「疲れたぁ……」


 仕事帰りに、これから皆で飲みに行きましょ♪ と、しつこく俺の周りを付き纏う女性達から何とか逃れ、やっと心休まる場所(自宅)に帰って来る事が出来た。
 自分で言うのもおかしな話だが、見た目が優れているというのも、そんなに良いものではない。
 知らない人間が自分の彼女になっている事などしょっちゅうだし、ストーカーに付き纏われたりもする。
 まぁ、嫌な思いもしてきたが、それ以上にオイシイ思いは沢山している。
「…………もうダメ」
 鞄を適当に床に投げ出し、ネクタイを緩めながらソファーの上に倒れ込む。
「あぁ……眠い……」
 うつ伏せから仰向けに向き直り、緩めたネクタイを外して床に投げ捨て、目を閉じながらスーツの釦を外す。

 目を閉じれば――こちら(日本)で出来た、可愛い恋人の顔が直ぐに浮かんでくる。

「琴海ちゃん」
 愛しい人の名前を呟けば、自然と口元が緩んでいくのが分かる。


 初めて、心から『欲しい』と思った女(ひと)。


 大っぴらに言い触らすことが出来ない自分の性癖を知っても、普通に接してくれる心優しい――俺の恋人。
 つい最近、(ある意味無理やり)琴海ちゃんを自分のモノ(あ、彼女という意味ね?)にした。
 キスをした後、潤んだ瞳で見上げる琴海ちゃんは――この俺でも、加虐心が湧き上がる顔をしていた。


 まぁ、直ぐにブ厚い本で脳天チョップを食らって、『M』が出てしまったが……。


 そんな愛しい彼女の顔を思い浮かべていると、だんだんウトウトしてきた。
「…………ヤバい。このままだと、本当にここで寝てしまう」
 そのまま寝たい誘惑に駆られるも、ここで寝たら風邪を引くと思い、気怠い体を無理やり動かして寝室に向かった。

 少し長い廊下をペタペタとスリッパの音を立てながら歩き、漸く目的の場所に着く。

 寝室の扉を開ければ、直ぐに大きなベッドが目に入る。
 そこへダイブしたい気持ちをグッと堪え、ノロノロとスーツを脱ぐ。
 ワイシャツとTシャツ、それに靴下を洗濯かごの中に入れて、クローゼットの中からスウェットのパンツを取り出してそれを穿く。
 スーツが皺にならない様にハンガーに掛けてから、消臭&皺取りスプレーを掛けた。
 それらを全てやり遂げてから、俺はTシャツを着るのも忘れてベッドの上に倒れ込んだ。
 ――限界に眠い。
 おやすみぃ〜、と呟きながら枕に顔を埋め、ウトウトとしてきた頃――。

 廊下から、カツ、コツ、という音が聴こえてきた。

「…………?」
 枕から顔を上げ、開ききらない瞼をなんとか開けて、廊下へ続くドアを見詰める。
 耳を澄ませ、意識を音のする方向へ向けると、
「…………靴音?」
 どうやらその音は、誰かが廊下を歩いている靴音だと分かった。
 泥棒? と思った時――高い音を立てる靴音が、自分がいる寝室の前で止まった。
 そして、カチャリ……と、ドアのノブが回る。
 ドアが全て開ききる前に、人の家に勝手に入った来た人物を捕らえようとベッドから飛び出す。


 ――が、寝室に入って来た人物を見て、俺の体は動きを止める。


 何故ならそれは……。
「ここここ、琴海ちゃんっ!?」
 そう、寝室に入って来た人物が、俺の愛する琴海ちゃんだったからだ!
 非常口のマークの様な格好で固まる俺は、急に現れた琴海ちゃんにも驚いたのだが……さらに、彼女の着ているモノを見て、目を見開く。
 なんとそこには――。


 超スケスケの、シースルーベビードールのネグリジェを着た琴海ちゃんが!


