高校生編・女子空手部員の皆様 2

 
 マネージャーである僕を含めて、女子空手部の全員が同じクラスにいた。
 我が校は、あまりクラス替えをしないらしいので、3年間同じクラスになるのだろう。
 ずっと皆と一緒か……。
 そんな事を思いつつ、昼休み時間、輪になって楽しそうにお喋りをしている皆の事を、僕はボーっと眺めていた。
 練習中の真剣な顔つきからは打って変わって、皆年相応の可愛らしい顔をしながら笑い合っていた。
 そんな時、輪の中から1人の女の子が出て来た。


 長い髪を左右に分けて編んだ、お下げ頭の女の子――鈴木美鈴さんだ。


 彼女とは余り話した事は無いが、西条さんに扱き使われる僕に「大丈夫? 代わってあげようか?」と声を掛けてくれる、優しい人であった。
 そんな鈴木さんだが、どうやら自分の席に何かを取りに来たらしい。
 机の中から筆箱を取り出していた鈴木さんに、瑞輝さんや他の人達が声を掛ける。
「みー、悪いんだけど、そっちに行ったついでに私の筆箱も持って来て」
「あっ、みーちゃんティッシュちょうだい」
「美鈴〜。ここ分かんないから教えてぇー」
「みーちゃん、零にも教えてぇ〜」
 次の授業(数学)で小テストがあるので、分からない所をどうやら鈴木さんが教える事になったらしい。
 鈴木さんは「いいよ」と頷くと、自分の筆箱とポケティを持って、隣の机(瑞輝さんの)から頼まれた筆箱を取り出すと、皆がいる輪の所に戻ろうとした。
 そんな時――。


「鈴木美っ鈴さぁ〜ん、俺にも数学教えて〜」
「鈴木美鈴さんお願いしますよぉ」
「俺にも教えてー、鈴木美鈴さ〜ん」


 クラスの男子数人が、鈴木さんの名前『鈴木美鈴』を強調しながら、おちゃらけた調子で声を掛けて来た。
 鈴木さんの動きがピタッと止まる。
 それを見た男子が、ニヤ付きながらさらに口を開く。


「鈴木美鈴さんってさ〜、苗字に『鈴』が付いてんのに、名前にまで『鈴』が付いてんだねー」


 その言葉に、俯く鈴木さん。肩が少し震えていた。
 それを見た男子達は、罪悪感も何も無いのか、ギャハハハハッ!っと馬鹿笑いしていた。
 名前を馬鹿にするなんて酷い、と僕の眉間に自然と皺が寄る。
 だって、そうではないか。
 苗字だって名前だって、自分が決めれるものではないんだから。
 僕は瑞輝さん達の方に目を向けた。
 彼女達なら、鈴木さんを苛めている男子に注意をしてくれると思ったからだ。(← 自分が注意をする勇気は無い)

 しかし――。

 女子空手部の皆さんは、何故か全員微妙ぉ〜な顔をしていた。
 なんだ? あの顔は……。
 首を傾げる僕がその理由を知るのは、そう時間は掛からなかった。
 顔を臥せっている鈴木さんに、名前の事でからかっている男子生徒以外の――教室にいる人達までクスクスと笑い始める。


「苗字と名前に2つ『鈴』が付くんだから、『リンリン』じゃね?」


 鈴木さんの名前で笑う男子の中で、椅子の背凭れに尻を乗せ、座面に足を乗せていた男子がそんな事を言い放った。
 その時、鈴木さんの肩の震えがピタリと止まり、ゆっくりと顔を上げた。
「リンリン!? ウケるぅ〜!!」
「って、鈴が2つだからリンリンって、センスねぇーし」
「パンダかよ!」
「ねぇ、鈴木さ〜ん。聞こえてるぅ? リンリ〜ン」
 何が面白いのか、「リンリン」と言いながら馬鹿笑いをし続ける。
 他の生徒達の笑い声も混ざって、教室の中はかなり大きな笑い声で包まれた。
 遠くで、宮瀬さんの「あーあぁ、言っちゃったぁ」と言った声が聞こえた。
 どういう意味だろう? と思った時。
 顔を上げた鈴木さんが、『リンリン』と言った――椅子の背凭れに座る男子生徒の所へ向かって歩き出した。
「なんだよ、リンリ〜ン」
 と笑い続ける男子の前に立った鈴木さんは、ニッコリと笑うと――。


 椅子の足を思いっきり蹴りつけて、リンリンと言って馬鹿にした男子生徒を椅子から落としたのだ。


『!!!???』
 クラス中の人間が彼女の行動に驚いた。
 ……いや、女子空手部の皆さんはそうでもなかったな。
 蹴り飛ばされた椅子が近くにいた男子生徒(彼もリンリンと言って笑っていた)に当たって呻くも、鈴木さんはそれを軽く無視し、椅子から落ちた(落とした)男子生徒の鳩尾にドスッ! と右足を置いた。
 うわっ、痛そう……。
 自分がされた訳ではないが、自分の鳩尾をスリスリと撫で付ける。 
 シーンッと静まる教室に、倒れた衝撃と鳩尾を踏まれ続ける苦しさに、「ぐぅぅぅっ」っと言う呻き声が、嫌に響く。
 そんな中、鈴木さんは倒れた男子の鳩尾を踏み付けたまま、いつも僕に向けてくれる様な、優しい微笑みを湛えた顔で口を開いた。
「1つ、覚えておきな。――私、『リンリン』って言われる事が大嫌いなの。次にもし『リンリン』なんて呼んだら……」


 もう学校に来たくない、って思うぐらいの報復が待っている事を――。


 ぐぐぐぐ……っと鳩尾に置く足に力を入れながら、「分かった? 返事は?」と聞く鈴木さん。
 そんな彼女を見て、教室中の生徒が恐怖した。
 ブンブンと頭を振る男子生徒から足を退けた鈴木さんは、清々しい顔をして女子空手部の皆さんが待っている輪の中に帰って行った。
 鈴木さんが輪の中に戻ると、
「みーちゃん、良く我慢したねぇー」
「今日の美鈴は優しいね」
「私はあのまま、アイツを半殺しにするかと思った」
「ねー、何でアイツを直接蹴り落とさなかったの?」
 皆は鈴木さんの行為を咎める所か、褒めていた。そして、最後の質問に鈴木さんは、


「だって、あのまま怒りに任せて相手を直接蹴ったら、あの人の骨を折っちゃいそうで……」


 はにかみながら、恐ろしい言葉を吐く鈴木さんに、「おぉ、そうかそうか。我慢したんだね、みーちゃん。偉いよぉ!」とのたまう皆さん。
 鈴木さんに対するイメージが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。
 ぽかーんと口を開けながら鈴木さんを見ていたら、不意に鈴木さんと目が合った。
「斉藤君、斉藤君も一緒に勉強しない?」
 ニコッと笑うその顔は、僕が見慣れている、いつもと同じ笑顔なんだけど……。
「…………は、はい」
 人は見た目で判断してはならない『危険人物』として、僕の心の中のブラックリストに、『鈴木美鈴』と言う文字がでかでかと刻まれた。


 この日から3年になって卒業するまで、僕らのクラスでは、『リンリン』と言う言葉は1度も口にされる事は無かった。

inserted by FC2 system