第2章 再会 05

 
 貴族街にあるリュシーさんの家から出た私達は、人々が賑わう商店街に来ていた。
 ルルちゃんと王子が率先してガイドしてくれるので、なんだか、気分はもう海外旅行に来ている感じだ。
 でも、

 会社をズル休みした気持ちになるのは、何故だろう?

 携帯の時計の表示を見ると、只今PM18:45。今日は色々とやる事があったから、皆はまだデスクの前でお仕事中。
 そして私は…………。
「トール様! こっちです」
 右手にりんご飴みたいな物を持ち、左手にルルちゃんの手を繋いで、この異世界旅行を満喫中。
 ルルちゃんに手を引かれて目尻が垂れさがりつつ、私の良心はズキズキと痛んでいた。


 そしてさらに時間が過ぎ、とある店の前――。
 家全体が傾いた怪しげな店の前を通った時、ルルちゃんが何かを見つけたらしく、急に足を止めた。
 私の手を離したルルちゃんは、お店の前に陳列されている所にダッシュで走って行くと、何かを掴んで喜んでいた。
「あいつは……」
 溜息を1つ吐いたエド君は、ウンザリした表情でルルちゃんを連れ戻しに後を追う。
 そんな2人を見ていたら、ルルちゃんの歓喜した声が聞こえてきた。
「わぁ〜。このコがこんな値段で売られてるなんて!」
「……ルル、今は材料の調達をしに来たんじゃないんだぞ」
「むぅ〜っ。分かってるよぅ。……でも、滅多に手に入らないんだよ?」
「………………」
 口を尖らせ、ブーブー言うルルちゃんに、エド君が頭を掻いていた。
「ねぇ、ハーシェルさん。あの二人は何をしてるの?」
 何かを見ながらギャーギャー言い合ってるが、ルルちゃんの陰に隠れて良く見えない。右に左に体を傾けながら、なんだぁ〜? と彼らを見ていたら、王子が「いつもの事です」と肩を落としていた。
「多分、珍しい薬の材料でも見つけたんでしょう」
「薬? ルルちゃんって薬を作ったり出来るんですか?」
「えぇ、ルルは薬師なんです」
「薬師? へぇ〜、凄いん――」
「まぁ、薬師は薬師でも、頭に“毒”が付きますが」
「………………」
 私の言葉を遮り、王子はサラリとそう言った。
 “薬師”の頭に“毒”が付くという事は……毒薬師ってこと!?

 あの可愛い顔をしたルルちゃんがっ!?

 余りの衝撃に顔を引き攣らせていると、今までエド君に熱く語っていたルルちゃんが、クルリとこちらに振り向き近づいてきた。
「ねぇっ! このコ、自白剤の魔法薬を作る材料になるの、だから買ってもいいでしょう? ハーシェル」
 何か気になる言葉があった様な気がしたが……そんな事よりも、彼女が持っている物を見た瞬間、私は固まってしまった。
「……ルルちゃん、それは一体何なんでしょうか?」
「これ? これは、ゴルキュシュの森に住んでいるミュミュットって言うの。見た目が可愛いんだけど、猛毒を持っているから、持つ時には注意が必要なの」
「…………へぇ〜」
 私は乾いた返事をしながら、ルルちゃんの手元に視線を落とす。

 ……か、わいい? どこがっ!?

 そいつの大きさは体長30pぐらいの大きさで、コウモリみたいな体と羽があった。顔の中央に豚の鼻みたいなのがドーン! と付いていて、目付きは鋭く、こっちに向かって「キシャーッ!」と威嚇しながら牙をチラつかせていた。
 こいつのどこが可愛いんだか……。
 まぁ、可愛い部分を上げろと言われたら、兎のような長くてモフモフした耳と、ミュミュットって言う名前だけだ。
 私は、そんなブサ可愛い(?)ミュミュットを見つめる事しかできなかった。
「ねぇ〜、いいでしょう? このコがいると、今まで作れなかった薬が3個以上は作れるんだよ」
「…………仕方がないですね」
 王子は懐からお金が入った袋を取り出すと、差し出したルルちゃんの手を素通りして、それをエド君に渡した。
「あっ」
「ルルに渡したら、余計な物まで買ってしまうからね。エド、任せたよ」
「あぁ」
「むぅ〜っ!!」
 口を尖らせていたルルちゃんであったが、エド君がお金を持って店の中にいる店員さんの所に行くと、慌てて追いかけて行った。
「………………」
「………………」
 そんな2人を見詰めていた私だったが、王子と2人で待っている間、何を話せばいいのか悩んでいた。
 リュシーさんやジークさん以外には、私が異世界から来たという事を話していない。別に、秘密にしようとかは思ってはいないのだが、彼らに話すのはもう少し後にしようと思っていた。
 だから、べラべラ喋りすぎてボロを出さない為に、私は言葉を選びながら話す必要があった。
「………………」
「………………」
 しかし、何も話さないわけにもいかない。
 私は何か話の話題は無いかと周りをキョロキョロ見渡す。すると、道の先の方に人だかりが出来ているのを見つけた。
 おっ? これを話の話題にすればいいじゃん。
 そう思った私は、早速その話を振る事にする。
「ねぇ、ハーシェルさん。あそこに人が沢山並んでいますが、何をしているんですか?」
「あぁ、あれは……」
 人だかりに指を指しながらそう言うと、王子は1度そちらに目をやってから何かを言い掛けたが、急に黙ってしまった。
「あの、ハーシェルさん?」
 どうしたのかと、彼を見上げたら、王子……いや、奴は前振りもなにもなく、突然こう言った。

