番外編

本当の気持ち

 
 異世界に来て、友達が出来た。
 その子の名前はルルと言って、この世界にある毒ならなんでも知っている『毒女』らしい。
 まぁ、ルルの外見に『毒女』と言う言葉は似合わないから、『毒姫ちゃん』と呼んでいる。
 そんな毒姫ちゃん───ルルとは、『透ちゃん至上主義同盟』を組んでいる。
 その同盟の中には、エドやカーリィーも入っているけど、もちろん私が理事長でルルが副理事長である。
 ここにもう少ししたらレキを加える(ルヴィーには丁寧に断られた)予定。
 そんな同盟を組みながら、私はルルに魔法薬の調合の仕方を教わっていた。
 元の世界では絶対にあり得ないような効果が出る薬に、次第に私もどっぷりと……そう、どっっっぷりとハマって行き、今ではリュシーさん達に『毒女2号』と呼ばれている。
 失敬な。

「……レイ」

 私が魔法を使ってしまえば、確かに直ぐに変化させる事も出来るけど、それだと面白くない。
 自分なりに考えて作る作業がとっても楽しいのだ。
 しかし、作った魔法薬の効能を試すには、必然的にその薬を飲まないといけない訳で。
 でも、見ず知らずの人間に飲ませる訳にはいかないし、自分が飲むにはちょっと……と言うか、かなりヤダ。

「レイ」

 と、なると。
 必然的に自分の知り合いに飲んでもらうことになる。
 しかし、魔法薬を飲んでください、ハイいいですよ、と簡単に行くわけもなく……。
 ルルと同じ様に、こっそりと飲み物や食べ物に混ぜるようになった。
 まぁ、こっそりと飲ませるのは私専属の黒騎士達に限るけどね。


 そして、今日も『とある人物』にこっそりと飲ませた魔法薬。


「レイっ!」
「んもぅ、な〜に?」
 自分が作った魔法薬の成果を眺めながら、まずまずの出来だと頷いていると───『とある人物』は尻尾をブワッと膨らませながら怒鳴ってきた。
「な〜に? じゃないっ! なんて事をしてくれたんですか!」
「え? 部分獣人化だけど……すんごく似合ってるよ?」
 私は『とある人物』───無意識に尻尾を膨らませて怒るギィースに笑いかけた。
 そんな私を見たギィースは、何故かガックリと項垂れてしまった。
 心なしか、尻尾と耳も垂れている。


 ギィースは、こちらの世界での保護者みたいな存在である。


 20歳を過ぎて保護者ってのもなんだかな〜と思うけど、この世界で戸籍も何も無い私が頼れる、数少ない人間である。
 そんなギィースはこちらでも珍しい薄紫色の瞳と髪を持っていて、女の私でも見惚れる位の美しい顔立ちをしていた。


 生まれてくる時に性別間違ったんじゃないの?


 と、言いたいくらい綺麗な女顔の───男だ。
 高い洗顔料も美容液も乳液も使わないのに、ニキビ1つ無いその玉のような肌に殺意が沸く。
 でも、いくら綺麗で美しい女顔を持っているとは言え、『女性っぽい』と言う言葉はギィースには似合わないと思った。
 意外とがっしりとした体格や、剣ダコがある大きな手。
 聞いてて気持いい───少し低くて、優しい声。
 それに、見た目に反して大胆不敵な所があるし、自分の信念は絶対に曲げない。
 正に『漢』ってな感じ。
 で・も! そぉ〜んなギィースは今、


 黒い猫耳と尻尾、そして、両手が猫の手になっていたのであった。


「んねぇ、体が変化する時、その部分が痛かったり痒かったりした?」
 部分獣人化したギィースの手や耳、それに尻尾を触ったりして、変化した時その後の体調変化等の様子を細かくチェック。
「………………」
「ちょっと〜、ダンマリはよしてよ」
「……別に、そんなものは感じ無かったですよ。……それより、耳にあまり触らないでください」
 何かを諦めた感じに溜息を吐いたギィースの言葉に、私はにんまりと笑った。
 それを見たギィースは、ウッと唸って嫌そうな顔をする。
「何ですか、その顔は……又何を企んでるんですか」
「企んでいるとは失敬な! これは、私が編み出した『痛みも何も感じない』魔法薬なんだから」
「痛みも何も感じ無い?」
「そうよぉ〜? 今ある魔法薬───性別を一時的に変えたり、髪や瞳や肌等の身体の『色』を変えたり、獣人化すると言った薬は、苦痛や痒みが伴う場合があるんだよね。特に、性別を変えるものや『色』を変える魔法薬は激痛を伴うって言うじゃない? 私は、体にかかる負担を減らす事が出来ないか、今までずぅ〜っと研究してて……そして見事に成功することが出来たわ!」
 私がこの『痛みも何も感じ無い』魔法薬を売って売って売りまくって、ガッポリと儲けようと企んでいたら、ギィースに「止めておきなさい」と言われた。
 不思議に思って何故かと聞けば、そんな事をしたら犯罪が増えてしまうからだと言われてしまった。
「間者や暗殺業を生業としている人間は、仕事をする時にそのような薬を用いることがあります。しかし、激痛や副作用を伴うことからあまり用いられてはいないようですが、もしも、苦痛も何も無い薬が出回ってしまえば、そのような人間に『仕事』をし易い環境を与えてしまうことになってしまうからですよ」
「むぅ。成程ね」
 私としても、こちらの世界で犯罪の手助けをしたいわけじゃないので、それじゃあしょうが無いと、この『痛みも何も感じ無い』魔法薬の販売を諦める事にした。
 さて、じゃあ次はどんな魔法薬を作ろうかしら、と思っていたら、にゅっと目の前に黒い猫手が突き出された。


