リュシー達の慌ただしい1日 後編

 
「あの小瓶に入っていた蜂蜜。魔法薬で間違いないわ」
 トオルさんを小さな椅子に座らせたデュレインが、近づいて来てそう言った。
「……まさか」
「本当。少し舐めてみて分かった事は……」
「分かった事は?」
「魔法はほとんど無い様な物だったから、それはいいとして……使われた薬草が問題ありね」
「……何が使われた?」
「薬草の名は――フェリールゼ。とても希少な薬草の1つで、主な効果は『退行』」
「……退行…ね。だから、トオルさんは『四歳』にまで戻ったと……」
 私は、こめかみを揉みながら唸る。

 一体、そんな物騒な物を誰が置いた!

 そして、ふと、ジークとハーシェルの2人に挟まれ、楽しそうに話しながらご飯を食べているトオルさんを見詰める。
 コップに数滴入れただけで“コレ”なのだ。もしも、あの時、量をもっと多く入れていたら――。
「……恐ろし過ぎて、考えたくもない」
 私はブルリと身を震わせた。



 朝食を食べ終えて、これからどうしようかと言う話になった時――。
「トオル様を、外へお連れしたらどうでしょうか?」
 と、デュレインがそう提案して来た。
「しかし、こんな状態のトオルさんを外に連れ出すのも……」
「別にいいじゃないですか。それに、私が知っている場所で、誰も知らない穴場があるんですよ。とても素晴らしい花畑がね」
 そこならいいでしょう? その言葉にどうしようか悩んでいると、トオルさんがハーシェルの服の裾をクイクイと引っ張り、首を傾げる。
「ねぇねぇ、はーちぇる。おはな、いっぱいあるの?」
 ちなみに、トオルさんはハーシェルの「シェ」が言いにくいらしく、「はーちぇる」と言っていた。
「そうですよ。トオルさんは、お花は好きですか?」
「うん。すきぃ! トオルね、おかあさんに、おはなの……えっとぉ、かんむり! かんむりのつくりかたをおしえてもらったの! とおる、じょうずにできるようになったんだよ♪ あ! みんなにも、おはなのかんむりつくってあげるぅ♪♪」
「……だ、そうです。どうします?」
 ハーシェルが、トオルさんの頭を撫でながら私に聞いて来る。
 ここで、駄目と言える人間はいないだろう。
「わかった。それじゃあ、その花畑に行くとしましょうか」
 こうして、午後は外へ出掛ける事となったのである。



「りゅしー! はやくはやくぅ〜」
「はい。今行きます」
 玄関を出ると、トオルさんがぴょんぴょん飛びながら手を振って呼んでいた。
「どんなおはながさいているのかなぁ? すっごいたのしみ!!」
 嬉しそうに笑うトオルさんと一緒に笑っていると、そこへ、栗色と青毛の馬を連れて来たジークと、純白の馬を連れたハーシェルがやって来た。
「リュシー、今回は馬車にしないで、単騎で行こうと思っていたんだ」
「その方が、小回りも利くしね」
 ポンポンと、自分の馬の首を叩くハーシェル。
「ん? どうした、トオル……って、あぁ、今のトオルは、馬を見るの初めてだよな」
 ポカーンとした表情で馬を見上げるトオルさんを見て、ジークは苦笑した。
「大きいだろ?」
「うん! おうまさんって、すっごくおおきいんだね!!」
 馬を見てはしゃぐ姿を見て、私達はクスクス笑う。
「トオル。それじゃあ、誰と一緒にお馬さんに乗りたい?」
 私の馬――青毛の手綱を私に渡しながら、ジークはトオルさんにどうする? と聞く。
「だれのおうまさんに?」
 私の青毛の馬。ジークの栗色の馬。ハーシェルの純白の馬を順々に見ながら、「むぅ〜ん」と悩むトオルさん。
 しかし、純白の馬と一緒にいるハーシェルを見ると、「あっ!」と叫び、こう言った。


