し、死ぬ……。
車からよろめきながら降りた私は、ジェットコースターを連続10回以上乗った直後の顔をしていると思う。
隣りにいる零をチラッとみたら、顔色が青を通り越して、蒼白なっていた。
「んじゃ、車を置いたら、俺らも直ぐに行くから」
私達をこんな状態にした男が、爽やかな顔をしてそう言った。
いつも優しい笑顔を絶さない、さわやか系な優男として女性から人気があるこの男――創は、実は車に乗るとスピード狂に早変わりする。
その事を忘れていたわけじゃない。……えぇ、決して。
だけど……だけど……MyCarを持っているのは創だけなのよ!
「……分かった。先に下に降りてるね」
胃から込み上げて来る物を何とか飲み込みつつそう頷くと、創はアクセル全開で走り去って行った。
一瞬、シートベルトを握り締め、涙ぐみながら顔を引き攣らせた馨と目が合った。
その目が、酷いっ!! と訴えているようだったが、見て見ぬ振りをした。
すまん、弟よ。姉ちゃん、もう一時もあの車には乗っていたく無いの……。
三半規管が限界に達した私達は、創に「降りたい!」と言って先に降ろしてもらった。
車が置けるスペースまで運転する創が、この場所にまで無事たどりつけるように、一緒に馨がついて行く事になった。
創は極度の方向音痴の為、こんな山の中で誰かが一緒に行動しないと、創が次の行方不明者となってしまうのだ。
健闘を祈る。弟よ!
「今回も、なかなかキツイ……ドライブだったわ」
心の中で弟に熱いエールを送っていたら、先程よりは幾分回復した零が、遠くを見つめて呟いた。
「大丈夫?」
「うふふっ、普段の運転でだいぶ慣れたと思っていたけど……甘かったわ」
「………………」
「透ちゃん、私ね? 常々思っていた事があるの」
「な、何?」
あらぬ方向を見ていた零が、ギロリとこっちを見た。
「日本の警察は、なんであんな奴を野放しにしてんのよぉー!! って言うか、何で免許がとれたんだぁー!!!」
確かに、あんなデタラメなハンドルさばきとスピードに、1度は捕まった事があると思っていた私達であったが、奴の免許証はゴールドである。まだ1度も警察のお世話になっていないらしい。
それはそうと、目がイッてますぜ、お姉さん。
「お、落ち着いて、零」
「……帰りも創の運転で帰るんだよ? 透ちゃんは落ち着いてなんていられるの?」
「………………」
あぁ、帰りもあったのね。忘れてたわ……。
「……ま、まぁ、今はそんな事より、陽子の事よ! 今日は何か進展があるかもしれないし、さっ! 下に行こう!!」
痛い視線が背中に当たるのを感じつつ、私は少し強引に零の腕を引きながら、細い道を降りて行った。
だって、これ以上創の運転を想像してたら、それだけで酔いそうなんだもん。
「今回は、ちょっと奥まで行って見ようかな」
車道から外れて山の中に入ると、私はショルダーバックの中から、山に入るために必要な7つ道具の内の1つ、鈴を取り出した。
1つを零に渡す。熊避けの為である。
「そうだね。まだあっち側には行った事無いよね?」
「あの辺りは危なさそうだから、馨達が来たら行ってみよう?」
落ちていた木の枝を拾い、足元の草を分けながら、陽子の私物品が落ちていないか注意深く目を凝らす。
所々に、バスの一部であったであろう塗装のついた鉄板や、砕けたガラスが落ちていた。
携帯か生徒手帳、もしかしたら制服のボタン1つでも落ちていないかと思いながら、6年以上も探してきた。しかし、人が滅多に入らない山の中とはいえ、雨風にさらされていたのだ。もしかしたら、流されているのかもしれない。
「やっぱり、もっと奥に行かないと見つからないかな……って、どうしたの? 零?」
さっきから随分静かだ。
不思議に思って顔を上げると、彼女は山の奥をジッと見つめていた。
「零?」
声を掛けても反応は無い。
「……が、……ん……でる……の」
「え? なんだ――」
「私を、呼んでる!!」
「はぁ!? あ、ちょっ、零!」
よく聞こえなくてもう1度聞こうとしたら、突然叫んで走り出してしまった。
な、なんだぁ!? 幽霊にでも取り憑かれたか?
しばしポカーンとしてしまったが、どんどん山奥へと走って行く零の後ろ姿を見て、私は舌打ちをした。
「ヤバイな。あっちはまだ行った事が無いのに。……あーもぅ! しょうがないなぁ」
私は山に入るために必要な7つ道具の内の1つ、リボンを数個バックの中から取ると、近くの枝に結び付けてから走り出した。
自分が通った目印になる。それに、リボンを見た馨達が後を追えるようにしたのだ。
「れーいっ! ねぇ、零ってば!! 聞こえないの!?」
呼び掛けるも、前を見たまま振り向きもしない零に、もう1度舌打ちしたくなった。
リボンの残り数があと2つしかない。そろそろ息も切れて来た。
はぁー。面倒臭がらずに、毎日ランニングしとけばよかった。
脇腹がねじれる様に痛いし。うぅっ、体がかなり鈍ってるわ。
走りながら自己嫌悪に陥りそうになったが、頭を降って切り替えると、リボンをバックにねじり込んで更にダッシュした。
「待てって言ってんでしょーっ!!!」
風の様な速さで走り抜け、うぉりゃぁ〜っ! と言う掛け声と共に零の二の腕を掴んだ。
しかし、人間急には止まれない。
勢い余って、2人して地面に倒れ込んでしまった。
「あいったたた。……零、大丈夫だっ……た……?」
擦りむいた右手を押さえながら後ろ向いたら――零は座り込んだまま、まだブツブツ何か言っていた。
「ね、ねぇ、零。悪い冗談は止めてよ。誰も零を呼んでなんかいないよ?」
「聞こえるの、私を……ぶ……の、声が……」
「もう! いい加減帰るよっ!!」
『××××』
焦れた私が零の腕を掴んで引き起こそうとしたら、零が不思議な言葉を呟いた。
次の瞬間、私達の回りを中心に、魔法陣の様な光る紋様が浮かび上がった。
「なっ!?」
あまりの出来事に、私は零の腕を掴んでいた手を離してしまう。
それを狙っていたかの様に、魔法陣の光が強まる。
「うわっ!? 眩しい!」
この時私は頭の中で、死ぬのかな? とか、これからどうなってしまうんだろう? などと一般的な考えをしているわけでは無く、なんでこんな時ぐらい、「きゃっ。眩しい!」って可愛らしく言えないのかしら、と、何故かそんな事を思っていた。
でも、
「れ、れ……い!」
もう一度零を掴もうとするが、更に光り出した魔法陣がそれを阻む。眩しくて目を開ける事が出来ない。
「……っ!!」
そして……私は白い世界に完全に包まれた。
意識を失う直前、零に呼ばれたような気がした。