 ぷにぷにしていそうなピンク色の肉球に、是非とも触ってみたくなる。


「……ん〜っと、何?」
「何じゃありません、何じゃ。早く元に戻る薬を下さい」
 尻尾をふりふり左右に振りながら、ギィースは不機嫌そうな顔で催促してくる。
「えぇ〜、いいじゃん、そのままの姿でもさ」
「嫌です。こんな姿の私を他人に見られるなんて、死んだほうがマシです」
「そこまでかい」
 しょうがないなぁと思いながら、机の上に置いていた解毒薬が入った小瓶を取ろうとした時───。


「たっだいまぁ〜」
「ただ今戻りました」


 玄関の方から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
 どうやら、買い物に行っていた透ちゃんとデュレインさんが帰って来たみたいだ。
 お帰りなさいと声を掛けようとしたら、なにやら慌てた様子のギィースが机の上に置いてあった小瓶を猫手で器用に取って、その中の液体をグイっと一気飲みしてしまった。
「……ふぅ。これで元に戻れますね」
 そんなにその姿を他人に見られたくないのかと思ったけど、ギィースが飲んだ小瓶を見て「あっ!?」と声を上げた。
「ちょっと! それ、解毒薬じゃなくて、違う魔法薬だよ!?」
「え?」
 きょとんとした顔をしたギィースは、私の言った言葉の意味を理解した途端、次第に顔が青ざめていった。
 そして。


 見上げる程大きかったギィースの身長が、私と然程変わらないぐらいの大きさに縮んだ。


 目を大きく見開き、愕然とした表情のギィースに私は頬をポリポリと掻いた。
「………………」
「あー……それ、試験的に作った『小さくなる』薬だったんだよねぇ」
 ぽしょぽしょと説明しながらギィースを見る。
 猫耳と尻尾と猫手を持った、猫科の獣人の少年になったギィースの目は───死んでいた。
 そして、その垂れた猫耳と尻尾が、ギィースの今の心情を雄弁に語っていた。
 2人が歩いて来る足音が次第に近付いて来る。
 ビクっと肩を震わせたギィースを見た私は、しょうが無いと肩を竦め、ビロードの様に光り輝く真っ黒の猫手を手に取った。
 そして、透ちゃん達が部屋に入って来る前に、私はギィースを連れて、誰もいない所へ転移したのであった。




「───だから、ごめんって」

 体育座りをしながら膝に顔を押し付けてしょぼくれるギィースに、頭を掻きながら謝る。
 基本、あまり人に謝ったりしない(悪いと思ったことは謝るわよ?)私が素直に謝るほど、ギィースの落ち込みようは酷かった。
 どうしたもんかな……と思いながら、私はギィースをそれとなーく眺めてみる。
 垂れながらも、たまにピクッと震えている猫耳。
 長い尻尾は地面にぺたっとくっ付いているが、さきっちょだけふりふりと左右に揺れている。
 グーに握られている猫手からちょこっと覗く、肉球。
 そして、外見は華奢な女の子っぽいキレイ系な男の子。


 おぉ、これは萌えポイントではないか!


 一瞬、元の世界にいる友達の顔が浮かんだ。
 私はふるふると頭を振ってその顔を頭の中から追い出し、項垂れるギィースの横にヨッコラショと言いながら腰掛ける。
 ゆらゆらと揺れていた尻尾が、ぴたりと止まった。
 ハッキリ言って、男の大人の人を慰める言葉なんて分からないし、今は何を言っても落ち込ませる様な気がしていた。
 どうしよっかな〜と思いつつ、私は先程から気になって仕方がない猫耳にそ〜っと手を伸ばした。
 横目でそっと私の行動を見ていたギィースは、避けもしないで私の行動をジッと見ている。
 耳の根元を、親指と人差指で挟む。
 短毛の毛に覆われた猫耳は薄かったけど、触り心地は最高に気持ちよく、暖かかった。
 元の世界の飼猫───ミー様(本名ミレリア)にしているように、ギィースの猫耳をマッサージする。
 モミモミモミ。

 途端に気持良さそうに目を細めるギィース。

 フフフ。私のゴットフィンガーは、推定年齢20歳以上のミー様にもお墨付きのモノなのよ。
 暫く耳をマッサージしていると、「も、もういいですから」と何やらそわそわした感じのギィースに遠慮されてしまった。
 どうしたんだ?
 軽く拒否られ、伸ばした手を所在無げに自分の膝に戻していると、猫手で耳を掻いているギィースがジロリと睨んできた。
「何よ?」
「レイ……貴女はもう少し慎みを持つべきです」
「はぁ? 何よ急に」
「こんな見た目になってしまったとは言え、私は男です」
「それが? そんなの、言われなくても分かってるけど?」
「……全く分かってません」
 ギィースがそう言った瞬間、視界が反転し───。


