痛みのち甘い時間

 
 深夜――。


 誰もが寝静まる時間に、息苦しさで目が覚めた。
 寝汗をかいていたらしく、気持ち悪さに自然に眉間に皺が寄る。
 手の甲で額の汗を拭い、上半身を起こそうとして――身体中に走った鋭い痛みに動きを止めた。
「…………くぅっ」
 両手で体を掻き抱き、痛みに耐える。
「……ふっ、はぁ、はぁ、はぁっ……う゛あぁぁっ」
 浅い呼吸を繰り返しながら痛みを逃そうと試みるも、痛みは弱まるどころか、強まるだけであった。
 私はなんとかベッドから起き上がると、壁伝いに歩きながら部屋を出る。
 痛む体をあまり意識しないように階段を下り、居間を目指しながら歩き続ける。
 居間に入ると、私は魔法薬を隠している棚に足を向け、棚の扉を開けてその中を漁った。
 次第に強くなる身体の痛みと息苦しさに焦りが募る。
「どこに……」
 更に、暗い部屋の中で手探りだけで目的のモノを探すのは一苦労だった。
「…………あった」
 目的のモノを、漸く手に取る事が出来た。
 私はそれを棚の中から取り出すと、親指で栓を外した。
 掌に数粒の魔法薬を乗せ――それを一気に飲み込む。

 …………ゴックン。

 これで大分良くなるであろう、と、体から力を抜いた瞬間。
「う゛あ゛ぁぁっ!?」
 ドクンッ! と、心臓が痛いくらい大きく鼓動した。
 膝の力が抜け、両膝からガクンと床に倒れ落ちる。
「うっ……く、あ、うぐぅ……」
 今まで感じたことの無い痛みが、全身を襲う。
 自分の体の中から、ギシギシと不穏な音が鳴り続ける音を聞きながら、頬に当たる床の冷たさが少しだけ気持ち良く感じた所で――私の意識はぷっつりと切れたのであった。




「くうあぁぁぁっ! ……あぁ〜眠い。何でこんな早くから仕事が入ってるかなぁ〜? ――レキ、目、覚めた?」
「……ふぁい」
「ん、もうちょっとだね」
 2階から下りて来たトオル様とわんころの声で、目が覚めた。
 どうやら、意識を失い、そのままの状態で寝てしまっていたらしい。
 しかし、おかしい。
 薬を飲んだのに、息苦しさも身体の痛みも無くなっていない。
 倦怠感と身体を動かす時に感じる違和感に、首を傾げる。
「あれ? デュレインさん、そこにいるんで……う゛えぇ!?」
 私がムクリと起き上がった所で、トオル様が私の存在に気付いたらしい。
 気怠い気持ちを押しやり、何とか顔だけ振り向きトオル様に視線を向けると――。


 腕にわんころを抱いたトオル様が、私を見て固まっていた。


 不思議に思いながらも、ポカンと口を開けるトオル様に朝の挨拶をすれば、更に大きく目を見開き、わんころを腕から落とした。
「むぎゃん!?」
 顔から落ちたわんころは、暫く前脚で顔を抑えて身悶えていた。
 それは痛かろう、と心の中で思いながら鼻を押さえるわんころを見詰めていたら、トオル様が私の前に跪いて私の顔を見詰める。


 ……トオル様が跪いているのに……何で視線が合う?


 激しく嫌な予感がする。
 ゆっくりと視線を自分の身体に向けてみると――。

 まず、小さな足先が目に入ってきた。
 次に、ブカブカの寝間着。首元からは華奢な肩が覗いており、持ち上げた手は今までの大きさの半分以下に。
 それに、立っているのに床までの距離が異常に近かった。

「………………」
 言葉もなく、手を握ったり開いたりしてみる。
 しかし、何をどうしても変わるはずもなく。
 自分の手から視線を離し、ゆっくりと前を見れば……。
「デュレインさんっ!」


