高校編・女子空手部員の皆様 4

 
「なぁ〜、斉藤」
「何?」
「お前ってさ、空手部の女マネだろ? だったらさぁ〜……奥寺さんの事、知ってるよな?」
 授業が終わり、教科書を机の中に仕舞っている所に後ろから声を掛けられ、振り向けばそんな事を言われた。
 僕に「奥寺さんって、彼氏とかいんのかな?」とか言いながら、奥寺さんが座っている方をチラチラと見る友達。
 つられて僕も奥寺さんを見ると、彼女は本を読んでいた。


 奥寺朱音(おくでらあやね)。


 それが彼女の名前である。
 黒くて長い髪を持っている奥寺さんは、「まるで日本人形のよう」と言われていて、学年1の美人でもある。
 そんな奥寺さんに好意を抱く人間は、そりゃ多い。
 現に、この友達もその1人である。

 しかし、だ。

「うぅーん。彼氏はいないって言っていたけど……僕としては、奥寺さんはお勧めしないな」
「えぇー!? なんでぇ」
「……それは」
 どう言えばいいのかと悩んでいると、
「斉藤! 今日の部活予算会議の事で相談があるから、ちょっとこっちに来てくれない?」
 瑞輝主将に呼ばれ、僕はこれ幸いと「はーい、今行きます」と言ってから、「ごめん、呼んでるから行くわ」と両手を合わせて謝って、ブーブー文句を言う友達から離れる事に成功した。
 ふぅっと息を吐きながら瑞輝主将の所に行くと、主将はプリントを見ながら、どうしたの? と聞いてきた。
「えぇーっと、その、友達に奥寺さんの事を聞かれてて」
「ん? 朱音がどうしたって?」
「そのぉ〜。友達に、奥寺さんに彼氏がいるかと聞かれて……」
「え゛ぇっ、朱音にぃ!?」
 顔を上げて驚き声を発する主将に、僕は慌てて「しぃーっ! 主将、声が大きいですよ!」と言うが、時既に遅し。


「私がなぁ〜に?」


 奥寺さんが主将に名前を呼ばれたと思って、読みかけの本を持ったまま、僕達の元に近寄って来た。
 さすが、学年1の美人と評判の奥寺さん。
 彼女が近くに来ただけで、僕の心臓は早鐘を打つ。
 しかし、彼女の持っている本の表紙が目に入った瞬間、その鼓動も徐々に遅くなってゆく。
 何故なら……。


 奥寺さんが読んでいる本は、BL本だからだ!!


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
 そう言われている奥寺さんの正体は、


『腐女子』


 で、あった。
 勿体無い。と思うのは、僕だけだろうか……?
 それに、『BL』と書いて『ボーイズラブ』と読むと知ったのも、奥寺さんと知り合ってからだ。
 僕の心臓の鼓動が普通のリズムに戻って来た頃、主将が顔を引き攣らせながら「朱音、その本を読むなら家で読め」と注意していた。
「別にいいでしょ? 誰にも迷惑掛けてなんかいないんだから」
 胸を張ってそう言う奥寺さん。

 そう、彼女はBL本を学校の中で堂々と読んでいるのだ。

 ある意味凄いと思う。
「いや、確かにそうなんだけどさぁ〜」
 頭を掻きながらブツブツ言う主将に、奥寺さんが「それじゃあ……」と口を開く。
「私が学校でこの本を読まない代わりに、透を男の子にして斉藤君と絡ませる内容の本を、今度の同人誌に出しちゃ――」
「ぎゃぁーっ!? そ、それだけは止めて下さい! 朱音、朱音さん、朱音様ぁ〜」
「あら、いいのよ? 私は。――意表をついて、透(男)がへタレの斉藤君に襲われ……」
「朱音様! 金輪際、私は貴女様の趣味趣向について口を出す事はしませんので、それだけはやめて下さい!!」
「ふご?」(そう?)
 奥寺さんの口を手で覆った主将。素早い身のこなしであった。
 口から手を離してもらった奥寺さんは、「そう言えば、私を呼んでなかった?」と聞いてきた。
 僕が先程友達から聞かれた事を奥寺さんに言うと、


「私、生身の男には興味ないから」


 と言われてしまった。
「………………」
「………………」
「用がそれだけなら、戻るね」
 スタスタと自分の席に戻る後姿を主将と2人で見詰めながら、
「朱音って…………いろんな意味で勿体無いよね」
 ポツリと呟く主将の言葉に、僕も力なく頷いた。

 つづく

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