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とあるメイドの日記 4

 
 私が今ハマっている、『美しき王様と平凡な彼女』という小説を執筆されているエルデリア様が、近くの講堂で『エルデリア様の作品愛好者の会』と言う、会員限定の握手会に出席されると聞いたので、 仕事中にこっそりと屋敷から抜け出して 会員番号5番の私は、その講堂に行って参りました!
 お会いしたエルデリア様は大変お美しい方で、同性なのに見惚れてしまいました。
 そして、そんなエルデリア様に緊張しながら震える手でそっと握手をした時……「あぁ、この手からアノ作品が生まれるのね」と感動したものです。
 今日はワタクシ、勿体無くて手を洗えません。


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 エルデリア様と握手を終え、直筆サイン入りの本を買った私が、 こそこそと隠れながら 屋敷に帰って来た時、大広間の扉の前でメイド仲間が数人集まり、部屋の中を覗いていました。
 私は不思議に思い、仲間の1人にどうしたのかと聞いてみることに。
 すると、普段お淑やかで有名なエリザが興奮した様子で中を覗いてみるように勧めてくるので、どれどれ? と少しだけ開いている扉の隙間から中を見て見れば。


 大広間に置いている大きなソファーの上で、気持ち良さそうな顔で寝ている我らが主、リュシーナ様とそのお客様のトール様が寝ていたのです!


 私はそれはもう驚きましたわ。
 あのリュシーナ様のお体の上に、小さなトール様が丸くなって寝ていたのですから。
 リュシーナ様はトール様が落ちないように、トール様を包み込むように両腕を回していて、トール様はリュシーナ様の胸元の服をギュッと握り締める形でスヤスヤと寝ておられました。
 しかし……。


 なんなんでしょう、あの可愛い 生き物 子供はっ!


 何かいい夢を見ているのか、にゃははは。と寝ながら笑うトール様に、 覗き魔と化していた 私達は目元を緩めた。
 やっぱり、小さい子がいるって屋敷内が温かくなるわ〜。と、皆が思ったとか思わなかったとか……。
 それよりも、 いつも冷たい感じがする 常にキリッとした表情でお過ごしになられるリュシーナ様のお顔が、今は緩み、無防備な表情になっているのには驚きましたわ。
 私がこのお屋敷にメイドとして勤めてから、初めて見る表情です。
 やっぱり、綺麗な人はどんな顔をしても綺麗ね〜と思っていたら、後ろから「そこで何をしているの?」と、背筋が凍るような声が掛けられ、ビクつきながら後ろを振り向けば、そこにはデュレインメイド長がいました。
 私達は素早く姿勢を直し、 心のなかでチッと舌打ちをしつつ 扉から離れました。
 メイド長はこちらに近寄ってくると、私達が見ていた扉の隙間に手を挿し込み、扉を大きく開け放ちました。

 あぁ〜そんなに大きな音を立たせたら、リュシーナ様が起きてしまう。
 と、思ったのですが、意外や意外にリュシーナ様はぐっすりとおねむ中。
 固唾を呑みながら、コツコツと靴の音を響かせ大広間の中に入っていくメイド長を眺めていると───。
 バサリ、とトール様のお体の上に肌掛け(どこから取り出してきたのかしら?)を掛けて上げていたのです。
 そして、メイド長は向かい側のソファーに座ると、編みかけのレース(これもどこから取り出したのでしょう?)をかぎ針で黙々と編んでいました。
 私達は、温かみが溢れる大広間の中を眺めながら、ふと、目に付く違和感に首を傾げたのです。


 何かがおかしい……でも何が?


 はて? と首を傾げていたのですが、ソファーの上で寝ているリュシーナ様とトール様を見てハタと気付きました。
 ソファーの上で寝ておられるリュシーナ様達の為に、大きめな肌掛けを用意してあげるのが普通だと思うのですが、メイド長はトール様だけに小さな肌掛けを掛けていたのです!


 オルグレン家当主様に対して、こうもずさんな態度を取れるのは、メイド長しかいないのではないかと思われます。
 

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