SS

約束

 
「全く……油断出来ない奴だな」
 睡眠薬を飲んで、突っ伏す様にして眠るトオルを見ながら溜息が出た。
 一口だけでも酒が飲みたいと、甘える様な仕草で首にしがみ付かれ……絆された自分が甘かった。
 まさか、椅子に下ろした途端、結界を張るなんて思いもしなかった。
 正体無く眠りこけるトオルの体を抱き上げる。
 すっぽりと腕の中に納まるその体は、酒を飲んだせいか、かなり温かかった。
「んぁ〜?」
 腕の中でトオルがもぞもぞと動いたと思ったら、顔を上げてトロンッとした瞳をこちらに向けて来た。

 薬が効いてない!?

 アレは即効性の強力な睡眠薬なんだぞ!? と驚いていたら、ジーッと人の顔を見ていたトオルが、ほにゃりと笑ってこう言った。
「ロズウェルド〜、今度は一緒に飲もーねぇ〜♪」
「………トオ」
「くかぁー」
 何か言う前に、直ぐに寝てしまった。
「……一緒に酒を飲もう、か」
 すやすやと気持ち良さそうに寝ている寝顔を見ながら、俺は昔の事を思い出していた――。



 生まれた時から体が弱かった俺は、医者からは「成人するまでは生きられない」と言われ続けてきた。
 自分と同じ年頃の子共達が外で遊んだりしている中、疲れると直ぐに熱が出てしまうひ弱な俺は、いつも自室のベッドの上で、静かに本を読んでいる事しか出来なかった。

 何の為に生まれて来たんだろう……。

 物心が付いた時から、いつもそう思っていた。
 高熱を出す度に母に泣かれ、父には不甲斐無い奴だと顔を背けられる。
 そして、家の者達は夜中まで付きっ切りで俺の看病をしていた。


 人に迷惑を掛けるだけの存在――。


 いつになったら死ねるんだろう。
 成長するにつれて、何時しかそう思う様になっていた。
 しかし、死ぬことしか考えていなかった自分に、ある日、王城で開かれる夜会に初めて出席する事が許された。
 体が弱いという理由で、王城で開かれる舞踏会等には一度も出席した事が無かったから、それを許可された事――父と共に出席出来るという事がとても嬉しかった。


 しかし、そんな浮かれた気持ちも、直ぐに無くなってしまう。


 馬車に揺られ続けたのと、王城の広間に集まっている人々の熱気に当てられたので熱を出してしまい、城に入って30分後には医療室のベッドの中に入っていた。
『大丈夫だと思って連れて来たが……やはりこうなったか』
 父の、とても失望したかのような言葉と溜息が、頭上から聞こえてくる。
 右腕で顔を覆い、父に今の自分の顔を見られないように隠した。

 なんで――。

 一言二言何か言われ、父は直ぐに自分の元を離れて行った。
 部屋から出て行く父の背を顔を覆う腕の隙間から眺めていたが、その姿がぼやけていた。
 目元に溢れ出した涙は、止め処なく流れ続ける。
 拭く気力も無かった。

 なんで、自分はいつもこうなんだろう――。

 腕を顔から離し、天井に向かって高く上げる。
 袖が捲られ、露わになった腕を見て溜息が出た。
 外に出る事もなく、部屋の中に籠もっている生活をしている為、体は細く、肌の色も白と言うよりも青白かった。
 手首だって、家に仕えているメイド達の手首より細い。


 他人に頼るだけ頼って……でも、人からは頼られる事の無い自分に――反吐が出る。


『……ホント……最悪』
 泣きながらそう呟いた時――。
 ズバーンッ! と勢い良く扉が開いた。
 その音に驚いて体を起こし、視線を音がした方へ向けると、

『だから言ったのに、元に戻れば悲惨な事になるって!』
『戻らなきゃ、君が本当の事を言っているのか分からないし』
『お陰でドレスが破けちゃったじゃない!』
『縫えば元に戻る』
『私は裁縫が1番苦手なのよ!!』