 顔をぱあぁぁぁっと輝かせたトオル様が、目の前に。


「デュレインさんがミニマムに! ちょープリティーなんですけどっ!!」
 そう叫ぶと、ムギューっと私を抱き締める。
 ぐぇっと言いそうになるのを何とか堪えるも、身体に走る痛みに意識が飛びそうになる。
 ボーっとしてきた意識の中、私はトオル様に聞かなければならない事を聞いた。
「……トオル様」
「なぁに? デュレインさん」
「少し、聞きたいことが」
「んもぅ、何でも聞いちゃって下さい!」
 それでは遠慮無く。
「そこの棚の中に……ルルから貰った『何か』を入れましたね」
 魔法薬を隠していた棚を指差しながら、疑問形でもなんでもなく、確信を持って聞く。
 すると――。


「うん、入れたよ? ルルから貰った飴ちゃんが入った小瓶」


 と、軽〜く言ってくれた。
「………………」
「え? 何か悪いことしちゃった? 私」
「…………トオル様。それは、絶対に飴ではありません」
「で、でも、『美味しいアメを作ったから、トールにあげるねぇ〜♪』ってルルは言ってたよ?」
「何度も言いますが、アレからモノを貰ってはいけません」
「…………あのぉ〜。もしかしなくても、ルルから貰った飴ちゃんで……身体が縮んだとか?」
 私を見ながら、口元を引き攣らせるトオル様。
 漸く事態が分かってきたようだ。
 鈍い。鈍いにも程がある。
 はぁっと溜息をつけば、トオル様が心底すまなそうに謝ってくる。
 私の前で正座をして、頭を下げるトオル様。
 ビクビクしながら、小さな私を上目遣いで見るその顔を見て、私は残りの意識を振り絞ってこう言った。


 許しません。


 そう、そんなに簡単に許すはずがない。
 あの状態でアレを飲んだ時、本当に死ぬかと思ったのだから。
 そして、現在進行形でやばい状態に。
 トオル様には、しっかりと責任をとって頂かなければ、私の気が収まらない。
 しかし、そう思うも、私の身体は私の意思とは関係なく崩れ落ちる。
「デュレインさん!?」
 トオル様の焦った声と、身体が温かいものに包まれた感触を最後に――私の意識は途切れた。




「……あぁ、ロズウェド? うん、俺。――あのさ、悪いんだけど、今日は休むから」
『――』
「違う違う。俺じゃなくて、一緒に暮らしている人が、倒れちゃったんだ」
『――?』
「っそ。んで、零は今日は抜けられない任務が入ってるって言ってたから、その人を看れるのが俺1人ってわけ」
『――』
「うん、今度何か奢るからさ、悪いね」

 話し声で目が覚めた。

 重い瞼を開け、顔を横に向けると――掌に蝶(連絡蝶)を出現させ、誰かと話し込んでいるトオル様が目に入った。
 話の内容からして、多分、ロズウェドと話していたのではないだろうか。
 ボーッとしながら、掌の蝶に話し掛けているトオル様を眺めていると、額から何か濡れた物が落ちて来た。
 目の前を覆う濡れた物を摘まんで見ると、濡らしたタオルであった。
 何でこのような物が……それに、いつの間にベッドの中に? と首を傾げていると。

「あ、デュレインさん。目が覚めました?」

 連絡蝶を消したトオル様が、ゆっくりとした足取りで近付いて来ながら、「すみません、起こしちゃいましたか?」と聞いてきたので首を振った。
 トオル様はベッドの横に置いてある椅子に腰掛けると、腕を伸ばして私の額に自分の掌を軽く触れる様に置く。
「……少し、熱っぽいですね」
「ん……」
 額に触れる掌の冷たさが、気持よかった。
 目を閉じ詰めていた息を吐き出すと、トオル様の手が額から頬に当てられる。
 頬を何度か撫でると、トオル様は額に載せていたタオルを取り、それをもう1度冷やしてから額に乗せた。
 それから――。


