♪〜♪♪。♪♪〜♪〜……。
「……んぁ? うぅーん。こ、の音は……」
気持ちよく寝ていたら、部屋の中にけたたましい音楽が鳴り響いた。
私は普段起きる時は携帯のアラームを使っているのだが、低血圧で起きるのが苦手なので、10分毎に10秒間、大音量で音楽が鳴る様にしてあった。
そして、今鳴っているこの音楽は――。
「ヤバッ。遅刻っ――」
飛び起きるようにして体を起こしたら、左肩に激痛が走った。
「……いったぁぁぁぁっ」
肩に手を当て、丸めた体をベットに横たえながら痛みをやり過ごす。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、………ふぅーっ」
ドクドクと、心臓の音に合わせて傷口が痛む。忘れていた。肩に傷を負っていた事を。
目を閉じて深呼吸を何度かする。すると、だんだん痛みが落ち着いてくる。それにしても半端ない痛みだ。
「あぁーっ。寝坊したと思って焦ったけど、異世界にいるから関係ないんだった」
肩を庇いつつ、そんな事を思いながら体を仰向けにすると、見慣れないまっ白い天井が見えた。
「………………」
どこだ? ここ。
頭だけ動かして辺りを確認する。
太陽の柔らかい光が部屋全体に差し込み、開いている窓からは時折吹く風が、白いカーテンをゆらゆらと揺らしている。
右に顔を向けると、ベットの隣にある小さなテーブルの上に、ショルダーバックと着ていた服が畳まれた状態で置かれていた。
「何がどうなって……」
傷に響かないようにゆっくり起き上がると、ベットの下に置かれていたスリッパに足を入れ、開け放たれている窓辺に向かう。
「……森、じゃ、ない?」
窓から外を眺めると、そこは一面、色彩あふれる花々が咲き誇っていた。
なんで森から広大な花畑に!?
「え? どうなっ……ん?」
頭の中がパニックになりそうになったが、ふと、意識を失う前の記憶が蘇る。
えぇーと。肩にナイフが刺さった後、何か黒いものに包まれて、そこで1人はいやだなーって言ったら急に下に落とされて、肩に刺さっているナイフを取ろうとしたら、女の人にそれを止められて、もう大丈夫とか言われたんだ。そして私は――。
うっわぁぁぁぁぁ。思い出したくもない!!
この年にもなって人前で泣きじゃくり、なおかつ泣いた事によって腫れた目と、赤くなった鼻から鼻水を垂らしていたであろう顔を、見ず知らずの人に見られたのを思い出した。
滅茶苦茶恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。
1人悶々とうな垂れていたら、開けている窓の外から何かが駆けてくる様な音が聞こえた。
不思議に思って少し顔を出してみると、かなり離れた方向から大体10頭前後の馬が駆けてくるのが見えた。辺りを見回してみてもこの家しか人家は見当たらなかったので、この家を目指しているのだろう。でも、馬に騎乗している人物が見分けられる距離にまで近づいて来ると、私の心臓は徐々に速さを増していった。
「……あれって」
色や形は少し違うが、全員、見覚えのある服を着用していた。
「あれって、あの滝の所で出会った少年が着ていた服と、同じ物じゃない」
愕然とした気持ちで眺めていたら、突如、バターンという音と共に、窓の真下にあった扉が開いた。
驚いて顔を下に向けると、綺麗な青銀色をした髪の長い人が、仁王立ちして扉の前に立っている。
顔は見えないが、なにか怒りのオーラを纏っている。そして、その人の視線はこちらに向かってくる集団に向けられていた。
たしか、助けてくれた人もこんな髪の色だったような……?
そんな事を思いつつ下にいる人物をジッと見つめていたら、視線を感じたのか、こちらを見るように顔を上げたので、私はパッと顔を隠すようにしゃがみ込んだ。
私……なんで、隠れちゃったんだろう。
何も悪い事はしていないが、なぜか体がその様に反応してしまった。
そのまま固まっていると、程なくして馬がこの家のすぐ近くまでに到着した。馬から降りた数人が、扉の前で立っている人の前まで歩いて来る足音が聞こえてきた。
『××××』
『……×××』
外の話し声を聞きながら、私は頭を下げたままソロリソロリと移動をして、壁際にくっつきながら窓の外を覗く。
そこには、数人の男の人が、家から出て来た人に跪いている光景が広がっていた。
え!? もしかして、ここの家の人って偉い人?
