高校編・女子空手部員の皆様 6

 
 女子空手部の頂点に立つ人――それは、主将でもある瑞輝透さん。(同い年だけどさん付け)
 血気盛んで喧嘩っ早い(しかも、皆が皆、異常に強い)人達を束ねる、凄腕の人だ。
 西条さんや副主将2人等、素人の僕が見ていても強いと分かる人達だけど……主将は、そんな彼女達より更に強かった。
 そう、強さのレベルが違うのだ。
 そして、


 一度(ひとたび)試合の合図が鳴れば、相手がどんな人間であろうと、容赦はしない恐ろし……ゴホゴホ……真剣に取り組むマジメな方です。


 そんな最強な主将であるが、彼女にも『弱点』と言うものがあった。
 それは……。



「さーいーとーうー君っ!」

 お昼ご飯を食べ終え、昼休みの残りの暇な時間に、読みかけの小説でも読もうかと鞄の中を漁っていた時――肩を叩かれて後ろを振り向けば、満面の笑みをした主将がいた。
 なんだろう? と首を傾げながら主将を見詰めると、主将の両手には何冊かの教科書とノートが握られている。
 視線を手元から主将の顔に向けると、テヘヘ♪ と言いながら、「今日もいいでしょうか?」と低姿勢で聞いてくる。
 僕は鞄から手を離すと、笑顔で「いいですよ」と答えながら、机の中から筆箱を取り出した。

 ここ最近日常となって来た、主将との『勉強会』。

 机の上に広がるのは、英語と数学Tと数学Uの教科書。
 まずは、近くにあった数学の教科書を手に取って開いてみる。
「で? 何が分からないんですか?」
「えぇ〜っと、何が分からないというか……全て?」
「………………」
「あははは〜」
 教科書を開いたまま固まる僕に、笑って誤魔化そうとする主将。
 そう!
 主将の『弱点』、それは――。


 勉強。


 である。
 とは言っても、苦手な物が『英語』と『数学』だけで、その他の教科は悪いわけではない。
 国語や社会など、自分が好きな教科のテストの点数は、ほぼ90点以上を取っているらしい。
 しかし、英語と数学は全然駄目。
 僕らの高校では、テストで35点以下を取ると赤点となるのだが……主将は37点や39点など、いつも赤点ギリギリの点数を取っている。
(小テストではいつも赤点で、補修常習者である)
 それ程、英語と数学が苦手らしい。
 本人曰く、


「つーか、大人になってから『サイン』『コサイン』『タンジェント』とか、『√』とか……小難しい計算なんて使わないじゃん! 今までうちの母さんがそんな計算方法を使ってんの見たこと無いし。それに、英語だってそう! 日本にいたら、日本語だけ話せれば全然問題なし! ――え? 海外に行ったら英語を話すかもしれない? ふっ……そんな時は、日本語を話せる添乗員がいるツアーで行くとか、英語を話せる人と一緒に旅行すればいいのよ!」


 と、そんな事を言っていた。
 まぁ、言いたいことは分かるが……。
「でも、主将。僕達は『大人』じゃなくて『学生』なので、覚えないとダメなんですよ」
 そして僕は必殺の言葉を述べる。


「今度のテストで赤点取ったら……主将、次の大会出して貰えないんでしょ?」


 そう、赤点常習者の主将は、僕達の担任兼英語の教師兼空手部の顧問でもあるゴリ先に、「次赤点だったら、出させねぇーかんな!」と言われていた。
 出させねぇー宣言をされた時の主将は、ちょっと見ものだった。
 ガーンッ! と音がしそうなほど、肩を落として落ち込んでいたっけ。
 主将は、見た目真面目そうなのだが、意外と面倒臭がりなところがあるし、興味が無いものに関しては適当でもある。
 この前なんか、ゴリ先に「お前、頭良さそうに見えるのに、何でそんなに出来ないんだ?」と言われていた。
 見た目関係ないし! と怒っていたが、その言葉に「あれは意外と傷ついた」と、後に語った主将である。
「うぅぅ……そうなんだよねぇ。次赤点取ったらマジで出してくれないらしいんだよ」
 ゴリ先の鬼っ! と叫ぶ主将に、僕が「それじゃあ、頑張って勉強しましょうね」と言いながら教科書を開けば、「……はい」と殊勝に頭を下げる。

 こうして、僕と瑞輝主将との『勉強会』は、高校最後のテストの前日まで続けられる事となった。

 最弱の僕が、最強の主将に唯一頭を下げられる日が『勉強会』なのである。
 その日になると、ちょっとした優越感に浸れる僕であった。



 余談だが、瑞輝主将は赤点を取らずに大会に出ることが出来た。
 そのテストの結果は……。

 数学Tが43点。
 数学Uが47点。
 そして、英語が36点。(めっちゃギリギリ!)

 あんなに勉強をして、この点数……。
 主将にとって数学と英語(特に英語)は、唯一の『弱点』なのだと、この時知った。


 つづく

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