高校編・女子空手部員の皆様 5

 
「さぁ〜ってと、今日の練習メニューは……ん? あれは……瑞輝副主将?」
 部活に行こうと体育館の渡り廊下を歩いていた時、ふと、何気なく窓の外を見たら――数人の男子生徒達に周りを囲まれた、瑞輝副主将が目に入って来た。
 副主将は後ろを向いていて表情は見えないが、周りにいる男子生徒達は、なにやら怒った様子で副主将に詰め寄っていた。
 その光景を見た瞬間、僕は以前先輩達にカツアゲされていた時の事を思い出した。
 あの時の恐怖と、悔しさと、惨めさは、今でも鮮明に思い出せる。
 僕は持っていた携帯を取り出し、『ある人』に電話を掛けたて助けを求めた。



「てめぇ、人の話マジメに聞いてんのかよ」
「マジこいつムカつく」
「ちょっと顔が可愛いからって、調子にのってんじゃねーの?」
 ソロソロと、瑞輝副主将を取り囲む男子生徒達の輪に近付いて行くと、そんな言葉が聴こえてきた。
 よくよく見れば、あの時の先輩達(僕をカツアゲしていた先輩達)が、不機嫌そうな顔をした副主将を倉庫の壁側に追い込むようにして取り囲んでいる。


 何となくだが……何となく、この展開が読めてきた。


 勝負に負けた先輩達は、あの後、柔道部に強制的に入部させられ、頭を丸めていた。
 しかも、全校生徒に『1年の女子に喧嘩で負けた奴ら』と記憶され、随分惨めな気持ちを味わっているとのこと。
 その原因を作ったのが、瑞輝副主将だと分かった彼らは――騒動が一段落した時期を見計らって、お礼参りに来たらしい。
「お前が、ハナ先に余計な事を吹き込んだんだってな」
「はぁ? 何のこと?」
「あ゛ぁ? バックレんなよ!」
「おめぇーがハナ先に、俺達が喧嘩に負けたら『何でも言う事を聞く権利』があるって言いやがったんだろ!!」
「そのせいで、俺達が入りたくもない柔道部に強制的に入れられたんだぞっ!」
「あぁ、そんな事もあった……かな?」
 その後、だから何? と首を傾げる副主将。


 案の定、周りを取り囲む先輩達が殺気立った。


「おい、ガキ。……てめぇ、今の自分の状況が分かってないようだな」
 1人の先輩が、一歩前に進み出る。
 頭を丸めていて一瞬分からなかったが、瑞輝主将をニューハーフだと言った、あの、リーダーであった。
 リーダーは「ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗ってんじゃねぇーぞ!」と言いながら、副主将に手を伸ばす。


 副主将が危ない!


 女の子が数人もの男子生徒達に囲まれているのに、こんな所でただ見守るようにしている事なんて出来なかった。
 非力ながらも助けようと、「副主将!」と声を掛けながら一歩前に足をだした瞬間――。

「ぐほっ!?」

 リーダーがお腹を両手で抑えながら、膝から地面に崩れ落ちた。
「………………」
 何が起きたのか、一瞬理解に苦しむ。
 うぅーん、うぅーん、と苦しみ悶えるリーダーと、リーダーを冷やかな目で見下ろす副主将。
「汚い手で私に触らないでよ」
 それから視線を上に上げ、崩れ落ちたリーダーを青い顔をして見詰める先輩達に目を向ける。
「私、透ちゃんとは違って、優しくないわよ?」
 そう言うと、副主将は蹲るリーダーをワザと踏みつけて、周りの先輩達に近寄って行った。
 一歩一歩近付く事に、先輩達が肩をビクつかせている。
 そして、


「この私に喧嘩を仕掛けて来たこと――後悔させてあげる」


 とまぁ、何とも物騒なセリフを吐きながら、副主将は先輩達を完膚無きにまで叩きのめしていた。
「………………」
 僕の眼の前で広がる光景に、一歩も動くことが出来なかった。
 自分より頭2つ分大きい男を、苦も無く蹴り倒し、殴り付け、背負い投げる副主将。
「うーわぁー……」
 僕の口から、自然にそんな音が出てきた。


 瑞輝副主将は、その小さくて可愛らしい見た目に反して、超攻撃的な性格をしている。


 まず、口よりも手足が先に出る。
 そして、ちょっと力を入れれば折れそうなくらい細い手足をしているのに、自分よりもでかい男(練習相手の男子空手部員)を、軽〜く吹っ飛ばす事が出来る御仁なのである。
 そんな可愛い見た目に騙された先輩達は、あの時一緒にいた瑞輝副主将だけを狙って取り囲んだのだろう。
 ところがドッコイ。
 副主将は、我が女子空手部の中ではかなり強い。
 僕が知る、あの西条さんよりも格段に上なのだ。
 だから『副主将』になった。
 空手部の皆は仲はいいが、自分より弱い人間を上に置くことはしない。
「――あ、危ない!」
 でも、1人で数人を相手にするには、どんなに強い副主将でも分が悪いわけで……。
 後ろから副主将を狙う人物に気付き、副主将に危険を知らせようとした時、
「い゛ってぇー!?」
 副主将を捕らえようとしていた先輩の腕を掴み、それを捻り上げた人物が現れた。
 そう、それは――。

「あっ、透ちゃん♪」

 副主将の嬉しそうな声が、外庭に響く。
 そう、副主将を助けたヒーローは、我が女子空手部の主将――瑞輝透さんである。
 そして、僕が携帯で助けを呼んだ人物でもある。
「はぁ、急いで来てみたんだけど……やっぱりこうなったか」
「だぁ〜ってぇ〜」
「あっ、こら零! 顔は狙うな」
 ぐーパンで先輩の顔を殴った副主将に、怒る主将。
 やっぱり、暴力はだめだよね、と思っていると――。


「狙うなら、服に隠れて見えないIライン(顔と腕を抜かした部分)を狙え!」


 ガクッとズッコケそうになった。
 主将と副主将は、それから2〜3分で先輩達全員を地面に沈めたのであった。



 ――翌日。

「失礼しま――」
 授業が終わり、ジャージに着替えてから皆がいる部室のドアを開けて――固まった。
 昨日副主将に返り討ちにあった先輩達が、何故か、床に正座をしながら皆の前で一例に座っていたいたからだ。
「……一体これは」
「あ、斉藤、遅かったね?」
 ドアを開けた状態で固まる僕に、近くにいた瑞輝副主将が笑いかける。
「み、瑞輝副主将……これは一体……」
「あぁ、これ?」
 副主将は、口元に手を当ててクフフと笑う。
「実はさぁ、ハナ先に昨日あったことを全部話したんだ。そしたら、「俺では、奴らの捻じ曲がった根性を治すことが出来なかったか……」とか言うから、「じゃあ、我が空手部でその捻じ曲がった根性を叩き直してみせます」って言って、先輩達を貰ってきたの」
   そして、


 これで、心置き無くぶっ飛ばせるわ〜。


 と、にこやかに笑う副主将。
 それは、まさに天使の顔した悪魔な顔であった。


 この日から、僕と新しく入った先輩達(全員マネージャーとして入った)の中で、『瑞輝副主将には逆らうべからず』という言葉が生まれたのであった。


 つづく

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