さらに驚いていたら、跪いていた1人が前に出て何か真剣な表情で話しているようだった。話し終えると、1歩離れて一礼し、すぐに馬に跨って他の人達を率いて元来た道を帰っていった。
もう一度顔を出して下を見ると、パタンと扉が閉まった所だった。
「あの人達、何しに来たんだろう。まさか、私を捕まえに来たとか? それだったらこの家の人がすぐに――」
♪♪♪〜。♪〜♪♪。♪〜♪♪♪〜……。
外を見ながら考え事をしていると、突然アラームが鳴りだした。
「うわぁっぁぁ!?」
心臓が壊れるかと思うくらい飛び跳ねた。そして、驚きすぎて体が勝手に動いてしまい、傷口も痛み出す。
「いーたたたたぁーっ! ……くっそう。アラームを解除するの忘れてた」
涙目になりつつ、急いでショルダーバックの中から携帯を取り出し、ボタンを押す。これでアラーム終了!!
「へ〜凄いな。どうやったらそんな小さな箱から音楽が流れるんだ!?」
「ん? そんな機械の中身なんて詳しくはわから―― なっ!?」
バッと後ろを振り向くと、茶色い髪に緑色の瞳をした青年が、ドアに手をついてこちらを見ていた。
「………………」
息を止めてそちらを見ていると、青年はドアから手を離し、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって来る。部屋の中央まで来るといったん立ち止まり、初めましてと言った。
「肩の痛みはどう?」
「……あ、大、丈夫……です。あの、その、手当をしていただいただけじゃなく、休ませていただき、ありがとうございました」
少し離れている青年に向かって、私は頭を下げた。そして、頭を下げたまま固まる。
い、今……。
「ん? どうした」
なかなか頭を上げない私に、青年が声を掛けてきた。
やっぱり!!
「あ、あ、あのっ!!」
私はガバッと顔を上げ、少し離れている青年に詰め寄って右手で胸倉を掴んだ。青年は驚いて「うぉっ!?」と一歩下がるも、私は手を離さなかった。
その時の私の心境はこうだ。
放してなるものかぁぁぁぁっ!!
「あのぉっ! な、な、なんで話が通じるんですか!?」
「ん?」
そう! この世界に来て、初めて日本語を聞い……いや、それは昨日も聞いたか!? ま、それはいいとして、何ゆえ言葉が通じるようになったんだ?
唾を飛ばす勢いで詰め寄ると、青年は私の右肩をポンポンと2回叩いて落ち着けと言った。
「まぁ、いろいろ聞きたい事はあると思うが、まずは部屋を変えよう。そこに君に会わせたい人がいるんだ。そこに行けば、君が聞きたい事を全てとは言えないが、今教えられる範囲で教えてあげるよ」
「…………分かりました」
確かに聞きたい事は山ほどあるが、それをいったん胸の中にしまい、私は目の前にいる青年に頷く。
私は今、この家の人達のお世話になっているのだ。自分が聞きたい事はまず置いておいて、先に挨拶とお礼をしなければ。
「じゃあ、こっち。ついてきて」
そう言うと、私の腰にそっと手を当て、傷にさわらない様な速さで歩きだす。一連の動作が実にスムーズに行われた為、私は何も言えないまま彼にエスコートされていた。これが会社の部長辺りにやられていたら、セクハラとして肘鉄を食らわせていただろう。
顔がいいってお得ね。
そんな事を思いつつ、部屋を出てすぐそばにあった階段を降りる。
下の廊下を歩いていた私は、この家について1つ気付いた事がある。それは、この家が普通の家にしてはやけに“白い”のだ。
壁、床、扉や照明器具等々、この家のありとあらゆる物が白かった。
家自体の広さは、思っていたほど大きくない。どちらかと言うと、ちょっとセレブな家の大きさぐらいだろうか?
でも、この家の色彩はちょっと普通じゃない。
「あの、何でこの家ってこんなに白――」
「ついたぞ。ここに会わせたい人がいるんだ」
不思議に思った事を聞こうと思ったら、隣にいた青年はそう言って1つのドアを叩く。
「……どうぞ」
女性の声が聞こえた。
女性にしてはそんなに高くはない声。だけど、聞いていてなぜか安心できるような声だと思った。
今まで思っていた疑問はすでにどこかへ飛んでいき、今の頭の中には、ある1人の人物が思い浮かぶ。
黒い眼帯と青銀色の髪が印象的な人。私に、もう大丈夫だと語りかけてくれた人だ。
私は緊張した面持ちで青年が開けたドアに一歩足を踏み入れる。そして、部屋の中に目を向けた私は――目を見開いた。
今まで生きてきた中で、この様な部屋は初めて見たからだ。