「トオルさん。私の事は、ハーシェル、とお呼びください」

 はっ!?
 この人は急に何を言ってるんだ? っていうか、私の質問は無視かよ。
「え? あ、いやいや……そんな、年上の方を呼び捨てにする……の、は……」
 心の中で勝手に『王子』と呼ばせてもらっているが、本人を前にして呼び捨てにするのは、ちょっと抵抗がある。
 同じ事をリュシーさんやジークさんにも言われて断った。だから、王子にも同じように言おうとしたのだが……。
 彼は悲しそうに目を伏せ、肩をガックリと落とした。それがより一層悲壮感を漂わせている。
「どうしても……そう呼んでは頂けないのですか?」
 潤んだ様な目で見つめられ、私は続く言葉が出なかった。
「………………」
「………………」
 いやっ、そんな目で見ても駄目ですから!
「………………」
「………………」
 ホント、年上を呼び捨てにするのは……。
「………………」
「………………」
 見つめ合う事数秒間。

 私は負けた。

「分かりました。…………ハーシェル」
 溜息を吐きつつそう言うと、奴はニッコリ笑ってさらに――。
「敬語もなしで」
「くっ………わかったよ、ハーシェル」
 口元が引き攣りそうになる。年上に敬語を使わないで話すのって、ほんっっとぉーに苦手なのに。
「じゃあ、ハーシェルも私の事を呼び捨てでいいし、話す時は敬語もいらないから」
「あっ、それは出来ません」
 即答したがった。
「何でっ!?」
「女性を呼び捨てにするなど、とんでもない!!」
 グッと拳を握り、熱く語る王子。
「リュシーさんやルルちゃんは、呼び捨てにしてたじゃん!」
「それは、あの2人を“女”の部類に入れていないからです」
「…………あっそ」
 それってちょっと酷くないか? と、思いもしたが……何かもう、どうでもよくなってきた。
 王子がそうしてほしいなら、敬語も何もかも無しでいいや。
「どうしたんですか? トール様」
 ガックリと項垂れていたら、あのブサ可愛い生き物を鳥籠に入れて、上機嫌に戻って来たルルちゃんに「なにか疲れ切った顔をしてますけど」と心配されてしまった。
 何でもないよと言おうとしたら、口を開く前に王子が「私の事を名前で呼ぶようにしてもらいました」と喋ってしまった。おかげで、ルルちゃんとエド君の2人も、「それじゃあトール様。私も呼び捨てで!」と騒ぎだす。
「あー、はいはい」
 分かったよと言ってから、私もルルちゃんとエド君にお願いした。
「それじゃあ、ルルもエドも、私の事を“様”を付けて呼ばないようにしてくれない? あと、敬語もいらないから」
「……トール、と呼べと?」
 エド君が首を傾げながら聞いて来たので、私はそうだと首を縦に振る。
 前々から思っていたが、様付けで呼ばれると、どっかのお嬢様か何かになった気分だ。

 ――まぁ、見た目は男だが。

「分かりま……分かった」
「うん。わかった」
 数秒悩んでいたエド君であったが、あっさりとそう言ってくれた。そして、それに続くルルちゃん。
「それじゃ、そう言う事でヨロシク」


「ギルドって言うんですか」
 呼び名がうんぬんという話が終わり、私が聞きたかった事を、漸く王子から聞く事が出来た。
 道の先に出来ているあの人だかりは、何でも、腕に自信がある人が、自分を売り込みに『ギルド』という場所に集まっているそうだ。そこは、年齢性別関係なく、実力があれば入れる。割り当てられる仕事によって違うらしいが、給料がかなり高い。それを知っている為、ギルドに入るために躍起になるとか。だから、ギルドの前にはいつも人だかりが出来ているらしい。
 だが、弱ければ門前に控えている大男に、追い払われるとのこと。
「ふ〜ん。ギルドね」
 私がなるほどねとか思っていると、突然、前から走って来た人物とぶつかってしまった。
「うわぁ!?」
「いてっ!!」
 倒れそうな所を王子に助けられ、お礼を言いつつ地面に倒れた人物に目を向けると、


