第2章 再会 06

 
 零の手を離してしまった事を、ずっと後悔していた。
 あれから何か危険な事に巻き込まれてはいないか、怖い思いをしてはいないか――。
 私が手を離さずに、一緒にこちらの世界に来ていたなら、支えになってあげられたのに。
 そんな事を、ずっと考えていた。 
 だから、今は無理でも、この世界に慣れたら、何年掛かろうとも絶対探し出そうと思っていた。
 だが、私の決意も虚しく……。

 離れ離れになってから1日半、もう会えちゃった。

 

「会いたかったよぉ〜、透ちゃん」
「………………」
 むぎゅーっと私に抱きつく零。
 感動の再会場面といった感じだが、私は言葉を発する事が出来なかった。

 零が……何でここにいんの!?

 口をあんぐりと開けて固まっていたら、人の胸にスリスリと顔を擦り付けていた零が顔を上げた。
「透ちゃん。……怪我、したの?」
「怪我?」
「うん。だって、包帯してるから」
 私の左腕に軽く触れ、真剣な表情でそう聞いて来た。
「あぁ、これは、怪我をしたわけじゃないんだけど……」
「だけど?」
 零は看護師になってからというもの、私の怪我や病気には目敏く反応する。
「ほら、元々左手に痣があったじゃん? その痣が、こっちに来てから酷くなったんだよね」
「痣が酷く?」
「そっ。酷くなった痣は見てないんだけど、痛くも何ともないから大丈夫だよ」
「………………」
 左手を顔の前で左右にフリフリと振って、何ともないと強調。
 しかし、何かを考えるように零は黙ってしまった。いつもの彼女であれば、「見せて見せてぇ〜!!」と騒ぐはずなのに。
 不思議に思った私は、少しかがんで零と視線が合うようにした。
「どうしたの?」
「……あのさ、透ちゃん」
「うん?」
「あのさ、透ちゃんは、私の胸の所にちっちゃな痣があったの……覚えてる?」
「胸の痣?」
 急に何を言い出すんだ? と顔を傾げたが、零は至って真面目な表情で聞いて来た。
 不思議に思いながらも、零が胸に手を当てた場所に視線を落とす。
「えぇと、確か……右の胸の上にあったような?」
 小さい頃、一緒にお風呂に入った時に何度か見た事がある。でも、それは何年も前の話だから、良く覚えてはいなかった。
 私が自信なさげにそう言うと、零は1つ頷きこう言った。
「実はね、私もこっちに来てから痣が酷くなったの」
「零も!?」
 驚きで声がひっくり返りそうになるも、零はなぜかモジモジする。

「あのね、ここまで一緒に来た人に、他の人に痣を見せちゃ駄目って言われたんだけど……透ちゃんになら……いいよ」

 そういうと、零は突然フードを脱ぎ、洋服のボタンを外しだした。
 今まで私達の様子を静かに見守っていた3人が、ギョッと目を見張る。
  「ちょ、ちょっと、零!?」
 アワアワと焦りながら零を止めようとするが、奴は首から胸の下にまであるボタンを、1つ1つゆっくりと外していった。
 あんた、それ以上外したら……。
 チラリと横を見ると、私と目が合った王子とエドは、パッと顔を背けた。
「………………」
 溜息を吐きつつ視線を戻すと、零は胸の中央のボタンを外している所だった。
「右胸の下から鎖骨を通って、首の上まであるの」
 零はそう言うと、胸下のボタンを外してから……そこから包帯まで取ろうと手を掛けた。

 ちょっとあんた、包帯まで取ったら胸が丸見えになるじゃん!

 ストリップショーでも始める気か! と顔を引き攣らせつつ、急いで零の手を掴もうとした時――突如、少年の怒声が響き渡った。
「見つけたぞ、レイ!!」
 ギョッとして後ろを振り向くと、そこには、息を切らした少年が立っていた。
「あ、君は……」
「あれ? 透ちゃん、フィードの事知ってんの?」
「フィード?」
 フィードって? と零いの手を掴んだまま聞いたら、掴まれていない手の人差し指を少年に向けて、「あれっ」と言った。
 そう、あれと言われた少年は、先ほど私とぶつかって倒れた、あの時の少年であった。
 少年は今までずっと走っていたからなのか、顔が赤くなっていた。そして、荒い息を吐きつつ、零をギロリと睨んだ。
「おいこらっ。何で1人でいなくなったりするんだよ!! おかげで僕は、ギィースに嫌味を言われるし、このだだっ広い街ん中を1人で捜さなくちゃならないわで大変だったんだぞ!?」
「うっさいわね。今私は忙しいのよ」
「んなっ……」
 零がそっけなくそう言うと、涙目で零を怒鳴っていた少年は、シュンと項垂れてしまった。
「ちょっと零。事情は分からないけど、この子は今まで零を一生懸命探してたんだよ? それなのに、そんな言い方ってないじゃん」
 後ろでガックリと項垂れている少年。必死な表情で走り去って行く姿を見ていた私は、零の態度に少しムッとしてそう言った。だけど、零は口を尖らせながら、ブツブツなにやら言い出した。
「だぁ〜ってぇ、私や透ちゃんがここにいる原因は、そこの白髪頭(しらがあたま)のせいなんだよ?」
「……は?」
 白髪って老人じゃないんだから……って、少年のまっ白い髪の事ではなくて、その前に凄い事を言っていたような?
 口をポカンと開けながら零を見たら、零は少年に向かってもう一度、今度は、ズビシッ! と音が出そうな勢いで人差し指を向けた。
「だ・か・ら! あの白髪頭が、召喚だか何だかに失敗して、私達をこっちの世界に連れて来たの!!」
「………………」
 零の言葉を頭の中で整理しつつ、ゆっくりとフィードと呼ばれた少年に目を向けると――。
「………………」
「………………」
 なぜか、私と視線を合わせたくないのか、パッと違う方向に顔を背けてしまった。

 ……召喚の……失、敗……??

「透ちゃん?」
「あの、トオルさん、大丈夫ですか?」
 何も言わずに固まっていたら、心配した零と王子が声を掛けてくれた。が、今の私の頭の中で、『失敗』という文字がグルグルと回っていて、そんな事に返事をしている暇がなかった。

 失敗=間違い。

 って言う事は、零はこちらの世界のお姫様でも、国を救う英雄でも、望まれて呼ばれたのでも何でもなく――。
 ただ、あの少年が間違って召喚しちゃって、それに私が巻き込まれたという事で……。
「どうしたの?」
「…………何でもない」


 思いもよらない事実と自分の不幸さに、目眩がして来た。

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