 しかも、その下にはピンク地に黒とピンクのフリフリレースが付いた、エロ可愛いブラとショーツ。
 太股には、黒のレースにピンクのリボンが付いたキャットガーターを付け、コサージュ付きのピンヒールミュールを履いている。
 そして――手には乗馬鞭が握られていた。


「どっ、そ、こっ、うぇぇ!?」
 どうしてそんな格好でここにいるの琴海ちゃん。
 と言いたかったのだが、驚きが大き過ぎて口が回らなかった。
 そんな俺を見た琴海ちゃんは、恥ずかしそうにしながら俺の目の前にまで歩いて来る。
 固まる俺に、悩殺的にエロ可愛い琴海ちゃんは、潤んだ瞳で俺を見上げながらこう言った。


「私…………大好きなアレクさんの為に、今日は一生懸命頑張ります!」


「へ?」
 頑張るって……一体何を?
 首を傾げながら、「こ、琴海ちゃん?」と手を伸ばしながら声を掛けた瞬間――。

 ペシンッ!

「はぅん!」

 手の甲に走った気持ちイイ痛みに、鼻から変な声が出てしまった。
「琴海ちゃんじゃ、ありません」
「は?」
 きょとん、と琴海ちゃんを見下ろせば、彼女は掌で鞭をペシペシ叩きながら口を膨らませている。
「これから私は、アレクさん……うぅん、アレクのご主人様になるのよ。だから、『ちゃん』付けはダメ!」
「あぁ、じゃあ――琴海様とかご主人様……それか、女王様がいいのかな?」
「ちっがーうっ!」
「へ? じゃあ、なんて呼べば…………」
 それ以外になにがあるんだ? 首を捻れば、琴海ちゃんはこう言った――。


「京野さん!」


「………………」
 ナゼに『さん』? しかも、苗字だし。
 不思議な発想の琴海ちゃん――改め、京野さんは、手はじめといった感じに俺の体をペシペシと軽く鞭で叩き出した。
 何も着ていない上半身に、鞭のペチペチという音と刺激が心地イイ。
「ねぇ、この位はどうなの?」
「もう少し強くても大丈夫――大丈夫です」

 ペチンペチンペチン。

「これは?」
「…………ん、もうちょっと…………強くてもいいです」
「こう?」

 ベチンッベチンッベチンッベチンッ!

「あ、ん……その位で、ちょうど、はぁ、いいかも……ふぅ、うぅん?」
 鞭で叩かれ、しびれるような痛みに眼を閉じて甘い息を漏らしていれば、何故か鞭の刺激がピタリと止まる。
「こと――京野さん?」
「誰が、勝手に気持ちよくなっていいって言ったのかしら?」
「…………あ」
 まるで、気分を害されたというように、京野さんは長い睫を伏せた。そして、
「こんなに堪え性がないなんて……ホント最低」
「はぅん……」
 心底汚らわしいモノを見る様な目付きで見詰められながら、そこへ吐き捨てるかの様に言われた言葉に――。


 俺の胸がトクンッ! と、トキメイた!


 今までの俺は、女王様気質な人(あえて言うならオトナっぽい女性)から言葉責めにされたり、縛られたり、ロウソクを垂らされたり、鞭で叩かれたりetc……が好きで、よく、そのような女性がいそうなSMクラブに密かに通っていたりしていた。
 大人の魅力溢れる女性から、冷たい眼差しで見詰められるのに、よく興奮していた。
 それ以外の人間には、あまり快楽を味わった試しがなかった。
 だから、俺の性癖を知っても離れること無く、尚且つ性的欲求を高めてくれる人間は、大人っぽい熟れた女性だと思っていた。


 しかし、目の前にいる女性によって、その考えは覆される。


 琴海ちゃんは、それまでにはない高揚感とトキメキと――ほんの少しの背徳感を俺に与えてくれる。
 何故背徳感を感じるのかというと…………京野さん=琴海ちゃんは、俺が見た感じでは、どう見ても外見年齢はまだ未成年の、可愛い女の子にしか見えない(胸とくびれとお尻は立派な大人)のだ。
 そんな琴海ちゃんが、エロ可愛い下着姿で鞭を持っていんだよ?

 もぅ、興奮しまくり!