 まっ白い髪を肩の所で切り揃え、紫色の瞳をした少年が、涙目でお尻を擦っていた。


「いったぁ〜」
「ごめんね、大丈夫?」
「いや、僕が前を見ていなかったのが悪かったんだ。お前こそ大丈夫か?」
「大丈夫だよ。立てる?」
「あぁ、すまない。――それじゃあ、僕は急いでるんで」
 手を貸して立たせてあげると、少年は頭を下げて走り去ってしまった。
「行っちゃった」
 まだ12、3歳くらいの少年は、直ぐに人混みの中に隠れてしまった。
「どうしたんだろう?」
「さあな、辺りを見回しながら走っている所を見ると、誰かを探してでもいるんだろ」
「そうなのかな? あ、トール。怪我は無い?」
 ルルが、少年が走り去った方向から目を逸らし、私に心配そうな顔をして聞いて来た。
「大丈夫だよ、倒れそうになったけど、ハーシェルが助けてくれたしね」
「そっか、良かったぁ」
「ありがと、心配してくれて」
 2人で見つめ合いながら笑っていると、エドが「のどが渇きませんか?」と言って来た。
「そう言えば、ずっと歩きっぱなしでのどが渇いたかも」
「私もぉ〜」
「そうですね。それでは、少し休憩しましょうか」
 と、言う事で、私達は次にエドの行きつけと言う店に行く事になった。


「あそこの角を曲がったら、『エルモ』という店があります」
 人々が賑わう道から少しずれ、狭い道を歩く事15分。
 エド曰く、そこの『エルモ』と言う店は厳ついおっさんが経営しているらしいが、武骨な手からは想像も出来ないほどの料理を作るらしく、飲み物も絶品らしい。
「うわぁー。楽しみぃ」
 早く飲みたいねと、ルルと2人で話しながら歩いていたら――。
「離してったらっ!!」
 もう少しで『エルモ』に着くという時に、急に女性の嫌がる声が聞こえてきた。
 辺りを見回すと、エドの行きつけの店がある場所の反対方向に、数人の男に囲まれた女性がいた。
 白いフードを深く被っているので顔はよく見えないが、男に右手を掴まれ、下唇をギュッとかんでいるのが見えた。
 怯えているのか、下を見たまま固まってしまった。
 それを見た私達は1度目を合わせると、彼女を助けるべく、下ひた笑いをする男達の元へ走り出した。
 王子は腰に佩いていた剣の柄に手を掛け、エドはどこからか取り出したナイフを右手に持ち、ルルは……得体のしれない液体が入った小瓶を持って、ウフフフと不気味な笑いをこぼしていた。
 何が入ってるんだ、あの小瓶……。
 そんな事を思いつつ、私は嫌がる女性を取り囲んでいる男共走り寄る。
「ちょっと、その人嫌がって――」
「離せって言ってんだろうがぁっ!!!」
 俯いてた女性が、掴んでいた男の手を逆に掴み、急所に思いっきり蹴りをかましていた。

「「「「!?」」」」

「ぐおぉぉぉぉぉっっ!?」
「汚ぇ手で触ってんじゃねぇ!」
 そして、痛みで蹲った男の顎に、膝蹴りを決めていた。
「「「「………………」」」」
 私達は、一瞬何が起きたのか分からず、フリーズする。
「お前らも同罪だぁ!」
 そう言うと、その人は周りにいた男共を1人でボコボコにやっつけてしまい、彼女の足元には伸びた男が数人転がっていた。
 全くもって、出番が無かった私達。助けようと差し出した手が、いやに虚しい。
「ん?」
 パンパンと手を払っていた女性がこちらに気付き、ジッと見て来た。
「ん〜!?」

 ……なんか、私を見てる?

 何だろうと思っていたら、その人は突然こちらに向かって走り出して来た。
「えぇっ!?」
 ギョッとして体を引こうとするも、その人は意外と足が速く、素早く私に近づくと――。
「会いたかったぁ〜!!」
 私の胸に飛び込み、ギュッと抱きついて来た。
「し、知り合いなのか?」
 エドがビックリした顔で聞いてきたが、私は返事をする事が出来なかった。
 だって、今まで顔が隠れて分からなかったけど……この声は……。

「……零」

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