不機嫌なお姉様とチビな私 後編

 
「今日はいい天気ね」
「そーだね、お姉さま」
 私は今、ロズウェルドと手を繋ぎながら、大通りを歩いていた。


 ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。


「たまには、2人だけで仕事をするのも、いいものね」
「そーだね、お姉さま」
 道を歩けば、老若男女さまざまな人達が、ロズウェルドをポーッとした顔で眺めていた。


 ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。


「ふふふ。皆、トオルを見て可愛いいって言っているわよ?」
「どこがだよっ!?」
 確かに、私と零がプロデュースしたロズウェルドは、メッチャ綺麗な美女へと大変身しているから、見惚れるのは分かるよ? うん。

 でもさ? でもだよ?

 その後に視線を下げて、ロズウェルドに手を引かれて歩いている私を見ながら、プッと口に手を当てて笑うのは、失礼だと思う!!
 例え、短い髪を無理して両耳の上でリボンで結んでいたり、これからピアノの発表会ですか? と言いたくなる様なピンク色のフリフリドレス(自分でも、笑える程似合わないと自覚はしている)を着ていても、だ!
 私は立ち止まって、普段よりも高い位置にある麗しい顔をギンッと睨み上げる。


  ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。ぷぎゅぅぅぅ〜っ。


 立ち止まったら、靴の中から、ぷぎゅぅぅぅ〜っと長い音が鳴った。
「どう見ても、俺を見た人が「可愛い」なんて思ってるはずないでしょうがっ!」
 私はロズウェルドを睨みながら、左足を軽く上げて、履いている靴をズビシッと指差した。
「それに! 何なんだよ、この歩けばぷぎゅぷぎゅ音が鳴る靴は!!」
 そう、先程から歩く度に、ぷぎゅっ。ぷぎゅっ。とヘンな音が鳴っているのだ。
 小さい頃でも、こんな靴を1度も履いた事なんて無かったのに……。


 何故、この年になってからピコピコサンダルを履かなきゃならんのだ!


 ムキーッと怒っていると、フッと笑ったロズウェルドが裏声から急に素の声に戻し、顎を突き出しながら「ソレ(靴)は、迷子防止の為だ」と言った。
「……ま、迷子防止?」
「そうだ。何かの拍子に俺の側から離れても、ソレだと直ぐに分かるだろ?」
「迷子になんてならないよ!」
「この前の任務中、同じ事を言って、迷子になった奴はどこのどいつだ?」
「………………」
「分かったなら、行くぞ」
 ほら、さっさと歩け。と、ロズウェルドに引き摺られる様に歩いていると、急に清楚なお嬢様の仮面を被った奴に、「それから、今、私達は良家の子女なのよ? だから、『俺』じゃなくて『私』と言うように」と言われた。
「分かった」
「分かりました」
「…………分かりました、お姉さま」
 私が復唱すると、「言葉遣いには気を付けましょうね?」と、一言そう述べ、白い日傘をクルクル回しながら歩き出す。
 そんなロズウェルドに私は――。


 お前、嫌がってた割にはノリノリじゃないかよ!?

 と、ツッコミたかった。



 ――それから、約2時間後。

「うまぁ〜いっ!」
「ククッ。それは良かったな」
 私達は暴行事件が起きそうな所を色々と歩き回っていたのだが、今はお洒落な喫茶店に入って休憩中。
 周りに誰も居ないため、ロズウェルドも今は口調を平素のものに戻していた。
 喫茶店に入ると、何でも好きなものを頼んでいいと言われ、私はアイスクリームの上にラズベリージャムがたっぷりかかったモノを頼み、食べている。
 ガラスカップに入ったアイスクリームをスプーンで掬い、パクリと口の中に入れる。
 口の中に入れた瞬間、アイスクリームがトロリと溶けて、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。
 幸せいっぱいな気持ちになりながら「うまぁ〜いっ!」と言えば、ロズウェルドは私の顔を見ながら苦笑した。
「本当に、トールは美味しそうに食べるな」
「だって、ホントに美味しいし! ロズウェルドも食べてみたら分かるよ」
 私はそう言うと、「はい、あ〜ん」と、アイスクリームを乗せたスプーンをロズウェルドの口元に持っていった。
「いや、いいよ。甘いものは苦手なんだ」
「そうなの? それは、人生の半分以上損してるよ」
 真面目な顔をしてそんな事を言いながら、ロズウェルドに差し出していたスプーンを自分の口に運ぶ。