「とおる、おうじさまといっしょにいく!!」


「「「……………」」」
 沈黙。
「おうじさまって、ほんとにいたんだね。あとで、ふたばちゃんにおしえないと!」
 キャー♪ っと1人で熱くなるトオルさんに、一同、“ふたばちゃん”って誰ですか? と突っ込みたかった。
「……あーっ……『おうじさま』とは王子様の事ですよね? ……貴女の視線をたどると……私で、間違い無いですね」
「お前以外、いないと思うぞ?」
「……やっぱり? でも、いままで普通に名前で呼んでいたのに、何で急に『王子様』に……?」
「さぁ……?」
 ジークとハーシェルは、首を傾げる。
「あのぉ〜……トオルさん? なんでハーシェルが『王子様』なんですか?」
 代表して、私がトオルさんに確認を取ると――。


「だってだって、きんいろのながいかみに、あおいおめめでしょ? それで、はく……はくぅ〜? えっとぉ〜。しろいおうまさんに、のってるからぁ!」


 だからおうじさまなの! と言うトオルさんに、私達は又しても黙る。
 ふむ。どうやら、トオルさんの中では、

 金髪碧眼+白い馬=王子様。

 という図が出来あがっているらしい。
 謎だ……。
 チラリと横を見ると、ハーシェルが「だから、なんで金髪碧眼だと王子なんだ?」と、ブツブツと呟きながら首を傾げていた。
 その答えを、私もぜひ聞きたい。
 トオルさんは、未だにブツブツ呟くハーシェルの前にトコトコ歩いて行った。
 どうやら、ハーシェルの馬に乗る事にしたらしい。
「はーちぇる……じゃなかった。おうじさま、おうまさんにのせて?」
「えぇ、喜んで。それでは……お手をどうぞ、お姫様」
 可愛らしくそう言うトオルさんに、ハーシェルは思考を切り替えたらしい。奴はトオルさんの前に跪き、恭しく右手を取ってそう言った。
 うきゃ〜っと恥ずかしがるトオルさんを抱き上げると、サッと鞍に跨る。そして、トオルさんを自分の前に乗せた。
「…………なぁ、リュシー」
「何?」
「何て言うか……お前誰よ? って、今のハーシェルを見てると言いたくなる」
 ジークの言葉を聞きながら、馬に乗る。そして、顔の筋肉が溶けるのではないのだろうか? と思える笑顔でトオルさんに笑い掛けるハーシェルを見る。
「確かにね。“あの”ハーシェルが『お姫様』って言った時には、驚いたわよ」
「あー……あれには、俺も驚いたな。……それ以上に驚いたのが、デュレインのあの言動だけどな」
「……それは言わないで。あれはあれで恐ろしい」
 はぁーっと溜息を吐いていると、「りゅしー、じーく、いくよぉ!」と、トオルさんに呼ばれた。
「あぁ、今行くよ」
 それじゃあ行きますか。と言うジークの掛け声で、私達はハーシェル先導の元、花畑に駆けて行った。



