デュレインの人間Watching☆

 

『観察対象 エド』



「今日はこれにしようかしら」

 家の裏庭にあるハーブ畑。
 数種類のハーブが植えられている内の1つ、ローズマリーを手に取って、左腕に下げられている編み上げ籠の中に入れていく。
 ローズマリーは、集中力・記憶力を高める効果がある。
 これを、こちらの世界について勉強しているトオル様達に、ハーブティーにして出して差し上げれば、直ぐに切れる彼女達の集中力も少しは高まる事だろう。

 休憩を取りながら集中力も養える。一石二鳥である。

 そんな事を思いながら、せっせと摘んでいると――。
 トン、トトン……と、何かが木にぶつかる様な音が聞こえて来た。
「何かしら」
 立ち上がって、エプロンに着いた土や葉を軽く払い、音がした方向へ足を向けてみる。
 音がした方向は、裏庭から少し離れた場所からだった。
 足を進めて行くと、音もだんだん大きくなっていく。目を細めて辺りを見渡すと―ヒュンッと言う音と共に、右の視界に何か光る様なモノが見えた。
 あれは……。
 私は、近くにいるであろう人物が誰なのか分かった。
 体の向きを変え、音も無く近寄ると、真剣な顔をしてナイフを投げる人物に声を掛けた。


「そこで何をしているの? エド」


「うわぁっ!?」
 木々の間をすり抜ける様にしてエドの後ろに立ち、彼の耳元で声を掛けたら――凄く驚いたらしい。
 大きな石に腰掛けていたのだが、驚いた拍子にずり落ちてしまい、地面に尻もちを着いていた。そして、バラバラとナイフも共に地面に落ちる。
「ビビったぁー。……急に声を掛けんなよ」
「そんなに驚くとは思っていなかったので。……それよりも、エド、貴方は何をしているの? 今はトオル様に勉強を教えている時間でしょう?」
「あぁ、今日は予定変更。トールが勉強もいいけど、体を動かしたいって言ったんだ。んで、今はカーリィーがトールに剣術を教えてる」
 エドはそう言うと立ち上がり、尻に着いた土をパンパンと払いながら落ちたナイフを1つずつ拾っていく。(← 近くに落ちていても、拾って上げようという気もない)
「そう、それで? もう1度聞くけど、ここで1人何をしているの?」
 石の上に等間隔にナイフを並べているエドに、私はもう1度質問する。
 カーリィーがトオル様に剣術を教えているのは分かった。しかし、いつもであればカーリィーがトオル様に教えている時でも、見守る様にして近くに居るのに……今日は何ゆえ離れてナイフなんか投げているのやら。
 再び(今度は立って)ナイフを木に向かって投げるエド。
 しかし、全て的の中心から外れている。(← とても珍しい。いつもなら百発百中)
 黙々と投げ付けるその顔は、どこか不機嫌で……。
「………………」
「………………」
 ナイフが木に突き刺さる音だけが、その場を支配する。


「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
「………………………デュレイン」
「何でしょう?」


 遂に沈黙に耐えかねたのか、エドが振り上げていた腕を降ろすと、ジト目でこちらを睨んで来た。
「いつまでそこに居るんだよ……」
「私がここに居て、何か不都合でも?」
「………………」
「あら? エド、口の端が切れているみたいだけど、どうしたの?」
「これは……」
 今まで気付かなかったが、ふいと横を向いたエドの顔を見て、右の口端が赤紫色に痣になって切れているのに気付いた。
 もしや、これが不機嫌の原因か?
 そのまま何も言わずに(傷を治してあげようという気は、さらさら無い)黙って見ていると、エドはボソボソと言い出した。
「……に、やられた」
「え? 誰ですって?」
「レイに……やられた」
「………………」
 何でも、体を動かす事を所望したトオル様とレイさんに、今日の教師役であるエドとカーリィーは、2人が得意な格闘技――『からて』をしようと言われたらしく、先にエドがレイさんと組んで対戦したとの事。
 エドとしては、自分よりかなり小さなレイさん(それも女性)を、本気で殴ったり蹴ったりするなんて事は出来るはずもなく、軽くあしらう形で終わらせようと思っていたらしいのだが――実際は、トオル様が試合開始の合図を出した途端、顔面に向かって飛んで来た強力な回し蹴りに意識が飛びかけたらしい。
 それから、エドはレイさんに(トオル様達の言葉で)『ふるぼっこ』にされたとか。
 試合終了時に、ボロボロになったエドをレイさんが治癒魔法で癒した(口の端は癒し忘れた)らしいのだが……。
 完膚無きまでに叩きのめされたエドを見たカーリィーは、レイさんより『からて』が強いトオル様と素手で戦う事に恐れをなしたらしく、「トールには剣術を教えてやるよ!」と顔を引き攣らせながら言ったとか。

 ――まぁ、怪我の原因は分かった。

「で? なぜ1人でこんな所に居るわけ?」
 話が大分それてしまったので、元に戻す。
 ジーッと見詰めていると、


「やられっぱなしの姿をトールに見られたんだ。……カッコ悪ぃーじゃんかよ」


 口を尖らせ、ソッポを向く姿に閉口する。
 ナイフを持って適当に木に投げるその姿は、いじけた子供の様な姿で――。
 そんなエドを見ながら、足元に落ちているナイフを拾う。
 


 エドについて分かっている事。

 ・耳に大量のピアスを付け、普段の服装もだらしが無く着崩した格好をしているので、周りから不良の様に見られているが――基本、面倒見がいい。
 ・小さなトオル様を、それはもう甲斐甲斐しく世話している。
 ・苦手なモノ(人)――ルル。彼女の作る魔法薬の実験体として、(カーリィーと共に)悲惨な目にあっているから。
 ・黒騎士年下組のリーダー。(唯単にルルとカーリィーが起こす面倒事の尻拭い係りとも言う)
 ・トオル様にいい所を見せたいお年頃。


「エド、そろそろ休憩の時間よ。その時ぐらいは戻らないと、トオル様が心配するわよ」
 家に帰る為に踵を返した時、「そうそう、拾い忘れよ」と言って、後ろ向きにナイフを投げ付けた。
 トスッという音の後に、エドの驚く声が耳に届く。
 チラリと後ろを見ると――驚愕の顔をしたエドが、的の中心に刺さる、私が投げ付けたナイフを見詰めていた。
 まだまだ甘いな。
 

inserted by FC2 system