 あ〜んっ、とスプーンごと口の中に入れて、フニャリと口元が緩む。

 うん。やっぱり、この美味しさが分からないなんて、ロズウェルドは人生の半分以上損してる。
 そう思った時、白魚の様な白い手が私に伸ばさた。
 ん? と顔を上げると、ロズウェルドが私の口元に付いていたらしいラズベリーを、人差し指で取ってくれた。
「あっ、ありが――」
 取ってくれてありがとうと言おうとしたら、ロズウェルドは――。


 ラズベリーが付いた人差し指を、そのまま自分の口の中に入れた。


「あぁ、やっぱり甘いな……」
 ちゅっと音を立てて指を口から離すと、眉間に皺を寄せてそう言った。
 んなっ!? と目を見開いて固まる私をよそに、ロズウェルドは人差し指に微かに残っていたラズベリーを舐め取っている。
 ソレを見た私は、テーブルの上に突っ伏した。

 なんか、とっても恥ずかしいんですがっ!?

 顔というか、耳というか、体全体が熱い。
 だって! 口の中に指を入れるロズウェルドの姿が、とっても艶めかしく見えたんだもの。
 しかも、口から指を離す時のちゅっと言う音が……。

 ぎゃーっ。エロいです、ロズウェルドさん!

 1人で悶えていると、大丈夫か? と心配されてしまった。
「早く食べないと、溶けるぞ?」
「……うん」
 私はなるべくロズウェルドを見ないようにアイスクリームを食べてしまうと、口元に付いたラズベリーを急いでナプキンで拭き取った。




 喫茶店から出ると、ロズウェルドは私を抱えて大通りを歩いていた。
 小さな私と手を繋ぎながら歩くと、身長差でどうしてもロズウェルドが少し屈みながら歩かなければならず、腰が痛くなるという事で、歩き初めの頃から抱き上げられていた。
 私としては、あの「ぷぎゅっ」という音を立てて歩かなくていいし、ある意味楽なので、大人しく抱っこされていた。
 人通りの少ない場所を選んで歩いているロズウェルドに、私はポンポンと叩く。
「ねぇ、ロズウェルド」
「ん? 何?」
「全然襲われないね、俺達」
「そうでもないわよ?」
「え? ――って、うわぁぁ!?」
 ロズウェルドが急に走り出した。
「ちょちょちょ、ちょっと! 急にどうしたのさ!?」
「分かんない? 後ろから数人、人相の悪い連中につけられてる」
「へ?」
 振り落とされないようロズウェルドの首にガッチリしがみ付きながら、後方にひょいと顔を覗かせると――。

 目つきが悪く、襤褸(ぼろ)のような服を着た5〜6人の男たちが、手にナイフの様なモノを持って追い掛けてきていた。

「うおっ!? いつの間――むがっ!?」
「トオル、口を閉じてないと、舌噛むぞ?」
「もう……かんひゃ」
 涙目になりながら口元を押さえていたら、ロズウェルドが急に方向転換をして、更に細い道に逃げた。
 道が悪いのか、走る振動に合わせて体がガクガク揺さぶられる。
 ちょ、ちょっと待て! 先ほどアイスクリームを食べたばかりなのに、そんなに体をシェイクされたら……。


