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満月の夜に

 
「なぁ、アイツ……もうそろそろ“来る頃”じゃないか?」


 深淵の森の中――。
 綺麗な満月を肴に酒を飲んでいたら、隣に座っていたディオがそんな事を言った。
 ボケーッとした締りのない顔で満月を眺めているディオに、私は視線だけ向けた。
「そうだね……詳しい年代は聞いていないから分からないけど、多分、もう“来る頃”じゃないかな」
 どうやら、ディオも私と同じ事を思っていたらしい。
 私は、グラスに残っていた酒を一口で飲んだ。


 それは、今日と同じく、綺麗な満月が夜空に浮かんでいる日だった――。


 私とディオ、それに、もう1人の友人と共に、古(いにしえ)の魔法が載せられていた本を読んでいた時。
「くそっ」
 もう1人の友人が、眉間に皺を寄せながら読んでいた魔法書をパタリと閉じて、不機嫌そうな声を出した。
「どうした?」
「僕が探している魔法が全然載っていない」
「そりゃそうでしょう? 時空を操る魔法なんて、その殆どが禁書とされているんだから」
「それでも! 僕はそれを探し出して、今直ぐにでも兄上に会いたいんだ!」
 クワッと目を見開き、唾を吐き出す勢いで熱弁する彼に、僕とディオは、はぁ〜っと溜息をつく。
「うぅ〜ん、お前の『兄上至上主義』はいつも思うが……凄いな」
「右に同じく」
 私は読んでいた魔法書を一旦閉じると、休憩を取ろうと声を掛けた。
 外を見れば、明るかった空が、星が煌く夜空に変わっているではないか。
 あぁ〜、疲れたよ。と肩を揉んでいた時――。


 夜空に浮かぶ、綺麗な満月が目に入る。


 薄暗い部屋の中にいる私達に、キラキラとした光を注ぐ月を見ていると、こんなカビ臭くて狭い部屋の中にいるのが嫌になってきた。
 私はポケットの中に手を入れて、綺麗に折り畳んでいた紙を取り出す。
 その紙を広げると、簡易式の転移魔法陣が書かれていた。
「お? ヴィンス、お前どっかに行くのか?」
 机の上に紙を広げると、ディオが近寄って来た。
「そうだよ。ちょっと気分転換でもしようかと思って」
「んじゃ、俺も行く」
「いいですよ。――貴方はどうしますか?」
 難しい顔をして、本棚と睨めっこしている友人にも声を掛けると、彼は数瞬黙り込んでいたが、それからボソッと行くと言った。
「それじゃあ、私の肩に手を置いて下さい」
 友人達が私の肩に手を置くのを確認してから、簡易式の魔方陣の上に手を置き魔力を注ぐと――。
 視界は一瞬にして変わり、私達はダールと言う深遠の森の中に立っていた。


 ここは、私達3人がたまに来る憩いの場である。


「あぁ、ここか」
 ディオが私の肩から手を離し、辺りをキョロキョロしつつそんな事を言った。
 私は足元にある石――それに、紙と同じ型の転移魔法陣が書かれている――を跨ぐと、直ぐ側にある湖に歩いて行く。
 喉が乾いていたので、水を飲もうとしたのだ。
 魔法で光球を作り出し、光が照らす道を歩いていれば、直ぐに辿り着く。
 腕捲りをし、しゃがみ込んで水に手を入れた瞬間――。

 ドッポーン!!

 直ぐ目の前で、水飛沫(みずしぶき)が上がった。
 何事!? と顔を上げれば――小さな子供が湖の中に沈んでいくではないか。
 慌てて湖の中に入り子供を水の中から助け出すと、その子供は「ぶへはぁっ!」と奇妙な声を発したと思ったら、私の胸元の服をガシッと掴んだ。
 咳き込む子供の顔を覗き込めば、涙とちょっぴり鼻水を垂らした顔が目に入る。
 そんな顔を見ながら、私の服にその顔を拭うなよ、と思っていたら――ふと、その子供が纏う“馴染みの”魔力に首を傾げる。
 ずぶ濡れの子供がどこから来たのか、とかそんな事はどうでもよかった。
 その子供は、兄の魔力が込められた指輪を嵌めていた。
 その事もかなり驚きだが、それよりも、もっと気になる事がある。


 何故、私の魔力が詰め込まれている腕輪をしている?


 作った記憶が無い腕輪から発せられる、自分の魔力に首を傾げる。
 どうなっているんだ?
 そぅっと、子供に気付かれない様に腕輪を触って確認してみても、それからは自分の魔力しか感じられない。
 ムムム、と眉間に皺を寄せていると――子供が不意に顔を上げた。
 濡れた、黒の瞳と視線が絡み合う。
 なんて綺麗な瞳なんだ――と思った時。


「……腹黒陰険毒舌レインと、似てる」


 ボソリと、子供はそう言ったのだ。



「……ぷっ!」
「何を笑ってるんだ?」
 思い出し笑いをしていたら、ディオが訝しながら聞いてくる。
 私は何でもないと手を振り、凭れていた木から腰を上げて立ち上がる。
 そして、そのまま湖を目指して歩き出した。
 あの兄を呼び捨てで呼ぶどころか、腹黒陰険毒舌とまで言った人に笑いが込み上げる。


 あぁ、早く逢いたいな。


 湖のほとりに立ち、そんな事を思っていたら――ザッボーンッ! と目の前で豪快に水飛沫が上がった。
 クッと口の端が上がる。
 私は歓喜する気持ちを抑えながら、溺れる彼女を助けるべく、湖の中へと入って行った。
 







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