私は今、夕食の準備をしている所だ。
台所の上には、先程買って来た新鮮な野菜が置かれている。
数種類の調味料を見繕い、使う調理器具を棚から取り出す。
トントントントントンッ……と、包丁のリズミカルな音が部屋の中に響く。
切り刻んだ野菜を、火に掛けたフライパンの中にサッと入れた所で――。
「デュレインさぁーん。何か手伝いますか?」
トオル様が声を掛けて来た。
「そうですね……それでは、ジャガイモの皮むきをお願い致します」
「はぁ〜い」
腕捲りをして手を洗ってから、私が用意した包丁を右手に持ち、左手にジャガイモを持ったトオル様。
「トゥルットゥットゥットゥ〜♪♪」
歌いながら、するすると皮を剥いて行く。
私は初め、トオル様もレイさんも食事なんて自分で作った事がないだろうと思っていた。しかし、それは違った。
2人共、驚くくらい慣れた手つきで包丁を扱い、食材を切り刻んで行くのだ。だから、彼女達が手伝ってくれる時は凄く捗る。
「トオル様、次はこちらの野菜をお願い致します」
「まっかせてぇ〜♪」
私は、ジャガイモの皮むきを終わらせたトオル様に、次の野菜を渡す。
以前、2人に夕食の準備を手伝わせる私を見た居候(フィード)が、「お前の様なメイド、僕は初めてみた」と言っていた。
私の主義は、使えるモノは何でも使え――である。
それが、自分の主であっても、護るべき者であったとしても変わりは無い。
「トオル様、その果実酒を1カップ程お鍋に入れたら蓋をして下さい」
「分かった」
「30分程弱火でじっくり煮込めば完成です」
「うぅ〜ん。早く食べたいなぁ」
果実酒を鍋に入れ、蓋をしてから、火を強火から弱火にしたトオル様がお腹を擦りながらそう言った。
「出来上がるまで少し時間がございますし、今朝のデザートで少し残ったものがあるんですが、食べませんか?」
「え? いいの?」
私が頷くと、トオル様は「やったぁー♪」と両手を上げて喜び、テーブルにいそいそと2人分の小皿とスプーンを用意する。
「零は自分の部屋で、昨日ルルちゃんから借りた薬草学の本を読んでるし、フィードは部屋に籠って何かやっているから……」
2人だけで食べましょう?
唇に人差し指を当て、「上にいる2人には内緒」と言って笑うトオル様。
こうして、夕食までの間、私はトオル様と楽しい一時(ひととき)を過ごした。
「やっぱ、デュレインさんが作るデザートは美味しぃ!」
頬に手を当て、幸せそうな顔で食べるトオル様。
「本当に美味しそうに食べますね」
「だって、ホントに美味しいし」
そして、トオル様は私の顔を見てしみじみとこう言った。
「デュレインさん。いいお嫁さんになれますよ」
「………………」
嫁?
いきなり何を言うんだと思っていると――。
「だって、こーんな美味しいデザートを作ってくれるし、炊事洗濯――家事なら何でも出来ちゃうでしょう? それに、手抜きは一切ないじゃないですか」
「別に普通では? 世の中の女性、皆がやってますよ」
「まっさか! ここまで完璧にやれませんよ。私だって、デュレインさんみたいにやれる自信ないですもん」
肩を竦める様にしてそう言うと、トオル様は信じられない事を仰った。
「私が男なら、デュレインさんみたいな人と結婚したいと思いますもん」
耳を疑った。
私と結婚したい?(← 違う)
トオル様は私をジーッと見ながら、「おーい。デュレインさん?」と手を振っていたが、いつまで経っても動かない私に首を傾げつつも、残りのデザートを食べ始める。
「…………とに?」
「んぇ?」
「トオル様、本当にですか?」
「………えーっと。何がですか?」
私が先程のトオル様の言葉の確認を取ると、意味が分からないのか、口にスプーンを銜えたまま首を傾げている。
「ですから……炊事洗濯など完璧に出来る私と、トオル様が結婚をしたい――と言う事をです」
「………………」
トオル様は目をぱちぱちと瞬きした。
自分が『男なら』デュレインさん『みたいな人と』結婚したい――と言ったのだ。
その2つが消えただけで、まるで今の自分がデュレインさんと結婚したいと言った様に聞こえるから不思議だ――と、トオル様は思っていたらしい。
トオル様は暫し悩んでから、「まぁ、そうですね」と言った。
深い意味は無かろう、と思って。
「そうですか。…………トオル様、私のデザート、まだ口を付けていないので、もしよければお食べください」
「いいんですか?」
なるべく優しく微笑むよう、普段使わない筋肉を意識しながら、自分のデザートをトオル様に渡す。
トオル様について分かっている事。
・人でも物でも、可愛いモノが大好き。
・押しに弱い。
・見た目は真面目そうだが、意外と面倒くさがりである。
・料理は得意。
・食べ物をくれる人に懐く。
子供の様にパクパクと美味しそうにデザートを食べるトオル様の姿を静かに眺めながら思う。
これ以上トオル様に変な虫が付かないよう、他人からの餌付けは徹底的に排除しなければ――と。