「私を無視して考え事? ずいぶん余裕があるのね」
 一人でトキメキながらボーッとしていたら、それに怒った琴海ちゃんにお腹を蹴られた。
「うぐふっ!?」
 ガラ空きになっていた腹にきた、いきなりの蹴りに、少し息が止まる。
 でも気持ちイイ……。
 前屈みになってお腹を両手で抑えていると、琴海ちゃんに肩を押されてベッドに倒れ込んだ。
 ボスンッと倒れ込みながら、俺は首を傾げていた。
 ピンヒールで思い切り人を蹴ると、下手したら皮膚に穴が開く危険がある。
 それを琴海ちゃんは、相手に程良い痛みを与えつつ、尚且つ大怪我を負わせないように考えて蹴っていたのだ。

 いつの間に、こんな高度なスキルを……?

 もしや、琴海ちゃんが以前付き合っていた人物に仕込まれたのか!? と一人で考えていると――ギシリ……とベッドが軋み、俺を跨ぐようにして琴海ちゃんがベッドに乗り上げてきた。
 倒れそうで、危なっかしい彼女に手を差し伸べようとすれば、ペちり、と手を叩かれた。
「勝手に触らない!」
「あ、ゴメンなさい」
「だ〜め。もう許しません」
 琴海ちゃんは、俺の手首を掴むとそれを頭上でクロスさせ、どこから取り出したのか、俺の手首に頑丈そうな手錠をガチャリと嵌めた。
「これでもぅ、私に触ることが出来ないわ」
 そう言った琴海ちゃんは、俺の頬から首筋、鎖骨から胸までを乗馬鞭の先でユルユルと撫で、囁いた。
「これからが……お楽しみの時間よ?」


 唇をペロリと舐め、エロ可愛い下着姿で俺の腹の上に跨る琴海ちゃん。


 外見とは正反対な妖艶な姿に、俺のテンションは一気に上がる!!
 一体、琴海ちゃんは何をこれからしてくれるんだ――と思っていると、

 ぺろり。

 顔を舐められた。
 へ? と固まる。
 俺の期待をよそに、琴海ちゃんは一心不乱に俺の顔をペロペロ舐めるのだ。
「…………あ、の」
「ペロペロペロ」
「こ、京野さ……ぅわっぷ!?」
「ペロペロペロペロ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
「はぁ、はぁ……京野さん、一体なにが…………へ?」
 顔を振り、漸くペロペロ攻撃(まぁ、嫌いではない)から逃れられた俺は、琴海ちゃんを見て驚く。
 いつの間にか、琴海ちゃんの頭とお尻には、犬の耳と尻尾(黒色)が付いていた。
 しかも、身に着けている全ての物が、黒の色に変わっていた。
 一体いつ着替えたんだ? と驚いていると、そんな俺を尻目に、琴海ちゃんは尻尾をフリフリ揺らしながら、二カッと笑ってこう言った。


「アレク兄さん、おっはよ〜! オレ腹減った。早く朝メシくれ!」





 ここで、パチリと目が覚めた。
 そして――。
「ワンっ!」
 人の顔を舐め回す、愛犬エルダーが視界いっぱいに飛び込んで来た。
「え、エルダー? 何でお前がここに…………ってか、京野さんは!?」
 人の上に乗っかるエルダーを降ろして、エロ可愛い琴海ちゃんが何処に行ったのかを探す。
 しかし、琴海ちゃんは何処にもおらず、床に適当に投げられた鞄とネクタイがあるだけで、その他には皺になったスーツが眼に入るだけであった。
「…………夢かよ」
 今までの事が、唯の夢であったことに肩を落とす。
 朝メシ! と吠えるエルダーを見詰めながら、「クソッ、目が覚めた原因はお前か。あともう少しでいい思いが出来たのに……」と呟いた。
「はぁ〜あ、そうだよなぁー。琴海ちゃんが、あんな格好をして俺の前に出てくれるはずがないもんな」

 でも、エロ可愛い下着で乗馬鞭を持った琴海ちゃん…………あれは癖になりそうだ。

 夢じゃなく、いつか現実でもあんな格好をして俺をイジメて欲しい――。
 というのが、この日からの俺の願望である。


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