デュレインの人間Watching☆

 

『観察対象 リュシー』



 トオル様達の昼食が入ったバスケットを持って、私は王城のすぐ側にある訓練場にまで来ていた。
 朝からここに来ていた彼女達が、夕方までここで練習をすると連絡が入ったので、昼食を作ってわざわざ持って来たのだ。
 私はバスケットを持ち直し、近くにいる騎士の所へ歩いて行く。
 ここは誰それと入る事は叶わず、王城で仕える騎士だけか、身元がハッキリとした者しか入る事が出来なかった。
 私は、トオル様達がここで魔法の練習をし出した時から、ここに昼食やら着替えの服を持って来たりしていたので、門前に控える騎士達には顔を覚えられていた。
「いつもお疲れ様です」
 門番の、まだ年若い青年が挨拶をして来た。
「昼食を持って来たので、中に入り――」
 青年騎士に声を掛けている途中、後ろの方から馬蹄の音が聞こえて来たので、気になって後ろを振り向くと――。

 大きな青毛の馬に乗ったリュシーが、此方に向かって駆けて来るのが目に入った。

 リュシーは私の姿を確認すると、馬の手綱を引いて側近くで止まった。
「デュレイン、ここで何を?」
 馬から降り、青銀の髪を靡かせながら私の近くまで颯爽と歩いて来ると、何故ここにいるのか聞いて来る。
 昼食が入ったバスケットを少し持ち上げると、それを見たリュシーは「あぁ、トオルさんとレイさんに昼食を持って来たのね」と言って、馬を近くにいた騎士達に預けて、私を訓練場の中に入る様に促した。
 どうやら、リュシーもトオル様達の所に行くらしいので、一緒に来いと言う事らしい。
 まぁ、中に入るのに面倒な手続きやら何やらをしなくていいので、私としては楽でいい。
 リュシーの少し後ろを歩きながら訓練場の門を抜けると――。
 訓練場にいる騎士達の視線が、一気にリュシーに集まった。


『おぃ、黒騎士のオルグレン隊長が来たぞ』
『あ、本当だ』
『なぁなぁ、マジであの噂本当だったんだな』
『あぁ…あの眼帯を取ったってやつか?』
『うわぁー。間近で見るとメッチャ綺麗だよなぁ〜』
『御近付きになりてぇ〜』
『お前が相手されるわけないだろ!』
『オルグレン隊長って、見た感じだと水氷系の魔法が得意そうだよな。1度手合わせしてみたいよ』


   などなど、此方に聞こえないと思ってコソコソと話しているらしいが、バッチリ聞こえていた。
 しかし、噂の的の人物は、気にした様子も無く前だけを見て歩いている。
 斜め後ろから、私はリュシーの横顔を見詰める。
 確かに、この国でも珍しい青銀色の髪と、中性的な顔を持つリュシーは綺麗だと思う。
 ずっと外す事の無かった黒の眼帯を外した事で、瞳の色が違う事をとやかく言う者もいるみたいだが――今では、それはほんの一握りの人間だけであって、殆んどの者が彼女の美しさを認めていた。
 だが……。


 そこまで騒ぐ程の事でも無いだろう。


 そこら辺で騒いでいる騎士達の声を聞きながらそう思うものの、審美眼は人それぞれなので、口に出す事はしない。(←とっても珍しい)
 その他にも、リュシーは人も羨む黒騎士団隊長でもある。
 黒騎士は、白騎士や他の騎士とは違い、“紋様を持つ者”が認めた人間――誓約を交わした人間だけしかなる事が出来ない。
 よって、騎士を目指す者にとって、黒騎士とは憧れの的であった。
 その憧れである黒騎士の騎士服を身に纏い、更には“隊長”であるリュシーを、騎士達は羨望の眼差しで見詰めているのであった。
 しかし、だ。
 全ての騎士達が憧れる黒騎士の“隊長”を、


『じゃんけん』で決めた。


 という事は、誰も知るまい。
 白騎士の隊長、バスクがその事を知った時、「お前ら、『じゃんけん』で隊長を決めたっていう事を、ぜってぇー他の騎士達に言うなよ!」と怒鳴っていた。
 曰く、騎士達の夢を壊すな、と。



 それから2人で暫く(無言のまま)歩いていると、大きな木の根元で休憩をしているトオル様とレイさんの姿が見えて来た。
 少し距離が離れているので見えにくいが、お腹が空いているのか、トオル様がお腹に手を当てているのが目に入った。
 そんな姿が可愛らしく、早く昼食を持って行こうとバスケットを持ち直した時、


 隣を歩いていたリュシーの歩調が、急に早くなった。


 ん? と思いながらも、私も同じ速さで歩いてもう1度リュシーの隣に並ぶ。
 すると、又してもリュシーの歩く速度が上がる。
 私も歩く速さを上げる。
 それを繰り返していくうちに、何故か私達は全力疾走でトオル様達の元へ走っていた。

「「……………………」」

 無言のまま走り続ける。
 何故か分からないが、走り続ける。
「っ――!」
 休憩中の2人に後もう直ぐで着くという時、急に右目に激痛が走った。
 一時足を止め、右手で痛む目を覆う。
「失敗。リュシーに近づき過ぎた」
 そう、接近し過ぎて、風で煽られた彼女の長い青銀色の髪の一房が、私の右目にバシッと当たったのだ。
 私は瞼を軽く擦ってから、今度はゆっくりと歩き始める。
 視線を正面に向けると、トオル様の元に辿り着いたリュシーが楽しそうにトオル様達と話していた。
 それはもう、普段では見る事が無い様な――優しい、頬笑みを湛えていた。


 リュシーについて分かっている事。

 ・普段は無口。無表情。たまに笑うとしても、冷めた笑みをする為『氷の微笑』と言われている。
 ・しかし、トオル様が関わると柔らかな表情を作れる。
 ・左右の瞳の色が違う為、幼い頃に色々あった事で冷めた性格をしてる。
 ・意外と負けず嫌いの頑固者。
 ・リュシーの外見を見ると、水氷系の魔法を連想させ易いが――実際の得意魔法は炎系の魔法である。水氷系の魔法は苦手らしい。


 漸くトオル様の所に辿り着くと、
「デュレイン、どうしたんだ? それ」
 赤くなっている右の瞼を指で指しながら、不思議そうな顔をしてそう言ったリュシーに、腹が立った。
 

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