1度離れた唇も、直ぐに塞がれてしまった。
啄む様なキスが沢山落ちてくる。
たまに、頬や瞼、額にも柔らかな唇が触れるが、やっぱりココが1番いいというように、直ぐに唇に戻ってきた。
「んん……ふぅっ……」
キスなんて初めてだけど…………クロフォードさんって、キスがとっても上手なんだと思う。
だって――。
とっても気持ちイイんだもん。
最初のように、舌がうにょろんって入ってきた時なんか、「うひゃあぁぁあぁぁぁ!?」と心の中で叫んでいたけど、今のように唇が軽く触れたり押し付けられたりするようなキスは、とっても気持ちイイ。
だけど、
「ふむぅ……ん、ん゛ん゛っ」
長く塞がれ続けると、どこで息を吸ったらいいのか分からない。
息苦しくて、グググッと眉間に皺が寄った時――トントンと、鼻先を叩かれた。
うっすらと目を開けたら、クロフォードさんが唇をくっつけたまま目を細め、もう1度鼻先を指でトントンと叩いた。
鼻で息を吸えと言いたいらしい。
私は言われるままに、スゥ〜っと鼻から息を吸ったのだが――ハタと動きを止める。
もしかして……いや、もしかしなくても、このままの勢いで鼻から息を吐き出したら…………。
私の荒い鼻息が、クロフォードさんの顔に思いっ切り掛かってしまうのでは???
そんなの嫌ぁ!!
首を振って唇を離そうと試みるも、大きな手が後頭部をガッチリ掴んでいる為、動くことが出来ない。
それならと、距離をとろうと腕を伸ばしたり背中を反らしてみるも、もう片方の腕が私の腰にきつく巻き付いている為、離れることも出来ない。
「……ふぁ……もぅ、や、め……ふむぅ!?」
なんとか唇を離して、もう止めてと言おうとしたら――口を開けた隙間から舌を入れられてしまった。
いやぁぁ、また来たぁ!?
慣れない感触に涙目になっていると――。
「ふぐぐ!?」
腰に回っていた腕が移動して、背中を撫でながら脇腹のラインを確かめるように撫でられる。
そして、そのままスルスルと胸の上にまでやってきた。
ぎょっと目を見開くも、目の前にいる彼は眼を閉じていて、何を考えているのか分からない。
いや、考えている事は、多分1つしかないが……。
服の上から、胸を持ち上げるようにして揉まれ。
「んん〜っ!?」
人生最大最高の危機を感じ取った私は、この状況からなんとか逃れようと、周辺にあった物を手当たり次第に掴み、
それで彼の頭を思いっきり殴った。
「ぐぼっ!?」
「はっふぅ〜っ」
彼が離れた隙に、肺に溜まった二酸化炭素を素早く吐き出す。
胸に手を置き、荒くなった呼吸が落ち着くのを待つ。
暫くすると呼吸も落ち着いてきて、自分が手に持っている物に漸く気付いた。
右手に持っていた物は、厚さが10cm以上ありそうなぶ厚い本であった。
手に持つ本は、硬い表紙のハードカバーで………その本の角が少し凹んでいる。
「………………」
こんなモノで彼を殴ってしまったのかと、固まる。
ヘタをしたら、怪我だけじゃ済まされない事になっていたかもしれない。
手元の本から視線を外し、直ぐ側にいるクロフォードさんに目を向けると――。
彼は私に背を向けて、頭と口元を手で抑えて蹲っていた。
ディープキスの最中に頭を殴られた衝撃で舌を噛んでしまったらしく…………頭の他に、お口の中も大変なことになっているらしい。
「あー……あの、クロフォードさん?」
やり過ぎたと思った私は、彼の肩を叩きながら呼びかけてみる。
呻き声を上げながら、ぷるぷる震えるクロフォードさんを見て、やり過ぎてしまったと後悔した。
しかし、私がそんな事を考えていたのに、彼は「あふぅぅ……いぃ」と呟いたかと思えば、クルリと向き直って――。
私の腰に抱きついてきた。
「ひゃっ!?」
腰に両腕を巻き付けられ、胸元に彼の顔が押し付けられた。
中腰になったまま、胸元にあるプラチナシルバーの頭を驚愕の瞳で見詰める。
彼は私に顔を押し付け頬擦りをすると、潤んだ瞳で私を見上げてきた。
「やっぱり、琴海ちゃんは俺が思った通りの人だ」
そう言うと、ウットリとした顔でこう言った。
「もっともっと、俺を痛めつけて? そして、精神的苦痛を齎(もたら)すような言葉で罵って、冷めた目で汚い物でも見るかのように見詰めて…………」
――その小さな足で、俺を踏み付けて?
その言葉に、ぞわわわわ〜っと全身に鳥肌が立つ。
私はひゅっと息を吸い込み
、
右手を振り上げ、「いやあぁぁ!! 変態っ! 離れてよぉっ」と叫びながらそのまま振り下ろし――硬くてぶ厚い本の背の部分で、ウットリとした表情で私を見詰めるクロフォードさんの額を殴りつけていた。
「いやぁ〜、ごめんごめん」
「………………」
バリケードの様に、黒ラブちゃん――エルダーくんを抱き締め、クロフォードさんを睨み付ける私。
赤くなった額を摩するクロフォードさんは「ホント、もう正気に戻ったから大丈夫だよ」と、苦笑する。
貴方の言葉は信じられません! という風に無言のうちに睨み付ければ、彼は頭をポリポリと掻いた。
「……ホント、信じられないくらい、俺って琴海ちゃんの前では本性をさらけ出してるよな」
こんなハズじゃなかったのにな……と呟くクロフォードさんは、もう一度苦笑してから私の前に跪いて、真剣な顔してこう言った。
「俺のマゾ性をここまで刺激してくれる女性は、後にも先にも琴海ちゃんしかいない」
そんな真剣な顔をして言う台詞では無いのでは……?
微妙な気持ちになりながら固まっている私に、彼がスッと腕を伸ばして来た。
「琴海ちゃん……」
細くて長い指が私の頬を包み、そのままゆっくり移動して――私の唇を親指で撫で上げた。
「琴海ちゃんが何と言おうが……絶対離す気はないから」
覚悟してて、と耳元で囁くクロフォードさんに、腰が抜けそうになった。
そして、綺麗なターコイズブルーの瞳を見詰めながら、厄介な人物に惚れられてしまった――と思った。
しかし、待てよ? と考える。
彼のマゾ性を刺激するって……それは、もしや私が『S』だと言いたいのだろうか?
いやいやいや! 私は『S』でも『M』でもありません。
私はNormal――つまり、『N』ですから!