 は、吐きそう……。


 急に無言になった私を訝しんだロズウェルドが、「トオル?」と走りながら顔を覗き込んできて、ぎょっとしたような顔をした。
「どうした!?」
「ろ、ロズ…………は、きそ゛ぅぅっ」
「はあぁっ!?」
「むぐぐぐぐ……っ」
 顔をロズウェルドの胸に押し付けて吐き気を堪えていると、「おわっ、ここで吐くのか!?」と焦ったような声を出した。
 私は、そんな醜態を晒したくはなかったので、グッと堪えた。
「………………チッ」
 ロズウェルドの胸元の服を握り締めて俯いていたら、頭上から舌打ちが聞こえた。
「トオル……喋らなくていいから、黙って聞いてろ」
 そう言うと、ロズウェルドは走るのを止めた。
「いいか、今から俺1人であいつらを倒す。その間、お前はここで隠れてろ。――いいか、俺がいいと言うまで、絶対に動いたり声を出したりするなよ」
 私を穴が開いた壁の内側に隠すと、ロズウェルドは何処かへと走り去ってしまった。
 穴の中で膝を抱えて座りながら、私の心臓はドキドキと痛いぐらいに早く動いていた。
 元の姿なら、1人で置いていかれても何とも思わなかっただろうけど、今は、1人では何も出来ない小さな子供の姿なのだ。
 魔法まで封じられてるし、おまけに気分も悪い。

 ロズウェルド……早く帰ってきて。




 しばらくの間、立てた膝に顔を埋めてジーッとしていると、少し離れた所から私の名前を呼びながら駆け付けて来る足音が聞こえてきた。
 帰ってきた! と思って穴の中から体を出した時――。

「漸く出てきやがった!」

 ハッとして顔を上げれば、私が出てくるのを待ち構えていたのであろう。赤いバンダナを額に巻いた男が、大きな手を私に向けて伸ばしてきた。
 体を穴の中に再度引っ込めようとするも、それよりも早く、結んでいたリボンごと髪を掴まれて引っ張り上げられた。
「あい゛だだだっ!?」
「つっかま〜えたっ♪」
「痛い痛い痛い痛い! ちょっと、髪を掴まないでよ!!」
「おっ、ワリィ」
 あまりの痛さに涙目で抗議すれば、バンダナ男は頭から手を離してくれた。
「んじゃ、行くぞ」
「ぐぇっ」
 ホッとしたのも束の間、バンダナ男は人の襟首をむんずと掴むと、子猫を掴むのと同じ様に人の体を持ち上げた。

 首が締まって苦しいぃ。

 バタバタもがいていると、首が締まって苦しんでいるのに気づいたバンダナ男が、今度は胴回りに腕を巻きつけるようにして抱えた。
 そして、疲れてグッタリしている私を見ながら、「ヨッシャー! 魔力の高そうなガキンチョ、1匹確保!!」と叫んだ。
「お前、貴族かどこかの子供だろ? ――その封環、そんじょそこらの人間が施されるような代物じゃあない」
 嬉しそうに「これなら、高く売れるな♪」などと言った言葉にぎょっとした時――。 


「トオルを返してもらおうか」


 ハッとして声が聞こえた方に顔を向ければ――非の打ち所のない美女が、腕を組み、怖い顔をしながら仁王立ちで立っていた。
 眉間に皺を寄せ、キツイ眼差しでロズウェルドがバンダナ男を睨むも、

「うおっ! すんげぇー俺好みな美女発見!」

 とロズウェルドを見て興奮していた。
「……ロズウェルドは男だよ?」
「いいわぁ〜。あんな美女と付き合いてぇ…………って、ロズウェルド!? ロズウェルドって、『冷酷な悪魔』の異名を持つ“あの”ロズウェルド!?」
「うん、そう。“あの”ロズウェルド。そんでもって、美女じゃなくて美男ね」
 指をさして「あれはあんたと同じ男ですよ」と教えてやれば、バンダナ男はガックリと肩を落とした。
「マジかよ。あんな美女が男…………しかも、あの『冷酷な悪魔』が、まさかまさかのカマ野郎だなんて」
 バンダナ男は深い溜息をつくと、私をそっと地面に降ろしてくれた。
 え? と顔を上げると、ポンと大きな掌が頭を包む。
「ギルドの『冷酷な悪魔』が相手じゃ、分が悪い。――今日の所は、俺が引き下がるしかないな」
 そういうと、グシャグシャと乱暴に頭を撫でて走り去ってしまった。
「ろ、ロズウェルド! あいつ行っちゃうよ!?」
「………………」
「ロズウェルド?」
 走り去る背中を見ながら、奴の後を追わないのかと振り向けば。