 私は、地面に背中をつけた形でギィースに組敷かれていた。


 驚きに、目が限界に見開く。
 そんな私を見下ろしながら、ギィースは口を開いた。
「レイは、男というものを全く理解していない。いくら巨大な魔力を持ち、そこら辺の騎士や傭兵にも負け無いくらいの武術を身に付けているとは言え、貴女は『女』です。少し魔力を抑えられて……こうして、力尽くで襲われたらどうするんですか?」
「そんなの、決まってるわ。そいつよりも更に強くなればいいのよ」
「魔力を抑えられ、男よりも力が弱い貴女がどうやって強くなれるんですか」
「フンッ。こうするのよ」


 私はポケットの中に入っていた飴玉を口の中に放り込み、それをガリッと噛んで飲み込んだ。


 グンッと手足が伸びる感じがした。
 私を見下ろすギィースが、先程の私の様に目を見開いて驚いていた。
「男に抑えられたのなら───私も男になればいいのよ」
 顔の両脇に手を付いていたギィースの肩を掴み、グイっと押し退ける。
「わっ!?」
 そのまま形勢逆転とばかりに、今度は私がギィースを押し倒した。
 バタバタと藻掻くギィースの手を抑えて馬乗りに跨り、どうだ! と言う思いでギィースを見下ろすと。


 キッと睨み付ける薄紫色の瞳は少し潤んで(押し倒した時に少し頭を打ったらしい)おり、パタリと倒れた耳はぷるぷると震えている。


「………………」
 じぃーっとそんなギィースを見下ろしながら、ハタと自分達の今の状況を考える。
 大人の男(私)に押し倒されている、幼気な獣人の少年(ギィース)の図、であろう。


 又しても、頭の中にBL大好き腐女子っ子な友達の顔が浮かんで来た。


「……この状況……朱音が喜びそうね」
 自分の口から発せられる、聞き慣れない低い声を聞きながら、私はポシェットの中に入れていた小瓶を取り出した。
 その中には、私が作った薬ならどんなものでも解毒することが出来る万能魔法薬が入っていた。
 小瓶の蓋をキュポンッと開けると、小瓶の口をギィースの口に素早く突っ込み、中身を全て流し込んだ。
「むごふっ!?」
「は〜い、零さずに全部飲み干すんだよぉ〜?」
 言葉は優しく、しかし、やっている行動は有無を言わさない感じで飲ませていく。
 ギィースが「ぐふっ、ぐへ、おぇっ!」と言っているが、無視です無視。
 小瓶の中身を全て飲ませると、私はギィースの上から退いて、もう1つあった万能魔法薬が入った小瓶を取り出して、自分も飲んだのであった。




「おぉ〜い。そろそろ帰るよ、ギィース」

 元に戻ったのに、体育座りをしながら膝に顔を押し付けてしょぼくれるギィースに溜息が出る。
 私(男バージョン)に押し倒されて身動き取れなくされた事に、よほどショックを受けた模様。
 男の沽券に傷を付けてしまったかしら?
「ほらほら、早く帰らないと透ちゃん達が心配しちゃうよ」
「……分かりました」
 ギィースの腕を掴んで立たせ、転移魔法陣を展開させる。
 その時、ギィースがさり気無く私の手を握り、魔力を供給してくれた。
 自分とは全く違う───大きくて暖かな手に包まれる。


 早くなりそうな鼓動を、気付かれないように深呼吸しながら鎮める。


「ありがとう、ギィース」
「臣下として、当たり前の事をしたまでですよ」
「あらそう? それじゃあ、私の“忠実”な臣下として、又試作魔法薬を飲んでね」
「それは丁重にお断りさせていただきます」
「何でさ!」
「嫌なものは嫌なんです」
 そんな下らない言い合いをしながら、私はそっと『心の中の箱』に“自分の気持ち”を仕舞い込む。
 この世界にいられるのは……多分、そんなに長くはない。
 こっちにずっと居るならまだしも、元の世界に帰る計画をしているのに『こんな想い』を育ててしまったら……。


 帰るのが辛くなってしまう。


「あ〜、もぅいいや。帰ろ帰ろ!」
 繋がれた手を意識し無いようにしながら、私はそのまま透ちゃんが居る場所を思い浮かべる。
 視界が一瞬振れたと思ったら、目の前にソファーで寛いだ姿で座る透ちゃんが目に入った。
「ただいま、透ちゃん!」
 パッと、繋がれていた手を離す。



 大好きな透ちゃんの腕の中に飛び込みながら、私は『心の中の箱』に───鍵をした。
 







アクセスランキングに参加中。

ネット小説ランキングバナーネット小説の人気投票に参加中。

NEWVEL小説ランキングバナーNEWVEL投票ランキングに参加中。

オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなびのアクセスランキングバナーアクセスランキングに参加中。
inserted by FC2 system