高校編・女子空手部員の皆様 3

 
 化粧をしている女の子にとって、アイメイクというものは、そんなに重要なものなのだろうか?
 まぁ、全ての人がそうではないと思うけど……。
 僕の隣に座る人――清原さんを見ていると、そう思ってしまう。
 清原さんも、空手部の部員である。

 フルネームは、清原さとみ。

 僕は、隣に座っている清原さんをチラリと見る。
 机の上にはいろいろな化粧道具が置いてあり、化粧ポーチの上に折たたみの小さな鏡を乗せて、真剣な顔をしながら――。


 目をパンダにしていた。


 なぜ、と思う。
 なぜ、あんなに目の周りをまっ黒にしてしまうのだろうか?
 清原さんは、瞼全体にゴールド系のアイシャドーと、茶色のアイシャドーをつけ終わると、まず、鉛筆みたいなもので目の周りを黒くしていく。そして、ある程度塗り終わると、小さなビンに入った墨汁のようなもの(液体のアイライナーと教えてもらった)を重ねて塗っていた。

 うぅーわぁ〜。

 清原さんのメイクを引きながら見ていると、次に清原さんはマスカラを手に取っていた。
 ブラシにタップリ黒い液をつけると、それを何度も何度も睫毛に塗って……塗り終わった後には、清原さんの睫毛は瞬きするとバッサバッサと音がしそうなくらい、太くて長いものになっていた。
 次に、頬にピンク系のチークを付け、仕上げにグロスをタップリつけて唇をテカテカにすると、折りたたみの鏡を手に持って、いろんな角度から自分の顔をチェックする。

「いよっし!」

 鏡を見ながら1人頷く清原さん。
 目の周りだけで15分以上も時間をかけたメイクが、やっと終了したらしい。

 お疲れ様でした。

 心の中でそう思っていたら、清原さんが僕の方に体を向けた。
「ねぇー、斉藤」
「……なんでしょうか、清原さん」
「あんた、何ビクついてんのよ?」
「い、いえ」
「ふぅーん? まぁいいか。ねね、それよりさ、斉藤」
「……はい」
「今日の私、どーお?」
「………………はい?」

 僕は固まった。

 どーお? って……どういう意味??
 見た目は細いが、蹴れば破壊力抜群のスラリとした足を組み、さーどうなの言ってみんさい? という様な目で見詰められる。
 ダラダラと冷や汗が流れてくる。
 ここで変な事を言おうものなら、この後の部活動に支障を来たす。
 僕は清原さんの方に体を向けて、頭から足の先まで眺めた。そして、最後に顔を見る。


 清原さんは、少し長い髪をほぼ金に近い茶色に染めていて、それを毎日アイロンで巻いて、『名古屋巻き』といった髪型をしている。
 服装(我が校はブレザー)は――ブラウスの首元を緩めたところに黒いネクタイをしており、ネクタイと同色の黒い色のミニスカートとソックス。

 どこからどう見れも、今時のギャルだった。

 しかし、ここまでバッチリメイクをしていると、とても同じ高校生だとは思えない。
 大人の女性が女子高生の制服を着ているように見える……。
 そんな清原さんを見ながら、僕は口を開いた。


「えぇーっと……凄い、ですね?」


 女性を褒めた事が無い僕は、そんな事しか言えなかった。しかも、語尾上がり。
 そんな僕に、清原さんは「やっぱりぃ〜?」とご満悦に言うと、手鏡でもう1度自分の顔を見ていた。
 どうやら彼女の機嫌を損なわなくてすんだと、ホッとしていると――。

「うわっ!? あんた今日も凄いメイクしてるわね」

 空手着を持った主将が、清原さんの顔を見て驚いていた。
「あっ、透!」
 清原さんは主将を見ると、「どう? 新色のアイシャドー使ってみたの♪」と言って、僕と同じように、どーお? と聞いていた。
 清原さんにそう言われた主将は、「ん?」と首を傾げながら一言――。


「ケバイんでない?」


 ズバッとそう言った。
 僕が思っていても言えなかった事を、あっさりと言った主将。
「つーかさ、これから練習試合があるんだから、そんなにバッチリメイクしなくたっていいじゃん」
「分かってないわね、透」
「分かってない? 何が?」
 首を傾げる主将に、清原さんはふぅーっと溜息を吐く。
「私がメイクをするのはね……集中力を高める為。そして――」
 声高らかにこう言った。


「メイクした私はより一層綺麗になり、そして強くなれるからよ!」


 なんか……よく分からなかった。
 案の定、主将もそう思ったらしく、「なんじゃそりゃ」と言っていた。
「まぁ、試合に勝てば文句は言わないけどさ」
「だから言ってるでしょう? メイクをした私は強いのよ。誰にも負けないわよ!」
「ふぅーん。じゃあさ、すっぴんで試合したらどうなんの?」
「…………5秒で負けるわ」
「マジで!? んじゃ、そのままでいいよ」
 いいのか? ってか信じるのか!? と突っ込みたかった。

 その後、他校と行なった練習試合で、清原さんは3戦全勝の記録を出したのである。


 因みに――。
 その次の週に行なわれた練習試合の日に寝坊した清原さんは、メイクをする時間が無かったのか、すっぴんで試合に臨んだ。
 結果は……。

 3戦全敗だった。

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