをしたトオル様が、ごろりと地面に寝っ転がったところであった。
「服が汚れますよ」
「でも、こうやって寝ると気持ちいいんですよ? 服が汚れるのも気にならないぐらい」
「汚れた服を洗うのは、私ですが?」
「………………」
「それでも気になりませんか?」
「……えぇ〜っと……あはは。まぁまぁ、気持ちいいので、デュレインさんも寝てみて下さいよ」
地面に寝っ転がっていたトオル様は、肘を立てて上半身を起こす。
そして、手を伸ばして私の手首を掴み――。
「わっ?」
気付いたら、私はトオル様の腕の中に抱き締められていた。
「ほら、こんな天気のいい日に、外でゴロゴロするのも気持ちいいものでしょ? それに、私の上にいればデュレインさんのメイド服も汚れる事もないし」
のほほんとした表情でそう言うトオル様に、私は溜息をつく。
「全く……本当にどう仕様も無い人だ」
声が一段低くなった私に、きょとんとした表情をするトオル様。
「デュレインさん?」
声を掛けられたが、それを無視して、私はトオル様を跨ぐように上半身を起こした。
ふぅ〜っと息を吐き、目元に落ちて来た前髪を手で掻き上げながら、視線を下に向ける。
「……本当に、私の事が好きですか?」
「うん。好き」
「ふーん」
『溜め』も『間』も無く、目元を赤く染めながら速攻で帰って来る言葉。
でも、嬉しさも何も感じない。
何故なら、その『言葉』はトオル様の本心では無く、『惚れ薬』によるものだからだ。
私は寝ているトオル様の顔の横に両手を置き、トオル様を閉じ込める様に身を屈める。
亜麻色の髪の一房が、トオル様の頬を掠めた。
「ねぇ、トオル。それなら……いつか本当に、俺のものになってよ」
多分、解毒薬を飲んだら、トオルはこの時の事を忘れているからだ。
だから、この時だけ――本当の自分に戻ることにした。
『メイド』の仮面を脱ぎ捨て、『本当のデュレイン』に戻る。
クッ、と口元だけで笑う俺に気付かないトオルは、瞬きしながら俺を見上げていた。
右手を地面から離し、トオルの頬にそっと当てる。
「返事は?」
指の背で頬を撫でながらそう聞けば、トオルはほにゃりと笑った。
「うん。デュレインさんのものになるよ」
「そう」
言質は取った。
「それじゃあ、遠慮無く」
俺は、トオルの心臓の上に手の平を置き、呪文を唱える。
パァーっと、淡い光が手の平と胸の間で輝く。
光が収まり、手を胸の上からどけると、きょとんとしたトオルが首を傾げた。
「何をしたの?」
「ん? それは――後からのお楽しみ」
「ふーん?」
不思議そうな顔をするトオルを見下ろしながら、クスクス笑う。
今まで女だと思っていた自分が、本当は男だったと気付いた時の反応も面白そうだが――見え無いようにして刻んだ、胸の印(しるし)を知った時の顔を見てみたい。
きっと、期待を裏切らない反応をするのだろう。
あぁ、早く“その時”が来て欲しい。
そんな事を思っているなど顔には出さず、いつもの表情で口を開く。
「そろそろ皆の所へ帰りましょう」
口調を『メイド』のものへと戻す。
気持ちの切り替えなど、今の私には朝飯前だ。
私はトオル様の上から立ち上がると、手を差し伸べてトオル様を立たせた。
「えぇ〜っ、もう帰るの? 今来たばっかりなのに? もうちょっと、デュレインさんと一緒にいたいのにぃ」
「ふふ、嬉しい事を言ってくれますね。でも、本当に帰らないと、薬が体に馴染んでしまいますよ?」
「え? 薬って?」
「ほらほら、早く帰りますよ」
「あぁ、うん。はい」
私はトオル様をせっついて、転移魔方陣を発動させた。
淡い光に包まれると、視界が花畑から元の客間へと変わる。
「トオルさんから離れろ、デュレイン」
私達が帰って来るのを待ち侘びていたのであろう。
惚れ薬の解毒薬が入っているらしい小瓶を握り締め、私を睨み付けるハーシェルが直ぐ側に立っていた。
私は、静かに怒り狂うハーシェルの顔を見詰めながら――ピタッとトオル様の体にくっ付いた。
その瞬間、ピシリとハーシェルの額に青筋が浮かぶ。
トオル様が嬉しそうな顔をする度に、ハーシェルの顔から表情が消えていく。
面白い。
暫くトオル様を使ってハーシェルで遊び、ある程度経ってからトオル様に解毒薬を飲ませた。
解毒薬を飲んだトオル様は、副作用で一度眠りについた。
そして、少し経ってから目覚めたトオル様は、惚れ薬を飲んでいた時の記憶が全く無く、「あれ? 私……いつの間に寝てたんだ?」と首を傾げていた。
そんなトオル様に、ハーシェルとルルとレイさんが取り囲み、私が近付けないように壁を作った。
私はそんな3人と寝ぼけ眼(まなこ)のトオル様に、「お茶をお持ちします」と声を掛けて客間を出たのであった。
パタリと扉を閉めて、ゆっくりと廊下を歩く。
「ふふ。本当に、あの方は私を飽きさせない」
これからそう遠くない未来に起きるであろう“出来事”を想い、私は笑う。
その日が来るまで、『メイドのデュレイン』と言う仮面が剥がれないよう、最新の注意を払う事を心掛ける私なのであった。