アレクさんとお付き合いする事になって早1ヶ月が過ぎた頃───。
彼が作る美味しいご飯を食べ終わり、丸い大きめなクッションに座っているアレクさんの足の間にちょこんと座りながら、ホットココアを飲んでいた。
彼の胸に凭れつつ、フーフーと息を吹きながらコクリと飲み込めば、甘いミルクココアの味に、ホッと体から力が抜ける。
甘いホットココアを飲みながら至福の時間を噛み締めていた私の髪を、アレクさんは細長い指でクルクルと弄って遊んでいた。
くすぐったさから首を竦めながら後ろを振り向けば、穏やかな顔をした彼が私を見下ろしている。
アレクさんはクスっと笑うと、顔を近付けて額にチュッとキスをした。
の゛あーっ!!
未だに甘い雰囲気に慣れません。はい。
私は顔が熱くなるのを何とか意識しないようにしながら、急いで顔を前に戻す。
真っ赤になった顔を見られたくない一心でそうしたのだが、その際に少し伸びた髪が勢い良くアレクさんの目にビシリと当たったらしい。
「うぐっ!?」と叫び声を上げ、両手で目を抑えて悶え苦しみだした。
「きゃー! アレクさん、ごめんなさいぃ〜!!」
「う……うぅ……ぐぅ」
「だ、大丈夫ですか? 目は開けられますか?」
目元を抑えて顔を上げないアレクさんが心配になり、体の向きを変えてオロオロしながらアレクさんの顔に手を当てた時───。
「……いぃ……もっと、やって? あ、出来ればもう少し強めでお願いします」
やはり、アレクさんは変態さんであった。
髪の毛が当たった激痛で目から涙をボロボロ出しているにも関わらず、そんな事を言うアレクさんにドン引きした私であります。
───それから暫くして。
ハァハァと息を荒げて興奮していたアレクさんが通常運転に戻った頃、私は今まで聞きたかったことを思い切って聞いてみることにした。
「あの……アレクさん」
「ん?」
「あの、えと、アレクさんは何が原因で……そのぉ〜……Mに目覚めちゃったんですか?」
そう、イケメンさんであられるアレクさんが“ドMさん”に目覚めた原因がなんなのか、今までずーっと気になっていたのだ。
私の言葉に、アレクさんはきょとんとした顔で私を見下ろしていたのだが、すんなりと教えてくれた。
「乳歯から永久歯に生え変わる時に目覚めた」
「……は?」
「うん、歯」
いやいやいや、私のは疑問形で聞き返しただけなんですが。
聞けば、アレク少年の歯が大人の歯に生え変わる時期、グラグラと抜けそうで抜けない奥歯の歯を舌先でいつもグリグリと弄っていたらしい。
最初は激痛が走って何も食べれないほどであったが、後もうちょっとで抜ける───と言う頃になると触ってもあまり痛くなく、逆にそのちょっとした痛さが気持ちイイと思うようになったんだとか。
「肩とか凝ると、優しく揉まれるよりちょっと強めに揉んでもらう方がいいって感じない? ほら、痛気持ち良いくらいがちょうどいいって言うじゃん?」と言われたが、アレクさんの『痛い』と常人の『痛い』を一緒にしてはいけないと思うのは私だけでは無いと思いたい。
まぁ、話しを要約すると───。
アレクさんは程よくグラつく乳歯を舌でっ突っつきながら、口の中でちょっとした痺れる痛みに酔いしれていたらしい。
そこで、『軽い痛み→気持ちいい』の方程式が出来上がる。
それが年齢を重ねるに連れてどんどんエスカレートしてゆき、いつの間にか立派なM男へと変貌していた……との事。
よくよく考えれば、歯の生え変わりなんてまだ小さな……一桁代の年の頃ではないか。
うわぁ〜と思いながら気持ち後退っていると、そんな私に気付いたアレクさんの表情がキラキラし出す。
どうしてそんな顔をするのか分かりたくない───と言うより精神安定上知りたくもなかったので、なんとなく微妙な気分になりながら私は持っていたココアが入っているコップをテーブルの上にそっと置く。
そして……。
子供が出来たら、乳歯が生え変わる時は歯科病院に速攻で子供を連れて行こうと、固く決意したのであった。