第1章 出会い 02

 
 ピピピピッ。ピピピピッ。ピピピ……カチッ。
「……7時……」
 もぞもぞと頭を動かして、まだ半分しか開いてない目を目覚まし時計に向けると、もう1度寝る態勢を取る。
 仕事休みの休日。寝れるなら、昼過ぎまで寝ていたいんである。
 体を丸め、さてもうひと眠。
 ウトウトッとしていると、バターンッ!! とけたたましい音と共に、ノックもせずに勢いよく入ってきた人物がいた。
「起ーきてっ、透ちゃん!! 朝だよぉ〜」
 うぐっ。キンキンした声が頭に響く。
「……まだ寝かせてよぉ……って、あぁ、今日はあの場所に行く日か」
 布団の中で微睡んでいた私は、ムクリと起き上がって「くあぁぁ〜っ」と大きな欠伸をした。
 高校を卒業してから早6年以上が過ぎ、私達も後少しで25歳になろうとしていた。



 陽子と別れたあの日の夜、私と弟は、零の家で零と零の兄の4人で卒業祝いをしていた。
 くだらない話をしたりして笑い合っていた時、零のお母さんが突然慌てた様にして部屋に入って来て、震える声でこう言ったのだ。


『陽子ちゃんが、事故に巻き込まれて……行方不明になったらしいの』


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 数時間前、卒業旅行の話を笑いながらしていたのに。また来週って、言っていたのに……。
 誰も反応を示せないでいると、おばさんは涙ぐみながら事情を説明してくれた。
 山の中、峠を上っていたバスに、1台の乗用車が突っ込んで来たらしい。バランスを崩したバスは、そのままガードレールを突き破り、20メートル下の崖に落ちたと。バスには乗客乗員合わせて20人以上乗っていて、怪我人は多数いたらしいが、幸い命に別状はなかった。しかし、乗客の安否を確認していた添乗員が、乗員の人数の確認をしていると、1人だけどこに行ったか分からない人がいたらしい。
 それが陽子だとおばさんは言った。
 バスは崖から落ちたために損傷が激しかったらしいが、窓ガラスが割れているわけでもないので、外にほおり出されたわけでも無いし、バスから脱出した後に何処かに歩いて行った形跡も無い。突如として陽子の姿が消えたと辺りは騒然とした。
 今は警察と消防で陽子の行方を懸命に探している最中だと、おばさんはそう言いながら泣きだしてしまった。
 ――次の日、私達は親に車を出してもらい、陽子が失踪したという現場に向かった。
 現場は警察のパトカーが数台止まっていて、道路規制をかけていた。私達は茫然としながら現場を見ていることしか出来なくて、親が警察の人に状況確認をしてきてくれた。しかし、今だ陽子が見つかったという朗報は入っていない。
 数日かけて陽子の捜索はされたが、期待していた結果が出る事もなく、1か月以上も経つと捜索は打ち切られてしまった。
 納得できなかった私達は、独自で陽子が消えた場所を探していたのだが、仕事や学校などが始ってしまい、毎回毎回3時間以上も掛けて現場に来ることが出来なくなってしまった。
 なので、年に1度、陽子が失踪した日に、4人で現場に行こうという事になったのだ。
 そして、その年に1度の日が今日なのである。


「ねみぃー」
 あーっ。頭がボーッとする。
「むふ。透ちゃん寝ぐせついてる。可愛いぃ」
「………………」
「さっ、低血圧でまだ頭がボーッとしてるかもだけど、ベットから出て、服を着ちゃって!」
 人の顔を指でツンツン突いていた零が、勝手にタンスの中から洋服を取り出すと、顔の前に突き出してきた。
 私はもう1度大きな欠伸をしてからベットを降り、零の手から洋服を取った。
「着替えるから、ちょっと下に行って待ってて」
 零には雑誌を渡して下の居間で待ってもらいながら、着替えやら何やらを素早く済ませる。ショルダーの中に携帯と財布を入れて準備完了。
 急いで部屋から出て、階段を駆け降りた。
「お待たせ。あっ、零そこのジャンパー取って」
「はーい。でも、今日はそんなに寒くないよ?」
「んー。何か、風邪っぽい気がするんだよね」
「ホント!? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちょっと鼻水が出てるくらいだし」
「むぅ〜。でも、具合が悪くなったら無理しないで絶対言ってね」
 さすが看護師。私の病気に関して、彼女は目を光らせている。
「はいはい」
 そんな事を話していると、零の携帯からメールの着信音が鳴った。
「あ、着いたって」
「おっ! いいタイミングじゃん。それじゃあ行きますか」



 外に出ると、1台の車と1人の青年が立っていた。
「はよっ! 透」
「おはよ。馨」
 こちらに向かって笑顔で手を振る彼の名前は、瑞輝馨(みずきかおる)。
 私の双子の弟である。身長は馨の方がやや高いが、一卵性双生児かと思われるぐらい似ている。
 兄弟仲もいたって良好。
 が、しかし――。
「よ〜う、ちび零。今日も相変わらずチビチビしてんなぁ〜?」
「なぁ〜んですってぇ!!」
 何故か、超が付くほど仲がよろしくないこの2人。昔から、顔を合わせればこんな感じであった。
 1人はシスコン。もう1人は透ちゃん至上主義を掲げる人物。
 私の奪い合いをする天敵同士なのだ!
 今もどちらが私の隣に座るかでバトルっている2人。
 そんな2人を無視して、私は車の助手席にさっさと乗り込んだ。

「今日はよろしくね、創」

 運転席に座っている人物に声を掛けると、
「久しぶり、透」
 少し低くて落ち着いた感じの声が、私の耳に響く。
 この青年は、零の双子の兄の瑞輝創(みずきはじめ)。
 創と零は、顔の作りや持っている雰囲気があまり似ていない。しかも、私や馨より長身なため、零と双子に見られる事はまずない。
「あぁーあ。零の奴、もう少しお淑やかになんねぇーかな? この年になっても、まだあんな調子なんだぜ!?」
 バックミラーから外の様子を見ていた創は溜息をつく。
 ちょうど零が馨に回し蹴りをしていた。

 ……あ、脇腹に決まったよ。

「それを言うなら、うちの馨もだよ。もう少しでいいから、女の子の扱い方を学んでほしいよ」
 私は半眼になってサイドミラーを見つめた。
 馨が零の頭にチョップをかましていた。頭を抱えて蹲る零をみると、本気でやられたらしい。

 ……脇腹、マジで痛かったんだな。


 外にいる2人を、それぞれバックミラーとサイドミラーから眺めながら、私達は溜息を溢していた。

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