How old are you? 前編

 
 異世界に来てから、1ヶ月以上が経った。
 私と零、それに、デュレインさんとフィードと言う、摩訶不思議な組み合わせの同居生活も、漸く慣れて来た。
 この4人で生活する前に、いつもお世話になっているリュシーさんやジークさん以外の黒騎士の皆さんに、私と零が異世界からやって来た事を話しておいた。
 そんな話、皆信じないだろうなぁ……と思っていたのだが、以外にすんなりと信じてくれた。
 だけど、その事は他の人には話さない様にと言われた。って言うか、言うつもりはさらさら無い。言っても、頭がいっちゃってるんじゃないかと思われるのがオチだ。
 まだこの世界の事に――自分が“紋様を持つ者”だとか、魔法を使える事など慣れない事が多いけれども、それなりに楽しく過ごしている。


 ――そんなある日の午後。
 
「お、おじいさんは、かりをして…じゃなくて、かりをしに……ん〜っと。ねぇ、この字は何て読むの?」
「どれ? あぁ、それは、『山』だよ」
「『やま』……あぁ! 山ね、山。んじゃ、これは?」
「それは『矢』。んで、その隣にある文字が『弓』」
「『や』と『ゆみ』? ……えぇっとぉ。矢と、弓……でいいのかな? 発音合ってる?」
「「合ってるよ」」
 小さな子供が読む絵本を難しい顔をして読んでいる私。分からない文字を、両隣りに座っているエドとカーリィーに教えてもらいながら読み進めている。
 教えられた文字は、テーブルの上に広げられているノート――『異世界語辞典』(自作)に新たに加えられる。
 私は今、この世界の文字を習っている所だ。
 初めは、文字なんて知らなくても言葉が通じれば全然OK! なんて思っていたのだが……いついかなる時に何が起こるか分からないのだから、文字を習っていた方がいい――とリュシーさんに言われたのだ。
 教えてもらうのは魔法だけでいいと思っていたから、最初は丁重にお断りした。


 高校を卒業して、漸く苦手な英語から解放されたと喜んでいたのに……何ゆえ異世界で英語より小難しそうな文字を学ばなきゃならんのだ!?


 自慢じゃないが、中高の英語の成績は、5段階評価の『2』だ!
 テストは毎回赤点ギリギリ。補習も何度した事か……。
 担任(英語の教師)に、「お前、頭良さそうに見えるのに、何でそんなに出来ないんだ?」と言われた時には、流石にへこんだ。


 そんな私に、異世界語を1から学べと? 嫌に決まってるじゃん!!


 しかし、悲しいかな。居候中の我が身では、家主の再三の言いつけに「分かりました」と殊勝に頷くしかなかったのだ。
「1人でも、だいぶ読める様になって来たんじゃない?」
『異世界語辞典』に新しい言葉を日本語でカキカキしていると、カーリィーが「えらいね」と言って頭を撫でた。
 私はその手を頭を振って払うと、口を尖らせてぷりぷりと怒る。
「背が縮んでるからって、ちっちゃい子みたいに頭を撫でないでよ! もぉ〜っ」
「ごめん、ごめん」
 お前、全然悪いと思ってないだろう。
 はぁーっと溜息を吐き、ふと、少し離れた所で自分と同じく机に向かって勉強をしている零を見やる。
 零は今、ルルからこちらの世界の医学や薬草学をマンツーマンで学んでいた。医療従事者として、そういうものが気になるんだとか。
 しかし! ここで1つ、皆さんは疑問に思うはずだ。
 何故私が子供用の絵本を読むだけでも苦戦しているにも関わらず、零が医学やら薬草学やらと言う難しい本を学んでいるのか――と。
 それは……。


 あの召喚魔法陣のおかげで、異世界語を話せるだけではなく、訳の分からない異世界文字までも読めちゃうからだ!!


 不公平だ! と叫びそうになった。マジで。
 まぁ、エドのおかげで言葉は不自由なく喋れるけど、それとこれは別の話だ。
 心の中でフィードに毒づいていると、
「皆さん、お飲物をお持ち致しました。少し休憩されてはいかがですか?」
 デュレインさんが持って来たケーキとティーセットを見て、目を輝かせた私を見たエドが、「んじゃ、一時休憩」と苦笑してそう言った。
 勉強道具を片付けていると――部屋の前を通り過ぎて行くフィードを見たので、一緒に食べようと彼も誘った。
 こうして、異世界生活の楽しみの1つである、午後のお茶会の時間が始まった。



 本日のケーキはチーズケーキ。(大好物である)
 外側はふんわりしているのだが、中がしっとりしている。
 あぁ、チーズケーキが私を食べてと誘っている!
 一口パクリと食べると、一瞬で口いっぱいにチーズの香りが広がった。うむ。美味い!!
「はわぁ〜。し・あ・わ・せぇ〜♪」
 にへらぁ〜っと笑いながらチーズケーキを頬張る。
 食べれば食べる程、チーズの美味しさが広がっていく。もぐもぐ口を動かしながら、両手でハーブティーが入ったカップを持って口元にもっていく。
 ふぅ〜っ、ふぅ〜っ……コクコクコク。
 冷ましながらゆっくり飲む。なんのハーブを使っているのか分からないが、チーズケーキに凄く合っている味であった。
 カップをソーサーの上に置き、フォークを持ち直して食べるのを再開しようとした時――。
「あーぁ。トール、口の周りにいっぱいチーズ付けてるぞ?」
「ん?」
「はい。きれい、きれ〜い」
「うわぁっぷ!?」
 私の顔を見たカーリィーが急に笑ったかと思うと、顎に手を掛けて顔を上げさせられた。そして、ナプキンで口の周りをふきふきふき。
 子供扱いもここまで来ると、抵抗する気も失せる。
 当り前の事なんだが、チビになると口も小さくなる。なのに、元の姿の時の感覚で食べてしまうから、気を抜くと口の周りがソースだらけになったり、今回の様にチーズがベッタリ……という事があるのだ。


 でも、でもだよ? 言ってくれればいいじゃん。こんな事をしなくても!


 それでも、一応「……ありがとう」と言っておいた。
 耳と言うか顔全体が熱くなるのを意識の端に追いやり、常々思っていた事を口に出す。
「ねぇ、皆、何でそんなに私の事子供扱いすんのさ?」
 まぁ、童顔の零やチビな私を子供扱いしたくなる気持ちは分かる。分かるが……。
 ブツブツ呟く私に、隣に座っているエドに「トールはまだまだ子供だよ。それに、俺達よりずっと年下だし」と言われた。
「………………」
 私が……子供? 年下??
 言われた意味が分からずに首を傾げていると、意味が通じていないと分かったエドが、「トール。俺、何歳に見える?」と聞いて来た。
 何でそんな事を? と思うも、度1フォークをお皿の上に置いてからエドに体を向ける。そして、腕を組んで観察。
 エドは、カーリィーやルルと同じ位の年齢だと思うが、2人よりも落ち着いている。(見た目はピアスをいっぱい付けたヤンキー少年だが)
 だから、
「ん〜。17か18歳?」
 パッと見の外見年齢を言ってみるも、
「残念」
 と首を振られる。
「えっ、違うの? ……じゃあ、19?」
 違う違うと首を振られる。
 え? じゃあ何歳なのさ!?



「俺はね、トール。つい最近53歳になったばかりなんだ」
 

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