ギシギシいう身体を引きずるようにして、会社から帰ってきた私。
漸く辿り着いた築35年の、ちょっとボロッちいアパート。
玄関の鍵を開け、誰もいない部屋に向かって「ただいまぁ〜」と言いながらパンプスを脱ぎ捨て、家の中へ入る。
電気のスイッチを入れると、暗い部屋がパッと明るくなった。
女の1人暮らしにしては少し広い、2LDKの部屋。
大家のおばあさんが、私のおばあちゃんと知り合いの為、格安価格で借りている。
私はコートのボタンを片手で外しながら、鞄とコンビ二の袋を机の上に置き、もう片手で脱いだコートをハンガーに掛け、それからパソコンの電源を入れて、スーツからゆったりとした室内着に着替えた。
ヘアバンドで前髪を上げると、私はそのまま台所に直行する。
クレンジングで化粧を洗い落とてスッピンになると、顔についている水分をタオルで優しく押さえて拭き取る。
「ふぅー、サッパリした」
コットンに付けた化粧水を肌にポンポンと叩きつつ、冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターを取り出して一気に飲み干した。
グビ、グビ、グビ、グビッ…………ぷっはぁ〜!!
「げふっ」
誰もいない女の子の1人部屋。ゲップも普通に出てしまう。
まぁ、人がいるときはしないので、悪しからず。
私は新しく取り出したミネラルウォーターを手に持ちながら、パソコンの前にドカリと座る。
「さ、て、とぉ〜。先ずは何を調べましょうかね?」
私は近くのコンビニから買って来たおにぎりを頬張りながら、インターネットに繋ぐ。
一瞬悩んでから、私は『SM』のサイトを検索してみた。
10分後――。
私は、パソコンの画面を眺めながら魂が抜けそうになった。
SMと言うものには、ある程度の知識があった。……と、思っていた。
今まで。
しかし、私のちっぽけな知識は、今、粉々に砕け散った。
私は静かにパソコンの電源を落とす。
「……SMって、鞭や蝋燭や洗濯ばさみを使うだけじゃないのね」
人差し指で胸元をグイッと引っ張り、自分の胸を見た。
私は先程見た画面の映像を思い出しながら、もしも“アレ”を自分の胸にしたらと考えてみる。
暫しの時間想像。
「いぃやぁ〜! 痛い! 痛過ぎるぅ!!」
両腕で自分の胸を庇う様にして身震いする。
私が見たSMサイトには――。
女の人の胸の先っぽに、マチ針みたいなものが3本も(ここ強調!)、ぶっすり刺されている写真が載せられていたのだ!
見ているだけで痛い。
あんな事をされて、ホントに気持ちいいのだろうか……?
私には分からない世界だわ!
うひぃーっと意味不明な声を発しながら1人で悶えていたが、はた、とある事に気付く。
そうそう。分からないのは、何もSM世界だけではなかった。
あの『アレク・クロフォード』と言う人間も、私にとっては訳の分からない人間であった。