 何故か、私の寝間着のリボンを解き、前を肌蹴させようとしている。


 何をする気だ、と無言で見詰めていると、その視線に気付いたトオル様が「あ、デュレインさん、息が苦しいんですよね?」と聞いてきた。
 息は確かに苦しい。
 身体の節々も痛むし……それより、それと今トオル様がしようとする事は、何の関係が?
 ジーッと不審者を見る目付きで見詰めていると、ちょっと焦った感じのトオル様が、小さな楕円形の薬入れを目の前につき出してきた。
「これ、さっき零に言って持って来て貰った、鼻の通りをよくする塗り薬なんです。胸に直接塗るとスーッとして、息が吸いやすくなるんです」
 だから、これをヌリヌリしましょうね〜? と言うトオル様。
 もはや、私にかける言葉遣いは、小さな子供に対するものに変わっていた。
「はい、塗りますよ〜」
 トオル様は手馴れた感じで私の喉と胸、それに背中にも薬を塗る。
 不思議な事に、トオル様が私の身体に触れる所から、身体の痛みが薄れていく様に感じた。
「……はぁぁー」
 他人に身体を触られるなど、気持ち悪いだけ――と今まで思っていたが、思いの外、気持ちイイものである。
 トオル様は薬を塗り終えると、私の寝間着を元に戻しながら私の顔を覗く。
「もしかして、身体の節々が痛みます?」
「……はい。それに、あつい……」

 多分、これは魔法薬の副作用だろう。

 先程飲んだ身体の大きさを変える魔法薬のせいだけではない。
 ここ何十年も飲み続けている、魔法薬が原因だろう。
 長期間魔法薬で身体の形を変化させるのは、相当の危険が伴う。
 身体の形を維持する期間が短くなっているのを考えると、そろそろ限界なのかもしれない。
 痛みを堪えるように、身体を丸めながらそんな事を考えていると。
 ベッドの端に腰掛けたトオル様が、布団の中から私を抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。
「な――!?」
「痛いの痛いの飛んでけー」
 驚く私をよそに、トオル様はそんな事を言う。


 優しく抱き締め――肩から背中、それに腕を、トオル様は労るように擦る。


「早くデュレインさんの身体が治りますよーにっ」
 頭を撫でられ、優しく身体を包まれる状況に、身体の力が抜ける。
 ポスンッと、顔がトオル様の胸に当たる。


 ――参った。


 私をこんなに『驚かせる』人間は……今も、これから先も、トオル様しかいない。
 クッと、口角が上がる。
 トオル様を驚かせようと計画を立てている私が、逆に驚かされるなんて、コレほど面白い事はない。
 1人心の中で笑っていると――身体の痛みが殆んど無くなっていることに気付く。
 多分、無意識でトオル様が治癒魔法を私に掛けているのだろう。
 細い指が、汗を掻いて肌に張り付いた髪を耳に掛けてくれるのを、意識しながら眼を閉じた。
 トクン、トクン、と規則正しい鼓動が、触れ合う頬に伝わってくる。
「寝てもいいんだよ?」
 優しい声が、頭上から聴こえてきた。
 私は、今は変わってしまった小さな手を――細いように見えて、意外と逞しい身体にそっと回した。


 やっぱり、手放せない。


 好敵手が多いことは分かっている。
 同性に、異性に、異種族に――トオル様を慕っている者は多い。
 でも、こんなに面白くて……心が休まるような女性(ひと)を、誰かに取られるなど考えられない。
「……トオル様」
「ん〜?」
「私は……」
「何? どうしたの?」
「私は一生……トオル様と共にいます」
「は?」
「……ふふふ」
 私の言葉がイマイチよく分かっていない様子のトオル様を満足に眺めながら、私は眼を閉じて顔を胸元に寄せる。
 え? え?? と頭上から声が聞こえるが、私の意識はゆっくりと落ちてゆく。



 そう、子供の頃に誓約を交わした場面を思い出しながら。
 







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