第2章 再会 04

 
 日の光が差し込む明るい部屋に、暗い表情をした人物が2人いた。


「はぁ〜。俺、何であんな場所に立ってたんだろう……」
「残念だったな、カーリィー」
 項垂れるカーリィーの肩に、ポンと手を置くジーク。
 黒い騎士服に着替えたリュシーとジークは、透がいるあの家からかなり離れた王城に足を運び、今は自分達が日頃使っている執務室にいた。
「全く、さっきから同じ事を何度言えば気が済むの?」
 リュシーは腕を組みながら、溜息が絶えない2人を冷ややかな顔で見つめた。
 それは、透には見せた事がない顔であった。
 もしここに透がいたら驚いていたであろう。が、この2人にとって、それは見慣れたものだった。
「つーか、今回の任務は俺ら黒騎士団にとって、どうでもいい事じゃんかよ。他の騎士団は何やってんだよ」

「うっせーなぁ。ゴチャゴチャ言ってんじゃねーよ、クソガキ」

 カーリィーが未だブチブチ愚痴を呟いていたら、彼らを呼びつけた元凶が現れた。
「って、たった3人かよ!?」
 部屋に入り、中にいる人数を確認すると、彼は口元を引き攣らせた。
 手が空いてるやつを連れてこいとは言ったが、まさか、他国のお偉いさんを護衛するのに、リュシーが2人しか連れて来なかった事に愕然とする。
 それを見たリュシーは、だから? と聞いた。
「何か文句でも? これは元々私達の仕事ではないのよ」
「だが、相手はゼイファー国の宰相――あの三宰相の1人、ギィースだぞ!?」
 眉間に皺を寄せるバスクに、リュシーは首を傾げた。
「それが何? 私達黒騎士にとって関係のない事だわ。貴方も知っているように、私達はただ1人の人の為にしか動かない」
「それは、分かってはいるが……」
「だったら、この人数で我慢して」
「………あぁ、分かったよ」
 バスクは仕方なく頷いた。氷の様に冷たいと言われているこの彼女が、任務を引き受けてくれると言ったのだ。ここで、あーだこーだと喚いて彼女の機嫌を損ねたら、「じゃあやらない」と言われる可能性が十分ある。
 昔から彼女の事を知ってはいるが、自分が主と認めた人物の事以外は、本当に無関心だ。

 ――まっ、リュシーに限った事じゃなくて、黒騎士団全員に言えた事だがな。

 バスクは何で自分がこんな奴らに頼まなきゃならんのだと、心の中で舌打ちした。
「それじゃあ、今から話し合いに行くから、ついて来てくれや……って、ん?」
 クルリと踵を返し、部屋から出て行こうとしたバスクは、ピタッと立ち止まり、首を傾げた。
 なんか、見慣れたものが無かったような?
 回れ右してもう1度確認。
「どうしたんだ? バスクのオッちゃん」
 白騎士団の隊長であるバスクに向かって、オッちゃん呼ばわりする奴はそうそういない。
 いつもだったら、このクソ生意気なガキに即鉄拳制裁を食らわせている。が、今はそんな事はどうでもいい。

 ――なんだ? なにが違う?

 グルリと部屋の中を見まわし、隅々まで確認する。
 ??? 何だ? 何かが……違うんだよなぁ??
 首を傾げつつ、ジークにカーリィー、そして最後にリュシーに目を止めて――固まった。
「……………」
「おい、バスク。なにリュシーをジッと見てるんだよ」
 ジークに声を掛けられても何も答えず、バスクは目を限界まで見開いた。そして、プルプルと震える指でリュシーを指す。
「お、お、お、お………眼帯……その、目……」
 今まで隠されていたリュシーの水色の瞳を見たバスクは、ポカーンとした顔で彼女の顔を見ていた。
 彼女が黒騎士となる前から、黒い眼帯をしているのは知っていたが、眼帯を外した姿を見たのはこれが初めてだった。
 しかし、彼女の瞳を見たバスクは、ゴクリと唾を呑み込む。
 よく分からないが、あの左右違う色の瞳を見ていると、自分の意識が引きずり込まれる様な気がしたからだ。
 背中に嫌な汗が流れた時、彼女が傷跡のある方に手を置き、目を閉じた。
「もう眼帯はしない事にしたの」
そう言いながら柔らかく微笑むリュシーを見たバスクは、まるで頭のてっぺんに稲妻が落ちたかの様な衝撃に襲われた。

 作り笑いでもなんでもなく、本当に笑ってる!?