 休憩を取りつつ、漸く着いた花畑――。

 防水の敷物を敷き、バスケットの中からシフォンケーキやビスケットを取り出して皿に並べる。それから、新鮮な葡萄(ぶどう)を絞ったジュースをコップに注いでいると、
「みてみてぇ〜。じーくが、おはなのゆびわをつくってくれたぁ」
 花を摘みながら遊んでいたトオルさんが、ジークに作ってもらった花の指輪を右の中指に付けて、駆けよって来た。
 花の指輪を見ながら、それは良かったですね。と笑い掛けたら、「たからものにするの!」と笑った。
 それから、両手を後ろに隠しながら、私の側に寄って来る。
「ねぇ、りゅしー。ちょっと、おめめをとじて」
「目を……閉じるんですか?」
「うん!」
 はやくはやく、と急かされ、何をするんだろうと思いながら、私は目を閉じた。
 何も見えなくなった視界。その分、聴覚が冴えわたる。
 なにやら、私の周りでコソコソ話しながら、あーでもないこーでもないと言い合っている。
「トオル、どっちの花にするか決めたか?」
「うん。それは、きめたよぉ」
「それじゃあ、何をそんなに迷っているんですか?」
「んっとねぇ……どこに、おはなをおこうかとおもって」
「あぁ、それでは、ここはどうでしょうか?」
「あ! いいかも♪」
 話は決まったらしい。
 微動だにせず目を閉じていると、慎重にトオルさんが私に近づいて来るのが分かった。
 そこへ、ハーシェルが「リュシー、ちょっと頭を下げて」と言って来た。
 トオルさんが何をしたいのか分かった私は、言われたとおりに頭を低くした。
 それと同時に、頭の上にポスンと何かが乗っかる。そして、右の耳の上にも。
「りゅしー、もういいよ」
 目を開けると、笑っているトオルさんが目に入った。
「とおるがつくった、おはなのかんむりなの!」
「トオルさんが、私に?」
「うん! でも……あのね、ん〜と。じーくがとおるにつくってくれた、おはなのかんむりより、へたなの……」
 俯いてモジモジ言うトオルさんに、そんな事は無いと首を振る。


 目の前にいる人が、とても愛おしい。


「とても……とても、嬉しく思います。これは、私の一生の宝物にいたします」
「やったぁ! じーく、はーちぇる、りゅしーよろこんでくれた!!」
 2人に良かったね、と頭を撫でられて喜ぶトオルさんであったが、何かを思いついたらしく、また私の近くに寄って来た。
「みてみてりゅしー。こっちも、おそろいなの」
「お揃い?」
 私の右耳を指し、それから自分の右耳を指すトオルさん。よく見ると、トオルさんの右耳の上辺りに、水色の綺麗な花が飾られている。
「綺麗な水色の花ですね。この花を私にも?」
「ううん、ちがうよ。りゅしーは、ちがうおはななの」
「違う花なのに……お揃いですか?」
 私は、自分の右耳に挿してある花をそっと引き抜き、確認して――息を飲んだ。
 藍色の花。
 トオルさんが言うお揃いとは……そう、それは――。


 自分の瞳の色と同じ色の花。


「んとね、おはなをみてたら、りゅしーのおめめとおなじいろのおはながあったの。でも、ひとつずつしかなくて。どうしようかなっておもってたら、はーちぇるが、みみにさしてもかわいいっておしえてくれて」


 モジモジしながら話すトオルさんを、何も言えずに見詰めているしか出来なくて……。


「でね、どっちのおはなにしようか、なやんだんだけど」


 この人なら、望んでいる言葉を言ってくれるのではないかと、期待している自分がいて……。


「りゅしーのおめめ、どっちもきれいだけど、とおる、とくにみずいろのおめめがだいすきだから」
「……トオルさん」
「とおるはみずいろのおはなで、りゅしーはそのあおいおはなにしたの」
 だからおそろいなの! と頬を染めるトオルさんを、私はそっと抱き締めた。
「トオルさん……」
「ん? りゅしー、どうしたの?」
「………………」
「……ない、てるの? どこか、いたいの?」
 心配げに私の顔を覗きこむ小さな少女に、私は「いいえ」と首を振る。
「……泣いては、いません。ただ、嬉しくて……」
「うれしい?」
「はい」
「いたいから、ないてるんじゃないの?」
「えぇ、違います。トオルさんが、私の水色の瞳が好きだって……これは、嬉し泣きです」
「ほんと? えへへ〜、よかったぁ♪」
 そう言って、ギュッと私に抱き付いて来るトオルさんを、私も同じく抱き締める。
 目を開けると、トオルさんの耳の所に挿してある水色の花が目に入る。
 嫌悪感しか抱く事が出来なかった右の瞳。今まで、眼帯で隠す事によって見ないようにしていた。
 一生、眼帯を外す事は無いと思っていた。
 なのに――。
 それが、ここ数日で眼帯を外して人前に出るようにまでなり、今日からは……この瞳が、それほど嫌なモノでもない様に思えて来たのだ。


