アレクさんのお家に入ると、玄関にはアレクさんの帰りを待っていたエルダー君が、尻尾を左右にパタパタと振って出迎えてくれた。
「こんばんは、エルダー君」
 頭を撫でようとしたら、エルダー君はバタリと床に倒れ込み、お腹を出して「撫でて撫でてっ!」と期待に満ちた瞳で見詰めてきた。
 私はホニャりと相互を崩して、エルダー君のお腹を「よしよ〜し」と言いながら撫でまくった。
 エルダー君をナデナデしながら、疲れた体と心の癒しだわ〜と思っていると。


「なんか、妬けるね」


 後ろに立っていたアレクさんがしゃがみ込み、私の耳元でソっと囁いた。
「ひゃう!?」
 両手でバッと耳を抑えながら後ろを振り向けば、「あれ? 感じちゃった?」と言いながら艶やかに笑うアレクさんがいた。
「ななな、何をっ!」
「ごめんごめん。それより、こんな所に長居していないで中に入ろう?」
「……うぅ……はぃ」
 靴を脱ぎ、エルダー君を引き連れて家の中に入って行くアレクさんの後を追うようにして、私も家の中に入って行った。




 どうして、この人はこんなに美味しそうな料理を作れるのだろうか?
 私の目の前には――。


 香草バター風味のホタテのグリル焼き。
 外はカリカリ中はジューシーに焼き上げられた鶏肉に、オレンジソースがかけられた料理。
 フォアグラのクレームブリュレに、その隣には味付けされたアボガドやトマトやエビ、それに数種類のフルーツが、カクテルグラスに盛り付けられていた。
 そして、シャンパングラスに入った、綺麗な色のシャンパンゼリーが並べられていた。


 ――女として負けている。


 美味しそうな品物の数々を目の前に項垂れていると、エプロンを脱いだアレクさんが「どうしたの?」と声を掛けて来たので、何でもありませんと首を振る。
「とっても美味しそうです」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
 ナプキンの上にナイフとフォークが置かれ、アレクさんに「どうぞ召し上がれ」と言われた私は、「いただきまぁーす!」と言いながら、大きな口を開けてアレクさんが作った絶品料理を食べ尽くしたのであった。
 こんなに美味しい料理を食べ慣れちゃったら……私、アレクさんから離れられなくなっちゃうかも。
 そんな事を考えながら、暇な時にでも料理教室にでも通おうかしらと悩む私であった。



「おいで、琴海ちゃん」

 2人で食後の片付けをし終わり、ひと休みしようとした時。
 背凭れが付いた大きめなクッションに座ったアレクさんが、まだ立っていた私に手を差し伸べてきた。
 キョロキョロ辺りを見回し、それからもう一度アレクさんの顔を見る。
 恐る恐ると言った感じに差し伸べられた手に自分の手を重ねると――。
「きゃっ!?」
 握られた手に力が込められたかと思ったら、グイっと腕を引かれ、私はそのままポスンっとアレクさんの胡座をかく脚の間に座らせられた。
 ふわり、と香る香水の香りと、掌や体全体に感じられる相手の体温に――私の心拍数は爆発的に上がる。


 こ、こここ、これはもしや、恋人同士のイチャつきを……体験しているのかしらっ!?


 ドキドキしていると、アレクさんは私の腰に腕を回して抱き締めながら、そのまま私の頭に頬をくっ付けて擦り寄った。
 細いけれどしっかりとした腕に抱かれ、自分の体がアレクさんの腕と広い胸板にすっぽりと包まれると――不思議な安心感が生まれてくる。
「大好きだよ、琴海ちゃん」
「……あの、あの……はい。私もです」
 男の人とお付き合いするのも初めてで、『甘える』行為なんて、どのようにしていいのか分からなかったけど……まずは、私もアレクさんの体に腕を回してみる。
 ピクリ、とアレクさんの体が震えた。
 私は、自分の顔をアレクさんの胸元にスリスリと擦り付けてみた。


 ――うわぁ……これって結構恥ずかしいかもぉっ!


 緊張と恥ずかしさで、無意識にアレクさんの服をキュッと握ってしまうと。
「はぁ……っ。もぅ、たまんない」
 アレクさんは私の頭から顔を離すと、チュッと旋毛にキスを落とした。
「ずっと……琴海ちゃんとこうして触れ合ってみたかったんだ」
 下ろしている髪を指に絡めながら何度も軽いキスを頭に落としていく。
 それから、ふぅ〜っと軽く息を吐き出した。
「なんだろ、琴海ちゃんの匂いを嗅ぐと、とっても落ち着く……」
「……ほぇ?」

 ……に……匂い?

 アレクさんの胸元に顔を擦り付けながら目をパチパチと瞬かせていると……。
 くんくんくん。
 私の頭上――頭頂部から匂いを嗅ぐ音がした。


 え? えぇっ!? もしかして、アレクさん私の頭の匂いを嗅いでるのぉ!?


 今までの安心感も何もかもが吹き飛び、私は仰天した。
 今日は重い資料運びをしていたりと、結構汗をかいていた。
 うきゃぁー!? 絶対汗臭いに決まってる!
 そんな汗臭く頭をくんくんと嗅ぐなんて……。
「や゛ぁー!」
「むごほぉっ!?」
 これ以上頭の匂いを嗅がれたくなかった私は、頭を上に突き出した。
 その結果、私の頭を嗅いでいたアレクさんは、顔面にもろ頭突きを食らってしまい、変な声を出しながら頭を仰け反らせてしまった。
 腕が緩んだ隙に、彼の元から離れようとしたのだが、持ち直した彼にすかさず片手で腰元を抱かれてしまい、逃げる事が出来なかった。
「やっ!? 離してバカっ! 変態っ!!」
 腕を突っ張り、離れようと試みるも、コレがなかなか上手く行かない。
 しかも、頭突きをしてしまったことで又しても何かのスイッチが入ってしまったのか、仰け反らせていた顔を元に戻したアレクさんは……異常なほど興奮していた。
「はふぅ〜。……もぅ俺、いつ来るか分からない琴海ちゃんの愛ある行為に、スッゲー胸がドキドキする。こんな事、今まで生きて来た中で初めて。癖になりそう――いや、もうなっているかな」
 たらり……と鼻から流れる真っ赤な血に釘付けになりながら、私はアレクさんの言葉を聞いていたのだが。


「あぁ、琴海ちゃん。もっともっと俺を貶して……罵倒して……気持良く感じるほど――傷めつけて?」


 どう見ても、違う意味で私の事を熱い瞳で見詰めるアレクさんに、私の顔は引き攣るばかり。
「いーやぁーっ!?」
 彼から逃げるべく、悲鳴を上げながらバタバタと腕やら脚やらを振り回していると。


「何をしているの!?」


 バタンっ! とドアがけたたましく開かれた音がしたと思ったら――玄関に通じるドアから、焦った表情をした人が入ってきた。
 驚いて目を向けると、そこには、これまた驚くほどオットコ前な外人さんが、目を極限まで見開いて私達を凝視していた。
「んなっ!?」
「……あ」
「へ?」
 闖入者+アレクさん+私のそれぞれの口から、音が漏れた。
 そして。


「嫌がる未成年者に何をしとるんだ貴様はぁー!!」


 突っ込みどころ満載の叫びが、部屋中に響き渡った。


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