『ズルイ』――と思った。
任務が終わった事を、リュシーが連絡蝶でハーシェルに報告し終わってから、俺達はゼイファー国の黒騎士3人と共にリュシーの屋敷に戻った。
「リュシー、あいつらいつ帰って来るってぇ〜?」
「これから、ルルの薬草貯蔵庫に1度寄るらしいから、少し時間が掛かるって言っていたわ」
「マジかよー……」
ガックリと肩を落とす。
「俺、まだトールと一言も話してないのに」
「これからは、いつでも話せるでしょう?」
「そうだけどさぁ〜」
ブツブツ文句を言っていると、リュシーに煩いと怒られた。
――それから数十分後。
リュシーやジークは、ゼイファー国の黒騎士達と何やら難しい話をしていた。
やる事が無い俺は、部屋の中をウロウロウロウロ。
「はあぁぁ。暇だなぁ〜……ん?」
ふと、何気なく外を見た。
こっちに向かって来る人影を発見。
帰って来た! と思って窓を開けようとした時、そこから見えたもの――。
それは……エドの腕の中で、安心しきった顔で眠っているトールで。
『トール、着いたから起きて』
『トールの寝顔すっごく可愛い』
『疲れが溜まったんでしょう』
外から微かに聞こえる声。
俺がいない間に、あいつらは、トールとかなり打ち解けたようだ。
今までエドは「トールさん」。ルルは「トール様」と呼んでいたのに、今では呼び捨て。
目の前に広がる光景は、とても楽しそうなもので……。
――何で……俺だけ1人、ここにいるんだよ。
グッと、唇を噛みしめた。
「最初に見た時なんか、エドが迷子になった子供でも連れて来たのかと思ったよ」
「俺なんか、エドにベッタリくっついていたから、こいつの隠し子かと思った」
小さくなったトールを見ながら笑い合う。
だけど、笑っていられたのはその時だけだった。
トールと……確か、レイって言う人に、リュシー達が色々と説明している。が、俺はだらっと椅子に座りながら、それを聞き流していた。
――イライラする。
だって、俺がトールに教えられる事なんて、今は何も無いんだから。
そんな時、“それ”は起きた。
「――あっ、こういう風に、出でよ炎よ!! とか言ったらでたりしてぇ」
テーブルに肘をつき、掌に顎を乗せていた俺の目に映ったもの。
レイという子がトールに片手を向けていた。が、その掌に高濃度の魔力が――炎が集まっていたのだ。そして、それが向かう先はトール。
んなっ!?
まさか、詠唱も何もなしに魔法が発動するとは思ってもいなかった俺は、ぎょっと目を見開く。
「あぶな……っ!」
咄嗟の事に、誰も動く事が出来なかった。
……いや、1人いた。
「トオル!」
リュシーだけが、トールの危機を救った。
どんな魔法を使ったのかは分からなかったけど、気付いた時には、トールはリュシーの腕の中にいた。
一瞬の事だった。
「リュシー、すごーい……」
隣に座っているルルが、感心した様にポツリと呟く。
「…………あぁ、そうだな」
俺は、グッと拳を握った。
何やってんだよ、俺。
1歩も動けなかった自分に腹が立つ。
チッと舌打ちをしながら、少し長い前髪を掻き上げる。ふと、視線をトールに向ける。
トールは、眉間に皺を寄せながら、焼け焦げた椅子をジーっと見ていた。
「……座れなくなっちゃった」
ポツリと呟く声が、耳に入った。
これはもしや……チャンス到来!?
そう思った俺は、スッと椅子から立ち上がる。そして、いまだ焼け焦げた椅子を眺め続けるトールの側に近づいて行った。
そして一言。
「トール。俺と座ろうぜ!」
トールの両脇に手を差し込んで抱き上げ、何か言われる前にさっさと自分の席に戻る。
そして、トールを自分の膝の上に乗せて、後ろから抱き締めた。ついでに頭をなでなで。
さらさらの髪に感動していると、俺に子供扱いされていると思って怒ったのか、ムッとした顔を向けて来た。
あ、この顔かわいい……。
そんな事を思いつつも、ジュースを持たせたりして、なんやかんやとやり過ごしていたのだが、遂にトールが「離せ」と言おうとしたので――。
「トールは、俺と一緒に座るのは……嫌?」
死ぬほど恥ずかしいとはこの事だ。
なにゆえこんな、こっぱづかしい事をしなきゃならんのだ! と思うも、昔の記憶が蘇る。
『カーリィー……その顔止めて……。捨てられそうになっている犬の顔……っていうの? 私、その顔に弱いのよぅ』
俺の1番大好きな人。大切な家族。
“あの人”が、「そんな顔を見たら、誰だって何も言えなくなるよ」と苦笑していたのを思い出した。
そして、“あの時”言われた事を、今ここで実践してみる。
本当に、俺の困った(?)様な顔が効くのか疑わしいが……。
しかし、
「………う゛ぅぅ………」
頭を抱えながら――こんな風にされたら、嫌とは言えないじゃないか!! とブツブツ呟くトール。
効いちゃったよ!?
「「はぁ〜っ」」
ハッと両隣を見ると、エドとルルが溜息を吐いていた。エドなんか、「何やってんだよお前」とその目は言っている。
しかし、俺はそんなものを軽〜く無視。痛くも痒くもない。
今俺が抱き締める小さな存在に、心奪われているから。
「うぅ〜ん。このケーキ、メッチャ美味しぃ♪♪」
食後のデザートに、デュレインが持ってきたチョコケーキを頬張るトール。
因みに、いまだトールは俺の膝の上。
お・い・し・い・♪ と、頬に手を当てるトールに「よかったね」と言っていると、横からにゅっ。とスプーンを持った武骨な手が伸びて来た。
エドが「はい。あーん」と自分のケーキ(モンブラン)を一口、トールの口元に持っていく。
馬鹿だな。そんな小さな子供にする様な事をしたら、「止めてよ!」って言うに決まってんじゃん。
と思うも、
「あーん」と口を大きいく開けて、それをパクリと食べるトール。
マジで?
幸せそうな顔してもぐもぐとケーキを食べてるトールの頭を、エドとルルがなでなでなで……。
むむむ!?
どうやら、食べ物を食べている時になら、子供扱いしても(食べる事に夢中で)トールは怒らないらしい。
へぇ〜。それじゃあ……。
「俺の分もあげるよトール」
後ろから顔を覗くように声を駆けると、トールは「え、ホント? ありがとう」と言って笑う。しかし、直ぐに眉間に皺が寄る。
「でも、全部もらうのはカーリィーに悪いよ」
「……いや、いいんだ」
多分、トールは無意識だったんだろうけど、俺の名前を呼び捨てで呼んでいた。
その、ちょっとした事に気分が高揚する。
「でも、そうだな。じゃあ、ちょっとだけ………」
俺はそう言うと、誰も見ていない事を確認して、トールの顎を掴んで自分の方に向ける。
そして――。
トールの口の脇についているチョコクリームをペロリと舐めた。
「ご馳走さま」
ニッコリ笑ってそう告げると、数秒後に耳まで真っ赤にしたトール。
「なっ……うっ…うぇぇぇ!?」
そんな彼女の表情が可笑しくて、ギューッと抱き締める。
同性との「ちゅー」は大丈夫なのに、と、クスクスと笑っていたら、太ももを抓られた。
トールと一緒に買い物には行けなかったけど、俺的にはこっちの方がいいかも。
と、透を抱きしめながら、心の中でそんな事を思うカーリィーなのであった。