本当に可愛い寝顔だった。
ルルの魔法薬を飲んで小さくなったトオルさん。
エドが、「急いで帰らないといけないけど、トールは俺達と歩幅が違うから」と言って、トオルさんを抱いて歩いていた。
今ではあの綺麗な黒い瞳を閉じて、健やかな寝息を立てて寝ている。
半日以上を馬で移動して、疲れていたのだろう。エドの首にしっかり腕を回してグッスリ眠っている。
私はその寝顔を見て、次に、前を見ながらトオルさんをしっかり抱いているエドを見る。
それを交互に繰り返してから、思い切って口を開いた。
「エド、代わって?」
エドは一瞬何を言われたのか分からなかったのか、ピタッと足を止めた。
「代わるって……何を……」
また歩き出す。
幸い、前を歩いているルルとレイさんは、私達のやり取りに気づいていなかった。
「だから、トオルさんの……抱っこ」
「………………」
トオルさんの寝顔をジーッと見詰めながらそう言ったら、エドはすんごい嫌そうな顔をして私を見て来た。
「……別に、いいけど」
お前、絶対そう思ってないだろう。
そう言いそうになったが、グッと堪えた。
「トール、ちょっとごめんね」
エドがトオルさんの腕を自分の首から外すと、「はい」っと言って私に渡してきた。
自分の腕の中に、子供特有の温かい温もりが広がる。
「トオルさん」
ギュッと抱きしめ、彼女の名を呼びながら頭を撫でていたら――。
「うにゅぅ〜」
眉間に皺を寄せ、すりすりと私の胸元に顔を擦り付けて来た。
うっわ。めっちゃ可愛い。
顔の筋肉が緩んでいるのが、自分でも分かる。
他人が見ていたら、絶対『愛娘を溺愛する父親の図』に見えていたかもしれない。
そんな私の胸元で、何かもごもご言っていたトオルさんが薄っすらと目を開けた。
「トオルさん、起きたんですか?」
私が声を掛けたら、トオルさんは私の髪の毛を何故か掴んだり撫でたりしていた。そして、髪を掴んだまま、私の顔をジーッと何も言わずに見詰める。
「……えーっと」
「………………」
「……あのぉ」
「………………」
「……トオルさ――」
何が言いたいのかと不思議に思って彼女の名を呼ぼおとしたら――。
「王子ってさぁ〜、男のくせに肌がすっごく綺麗だよね。それに髪もツヤツヤで……なんかムカつく」
――へ?
今、何を言われたのか脳が理解できなかった。
む、ムカつく!?
髪の毛を掴まれたまま固まっていたら、噴き出すような音が聞こえた。
チラリと横を見ると、隣を歩いていたエドが顔を背け、肩を震わせながら笑っているのが目に入った。
「……エド、笑い過ぎ」
「ぶっはははははっ!!」
ツボに入ったのか、腹を押さえながら笑いだしたエド。
私は溜息を吐きつつエドから視線を外すと、自分の懐にいるトオルさんに目を向ける。
「くぅ〜……」
髪を掴んだまま寝ていた。
どうやら、寝ぼけていたらしい。
「あーっ! ハーシェルがトールを抱っこしてる!!」
今まで前を歩いていたルルが、口を尖らせながら人の前まで来て「わたしも抱っこする〜!」と騒ぐ。
煩いので、仕方なくトオルさんをルルにそっと渡し、髪を掴んでいる手を外す。
腕から消えた温もりに、少し寂しさを感じた。
そう思っていたら、漸く笑いが収まってきたらしいエドが口を開いた。
「あー腹いてぇ。久々にこんなに笑ったかも」
「だから、笑い過ぎ」
「クスクス。……でもさぁ、ハーシェルに向かって『王子』なんて言う奴は、トールぐらいだよな」
「……そうですね」
エドの言葉に、ハーシェルは苦笑した。
どんな意味合いであっても、自分に向かって『王子』なんて言う人間はこの国にはいない。
それは、自分の出自にも関係あるものであったから。
それに、『王子』と言う言葉を聞くだけでも、自分の心が闇に引きずり込まれる様な感覚に陥る。
グッと拳を握り締めた時――。
「あっ! お前ら、そんなに騒いでたらトールが起きるだろうが!!」
騒ぎながら前を歩いているルル達に、エドが怒った。
「お前らもう駄目」
そう言うと、エドはルルからトオルさんを奪い取る。
「ひど〜い!! エドのバカ!」
「うっさい」
そのまま歩き出すエドに、私も歩き出す。
前方で騒ぐ3人を見ながら、私は手首にある誓約印を見詰めた。
「“あの時”も、“あの人”はそう言っていたな 」
『ハーシェルって、見た感じからして王子なんだよ。だって、金髪碧眼=王子じゃん』
昔、自分が唯一、この人と共に生きて行きたいと願った人が、そう言った言葉を思い出す。
だけど――。
「金髪碧眼だと、何で王子になるのか……未だに意味が分からない」
答えを知りたいが、“あの人”がいつ私達の元に戻ってくるのか……分からない。
でも、
――そう長くない日に“あの人”は現れる。
そして、ずっと分からなかった答えも分かる。
私は、その日が早く来ることを祈り、手首にある誓約印にキスをした。
「早く、戻って来てくださいね……」
そう呟いてから、エドの腕の中で眠っているトオルさんの元に駆け寄った。
おわり