 男物の上着を肩から羽織った、右目に黒い眼帯をした女の子と、無表情で抑揚の無い話し方をする銀髪の少年が部屋に入って来た。
 何をしたらそうなるのか、肩に掛けた上着の隙間から見えたドレスは、胸元から腰周りにかけてビリビリに破けていたのであった。
 急に入って来た珍客に驚いていると、顔を赤くしてベッドで寝ていた俺に気付いた女の子は一瞬驚いた表情をしたが、部屋に自分達しか居ない事を確認すると、
『病人をほったらかしにするなんて!』
 と怒り出し、何故か俺は2人に手厚く(銀髪少年はどうみても嫌々ながら)看病される事になった。
 その時2人と過ごした時間は多分1時間も無かったと思うが、同じ年代の子と話す機会が中々無かった自分にとって、とても楽しかった事だけは確かだ。
 しかし、楽しくて調子に乗って話していたら、酷い咳き込みが出てきて中々収まらなくなった。
 そんな俺を見た女の子は、俺の背中を労わる様に優しく擦ってくれた。
『げほっ、げほっ……ご、めん』
『なんもだよ、気にしないで』
『僕、体が弱くて……医者から長く生きられないって言われているんだ』
『は?』
 女の子の気の抜けたような声が聞こえた。そりゃそうだろう。急に自分の命がそんなに長くはないと言われたら、戸惑うものだ。
 そう思っていたのだが、次の瞬間、女の子は俺の背中を強い力でバシバシと叩いた。笑いながら。
『なぁ〜に言ってんの、大丈夫×××! ロズウェルドは×××だけど、××××長生きするよ〜』
 熱と先程の咳き込みによって酸欠状態になり、それにプラスして背中を叩かれた衝撃で頭がボーっとしてきた。
 何か大事な事を言ってくれているような気がするが、大事な部分だけ聞き取れなかった。
『熱が出て××だな。××してやれば? そうする×××で××なると思う』
『ホント?』
 何を話しているのか分からないが、不意に女の子が剥き出しになっていた自分の細い手首を取った。そして、何か呟いて手首の裏側に口付けを落とす。
 手首に柔らかい感触がした瞬間――体の中に、今まで感じた事の無いような、温かい何かが流れてくるのが分かった。
 それは手首から腕にかけて広がり、瞬く間に体全体に広がって行った。
『……な、にを?』
 もう既に回らない意識なかそう問いかければ、額に少し冷たい掌が置かれた。
『心配しないで、……××は、×××って上げるから』
『×××、もう行かないと』
『あ、うん』
 2人が立ち上がる気配がした。もう行っちゃうの? 置いていかないで! と伸ばした手に女の子の手が重なる。
 顔を上げると、微笑む彼女の顔が目に入った。
 そして彼女はこう言ったのだ――。


『美人薄命ってよく聞くけれど……大丈夫! 君は病弱ながらも、強く逞しく生きてるから!!』


 その言葉は、何故かハッキリと聞き取ることが出来た。
 俺は1人になった医療室で、2人が出て行ってしまった扉をずーっと眺めていた。
 そして、少しハッキリとしてきた思考で先程言われた言葉を思い出していた。
 美人薄命――は、まぁいい。しかし、病弱ながらも強く逞しく生きてるなんて……。
 そんな励ましの言葉って……あるか?



 ぐーすか眠りこけるトオルを見詰めながら、俺は苦笑した。
「確かに俺は、病弱ながらも強く逞しく――ある意味強かに生きているな」
 俺の左腕の手首には、今は服に隠れて見えないが、本物ではない――仮の誓約印が刻まれている。
 これがあるお陰で今まで生きて来れたと言っても、過言ではない。
「お帰り、トオル。……俺も、トオルと酒が飲める日を楽しみにしてるよ」
 トオルを抱き直しながら、彼女の耳元でコソッとこう言った。
「お待たせ、いつでも良いわよ」
 声を掛けられたので横を見ると、ミシェルが片腕しかない腕で軽々とレイを抱き上げていた。
「……お前、よく片腕で持てるな」
「ん? この子軽いから、片腕でもどうって事無いわね」
「……そうか」
 ミシェルの、大の男以上ある体力を羨ましく思いつつ、「零。その日本酒とってぇ」とむにゃむにゃと言っているトオルを待っているであろう“あいつ等”の所へと行く為に、足元に転移魔法陣を展開する。

「トオルは今日から1ヶ月間、『禁酒』だから」

 急に現れた俺に驚く仲間達に、開口一番そう言った。
 眠るトオルには楽しみにしているとは言ったが、それは、今の話ではない。
 何故なら――。


『子供の躾』は初めが肝心だからな。
 







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