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本職は黒騎士 副職は服職人?

 
「オルデス様、言われた物をお持ち致しました」

 執務室で1人仕事をしていた俺の元に、王宮見習い騎士の少年がやって来た。
 少年は入って来た扉を片手で閉めると、頼んでいた物を机の端の方へそっと置いた。
 それは、細かな彫刻が施された乳白色の―縦横20p四方の四角い箱であった。
「他に何か必要な物は御座いませんか?」
「いや、無い。わざわざ悪いな」
「いえ、何かありましたら、又いつでも仰って下さい」
 少年はそう言って頭を下げると、直ぐに部屋を出ていった。
 俺は少年が部屋を出て行ってから、腕を上にグイッと伸ばしてから肩をぐるぐる回した。
 何時間も文字やら数字やらを見続けていたので、肩が凝った。
 コキコキと首を鳴らしてから、ふと、先程の少年が持ってきた乳白色の四角い箱が目に入った。
 手元に置いてある書類を全て片付け、四角い箱を手元に引き寄せる。
 箱はスイートマリッジタイプで、上部にはゆるくカーブした取っ手があり、正面には6つの引き出しがあった。
 箱のふたの部分をそっと上に上げる。
 中に入っていたのは――。

 ピンク色の丸いピンクッションに刺さっている、大小様々な細い針と待ち針。銀色の指貫。裁断ばさみに小ばさみ 。メジャー。そして、色とりどりの手縫い糸。

 そう、この四角い箱は、裁縫箱であった。
 立ち上がって、近くの棚の中から色々な布が入った籠を取り出した。
 それを両手で持ち上げると、又机の所に戻って座り直す。
 裁縫箱の中から指貫を抜き取って指に嵌め、籠の中から布を取り出して机の上にバッと広げる。
「腕が鳴るぜ!」
 裁断ばさみを手に取り、騎士としての仕事をする時よりも更に高い集中力を持って、生地をちょきちょき切っていったのであった。



「何をしている……と聞いたらいいのかしら?」
 あれから何時間経ったのか分からないが、服を4着作り終えた所で声を掛けられた。
 ふと顔を上げると、呆れた顔をしたリュシーが俺を見降ろしていた。
「よぉ。俺は今、トオルの服を作ってたところ」
 今出来あがったばかりの服をバッとリュシーの目の前に広げる。
 どうだ! いい出来だろう? と自慢げに言うと、何故かリュシーは首を傾げた。
「……まぁ、いい出来ではあるんだけど」
「何だよ」
 ハッキリとしない言葉に何が言いたいんだと眉間に皺を寄せると――。


「何で、今作っている洋服全部が子供服?」


 と、怪訝な顔で聞かれた。
 そう、俺が今作っていた服の全てが子供服――しかも、フリフリやらリボンやらが沢山付いた、かっわいぃ〜女の子用の服であった。
 見た感じ、夢見る乙女が着そうな服である。
「可愛いだろ?」
「……可愛いな」
「これを、トオルに着せられたらと思ってな」
 チビになったトオルが、俺の作った女の子チックな服を着て歩いているところを、ぽややんっと想像してみる。

 ……ヤベッ! 鼻血もんの可愛さじゃないか!!

 にやける口元を掌で隠していたら、頭上から深ぁ〜い溜息が聞こえた。
 頭を上げて見ると、リュシーが額に右手を当てて項垂れていた。
「何をにやけているんだか……。それより、トオルさんに頼まれていた伸縮自在の魔法服はどうなっているの?」
「それなら、もう殆んど作り終わっているよ。あと3着程予備の奴を作ろうと思っている」
「……そう。それならいいんだけど」
 だけど、とリュシーは言葉を続ける。
「だけど、これ以上子供服は作らなくていいわ。――女の子用の服は特に」
 その言葉に、俺は異議を唱える。俺の楽しみを取るな―と。
「煩い馬鹿。あんたね、これ以上フリルたっぷり少女趣味な服を作って、私の屋敷に置くの止めて頂戴。あの部屋は今や、あんたの作った服で溢れ返っているんだから」
 リュシーの言葉に、俺はグッと詰まってしまった。
 そう、俺は、自分で作った服(子供服)を全てリュシーの屋敷に置いていた。
 ここ数十年、作りに作って出来あがった服の数――800着以上。
 そのほとんどが、未だに1度も手を通していない新品物。(ちなみに、男の子用の服が1割。女の子用の服が9割)

 確かに、作り過ぎたかも……。

「あー……悪かったよ。暫くはもう作らない」
 指貫を外し、待ち針と糸が通った針をピンクッションに突き刺す。
 そして、出来あがった服をきちんと畳んでリュシーに「はい」と手渡す。それを受け取ったリュシーは、「本当に暫くは作らないでね」と俺に釘をさしてから部屋を出ていった。
 もう使わなくなった布を折り畳んで籠の中に仕舞って、裁縫道具も箱の中に入れて蓋を閉じた。
 椅子の背にグッと背中を押しつけて伸びをする。体がバキバキッと鳴った。
 同じ態勢を長時間とり過ぎたんだろう。
 ふぅーっと息を吐き、机の上に視線を向けると――裁縫箱の横に銀の指貫が転がっていた。仕舞い忘れたらしい。
 俺は指貫を取って目の高さにまで持ち上げた。


『ジーク、これ上げる』
『何それ?』
『指貫。ほら、裁縫をする時に使うやつだよ』
『……ねぇ、何でそんな物を男の俺にくれるわけ?』
『この指貫、私がデザインしたやつなんだ』
『…………人の話聞いてる? それに、そんな物を貰っても、俺は裁縫なんてしない』
『わっかんないよぉ〜。将来、お裁縫に目覚めちゃうかもしれないじゃん』
『目覚めない』
『――まぁ、これは私の手造り品だから……こんな物欲しくは無いかもだけど』
『…………別に、いらないとは言ってないだろ』
『ホント!? 私、ぶきっちょだから、ちょっと歪な形になっちゃって……』
『形なんてどうでもいいよ。ありがとう』
『っ!? ……えへへ。そう言って貰えて嬉しいよ』


 人差し指と親指で少し歪な形をした指貫を眺めながら、昔の事を思い出していた。
 この指貫を貰った時、意味が分からなかった。「何で俺に指貫?」と、何度も首を傾げたもんだ。しかし、俺の為だけに“あの人”が作ってくれたと言う事が、凄く嬉しかった事は覚えている。
 それに、昔の俺には必要無かった物も、今では無くてはならない物となっていた。
 暫く歪な形をした指貫を眺めていたが、ある程度たってからもう1度指に嵌めなおした。
「さてとっ。それじゃあ、魔法服でも作ってしまいましょうかね」
 違う布を棚から取り出し、机の上に広げる。
「どんな服にしよっかな」
 トオルの顔を思い浮かべながら裁縫箱の蓋を開ける。
「1着位は、女の子っぽい服でも作ってみよっかな」
 俺は、髪が長いトオルが着たら似合いそうな服を頭の中に思い浮かべる。そして、形が決まったら、布を裁断ばさみで一気に切っていく。
「これを見たらトオル、どんな顔をするかな」
 切り終わった布をチクチク針で縫い合わせる。出来あがった服をトオルに渡した時の事を思うと、縫い合わせる手のスピードが次第に早くなっていく。

 出来あがった服を見せるのが待ち遠しいな。

 そんな事を思いながら、1人せっせと執務室で裁縫をしている俺であった。
 







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