 だって、彼女が……彼女がこの瞳を好きだと言ってくれているのだから――。


 私に抱きつくトオルさんをそっと体から離すと――姿勢を正し、片膝を地面に付けた。そして、右手でトオルさんの右手を持ち上げた。
「トオルさん……多分、薬の効果が切れたら、今日の事は覚えていないかもしれませんが」
「りゅしー?」
「それでも、言わせて下さい」
 黒曜石の様に光り輝く瞳を見詰めてから、口を開く。


「過去も未来も、変わらぬ忠誠を貴女に。我が命は、唯、貴女だけに。貴女と共に――」


 トオルさんの右手に口付けを落とした。
「ありがとう、リュシー」
 舌っ足らずではない言葉に、ハッとして顔を上げたら――。

 ちゅっ!

 額に、柔らかい感触がした。
「うふふ。おかえし♪」
 変わらぬ、4歳児のトオルさんがいた。
「……あぁ、キスのですか?」
「うん」
 目を瞬かせ、何のおかえし? と思うも、どうやら、私がトオルさんの手にキスをしたそのお返しを、額にしたらしい。
 確かに今、4歳児ではない、いつものトオルさんがいたと思ったのだが……。
「ねぇねぇ、りゅしー。のどかわいた!」
「そうですね。ちょうど、飲み物の用意をしていた所だったんです。お菓子もありますよ?」
「たべる!」
 気のせいか。と思い直す事にした。
 穏やかで、楽しいひと時が過ぎて行った。



 それから、遊び疲れて寝てしまったトオルさんを抱いて屋敷まで帰ったのだが、その後の方が大変だった。
 トオルさんをベットに寝かすと、ルルと一緒に薬草を森に採りに行っていたレイさんが寝室に入って来た。そして、採った薬草の持ち運び係りとして付き添う事となった哀れな男、エドとカーリィーも後に続く。
 この4人、トオルさんがフェリールゼと言う薬草を摂取して、4歳児になってしまった事を聞くや否や、「ずるい」だの「見たかった」だの「だから、付いて行きたくなかった」などなど、煩いほど騒ぎだした。
 終いに、「今から起こそうか?」と言い出したので、「止めろ」と言って黙らせた。
 グッスリ寝ているのに、可哀想ではないか。
 煩い子供組をデュレインに連れて行く様に言って下がらせ、私はトオルさんの寝顔を眺める。
 何の夢を見ているのか、ごにょごにょ言いながら、えへへ〜と笑っていた。
「クス……おやすみなさい、トオルさん。良い夢を」
 額にそっと口付けを落とし、部屋を出る。


 ――翌日。
 案の定、元に戻ったトオルさんは昨日の事を何も覚えていなかった。
 子供組にきちんと昨日の事を説明していたので、彼らも、余りその事に付いてはトオルさんに話す様な事はしなかった。
 まぁ、かなりブー垂れた顔をしていたが。
 それより何より、昨日のトオルさんとずっといた私達の方が問題ありであった。
 4歳児のトオルさんと一緒に居過ぎたせいか、元に戻っているとは分かっているのだが……どうも、トオルさんを子供扱いしてしまうのだ。
「……あのぉー……リュシーさん、ジークさん、ハーシェル。私、こう見えても、24歳ですから」
 と、困惑される始末。

 元に戻って良かったと思う反面、ちょっと、寂しく思うのは、トオルさんには内緒だ。

 








アクセスランキングに参加中。

ネット小説ランキングバナーネット小説の人気投票に参加中。

NEWVEL小説ランキングバナーNEWVEL投票ランキングに参加中。

オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなびのアクセスランキングバナーアクセスランキングに参加中。
inserted by FC2 system