 いつも無表情。時たま笑うにしても、口の端がちょっと上がるくらいで、周りからは『氷の微笑』と言われている、あのリュシーが……どうなってんだ!?
 世にも奇妙なものを見ているといったバスクの顔に、視線を戻したリュシーは、いつもの顔に戻った。
 そして、宰相がいる部屋に早く案内するよう催促した。
「今私の家に、大切な客人が来ているの」
だから、早く終わらせて帰りたいんだと述べるリュシーに、バスクは頭を掻いた。
「あー、その、なんて言うか……早く終わらせるのは、無理だと思うぞ?」
「……どういう事?」
「お前も、今来ている宰相の事は知ってるだろ?」
「まぁ、それなりにはね」
 肩を竦めるリュシーに、バスクはこれならどうだ? と聞く。
「ギィース宰相は、宰相であると共に黒騎士である事は有名だ。だが今回、彼は宰相としてではなく、黒騎士として訪問して来たんだ」
「なんですって!?」
 普段あまり動じないリュシーの驚いた表情を見て、コイツでも驚く事があるんだな。と、心の中で思う。
「おぃおぃ、って言う事は……」
「あちらの国に、現れたって事?」
 ジークの言葉を引き継いだリュシーは、バスクに確認を取る。
「あぁ。あっちの第3王子殿が、獣人の召喚練習をしてたら、間違って“先祖返り”を召喚したらしい」
「…………そう」
 ある意味、あっちの国にとっては嬉しい間違いだろうがな。と言ったら、2人は何かを考えるように少しの間沈黙していた。
「あー、それで……なんでお前らを呼んだかと言うとだな」
 何故か決まり悪そうに頬を掻いて、バスクは一気に言った。
「実は、その“先祖返り”がこの国に探し物があるとか言い出して、急にこっちに来る事になったらしい。だが、王都に入って、宰相が“先祖返り”から目を離した隙に、突然いなくなったらしい。……んで、事情を聞いた陛下が「それでは、我が国の黒騎士をお貸ししよう」って言われて、お前らを呼んだってなわけだ」
「「………………」」
「……んじゃなに? 迷子中であるアイツらの主を、俺達が探さないとなんないわけ!?」
 大人2人が沈黙しているなか、カーリィーが嫌そうにそうに言うと、バスクはそうだと頷く。
 そして、「あ、言っとくけど、この任務は極秘だからな」と、のたまった。
「はぁっ!? ま、マジかよ……」
 ガックリと肩を落とすカーリィー。
 そんなの、直ぐに終わるわけないじゃん。このだだっ広い王都で、聞き込みもなしで人を捜すなんて……と。
「……お前らの気持ちも分からない事もないが、まぁ、宜しく頼むぞ」
 そう、これも友好国との絆を深める為なんだ! とは、流石のバスクも、彼らの暗い表情を見ると言えなかった。
 なんつーか……こういった重苦しい雰囲気って苦手なんだよなぁ。
 バスクはもう一度頭を掻くと、自分はサッサとここから退散しようと決めた。
「んじゃ、行くぞ」

 足早に部屋を出て行ったバスクを見ながら、リュシーとジークは溜め息をつきつつも後を追う。
「カーリィー。ほら、早くいくぞ」
 未だに肩を落としたまま、ボーッと立っていたカーリィーに、ジークは手招きをする。その顔には、面倒くさいという文字がデカデカと書かれていた。
 カーリィーは返事をしてからノロノロと一歩足を踏み出し、

「……はぁ〜っ」

 彼の深ぁ〜い溜め息が、部屋の中に響いたのであった。

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