 ロズウェルドは、肩を震わせながら俯いていた。


「……あ、の……」
「………………」
「ごめん。迷惑をかけて」
「………………」
「怒こって、るよね?」
「………………」
「ロズ――ん?」
 話し掛けても何も喋ってくれないロズウェルドに、焦って声を掛けようとしてハタと気付く。
 もしかして……。
 持ち上げた手がロズウェルドの体に届く前に、ロズウェルドの口元が歪んだ。
 そして、

 ごほっ! げほげほっげほごほっ、げほ、げーーっほ、ごほっ。げほ。げーほげほ。

 吐血しそうな勢いで噎せ出した。
 どうやら、バンダナ男を追いたくても追える状態では無かったらしい。
 私を抱いて歩き回ったり、急に走り出したり、暴行犯達を捕まえる為に魔力を消費したりと、体に負担が掛かった模様。
 げほげほおぇおぇ言っているロズウェルドにそっと近寄り、その薄い背中を撫でて上げた。


 漸くロズウェルドの咳が止まると、私達は人通りの多い道に戻った。
「それじゃあ、裕福層の女性を狙う暴行犯は、さっき追い掛けて来ていたオッサン達が全てで、あのバンダナ男は関係ないんだ」
「あぁ」
 私を壁の穴へと押し込んだロズウェルドは、その後1人で暴行犯を倒し、転移魔法を使って自警団の所へ送ったらしい。
 そして、急いで戻った時に目にしたものが、バンダナ男に抱えられた私――で、あったらしい。
「ふぅ〜ん。まっ、分かんないならもういいや」
 私はそう言ってから「この後、直ぐにギルドに戻らないといけないの?」と聞くと、「いや、まだ少し時間はある」と答えてくれた。
「じゃあ、さ。もうちょっと2人で歩いて回ろうよ」
 ロズウェルドの眉間がグーッと寄った。
「任務が終わったから、俺はギルドに帰ってさっさと着替えたいんだ。――その後でもいいだろ?」
「でも、ギルドに帰っちゃったらチィッティちゃんに任務報告とかするのに、直ぐにギルドから出られないだろ? だから、このまま行こうよ」
「………………」
「ダメ?」
 首を少し傾げ、潤んだ瞳で上を向く。

 ――必殺! カワイコぶりっ子攻撃!!

「…………直ぐに帰るんだからな」
 ガックリと肩を落としてそう言ったロズウェルドに、私は「やったぁー!」と両手を上げた。
 チョロいぜ。



 それから私達は1時間ほど街の中を歩き回っていた。
 任務が終わったからか、ロズウェルドは終始不機嫌顔であったが、私はそれでも楽しかった。
 他愛もない話をしながら露店を見て回ったり、自分達の行きつけの店を教え合ったりと――自分に『姉』がいたら、こんな風に2人でショッピングをしたり、お茶をしたりして過ごしていたのかな、と考えていた。

 ――凄く楽しい。

 ロズウェルドに抱かれながらクスクス笑っていると、どうしたんだと聞かれた。
「えへへ……何か、楽しいなぁーって思って」
「――っ!」
 にっこり笑いながらぎゅーっと首に腕を回して抱きつけば、ロズウェルドは一瞬目を大きく見開き、それから口に手を当てて顔を背けた。
 なんだ? と首を傾げれば、はぁーっと深い溜め息をついてからこちらに向き直る。
「何でもない。――それより、もう帰るぞ」
「うん。分かった」



 こうして、不機嫌なお姉さまとチビな私の任務が無事終了した。
 







アクセスランキングに参加中。

ネット小説ランキングバナーネット小説の人気投票に参加中。

NEWVEL小説ランキングバナーNEWVEL投票ランキングに参加中。

オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなびのアクセスランキングバナーアクセスランキングに参加中。
  inserted by FC2 system