第2章 再会 08

 
 まっ、そんな簡単に行くわけないないかぁ。

 何となく予想していた言葉に、大して落ち込む事も無く、私は心の中で「やっぱりね」と思っていた。
 正規のルートではなく、失敗が原因でこちらに来たのなら、直ぐに帰る事は出来ないと言われるんじゃないかと考えてはいた。
 でも、無理なら無理と言う理由が知りたい。
 ジュースを一口飲んでから、私は口を開いた。
「フィード君。それは――」
 どうして? と言いたかったのだが、私の言葉を遮る様に零が咆えた。
「なんで無理なのよーっ!!!」
 ギョッとしながら横を見ると、零は眉間に皺を寄せて立ち上がっていた。そして、素早い動きでフィード君の頭を殴ったのだった。

 うっわぁ。痛そう……。

 私は見た。拳骨で頭を殴る瞬間、中指の第二関節を少し突き出していたのを……。
「っ〜〜!? い、痛いじゃないかっ! 暴力反対!!」
 そりゃ痛かろう。あんな拳骨で殴られれば。
 殴られた頭を両手で押さえ、涙目で零を睨んでいるが、零が怖いのかジリジリと後ろに下がりつつある。
「……零、やり過ぎだよ」
「だって!」
「そうやって、感情に任せて殴ったりするのは駄目だって、いつも言っているでしょ? ほら、座って」
「……むぅ〜」
 口を尖らせながらも、しぶしぶ席に着く零。
 だから猛獣って言われちゃうんだよ。とは言わず、心の中だけで留めておく。
 横では、ルルとエドが顔を突き合わせ「やっぱり、トールって猛獣使いなんだね」とかなんとか、コソコソと言っているのが聞こえたが、聞こえない振りをしておく。
「ごめんね、フィード君。痛かったでしょ? ……それで、私達を元の場所に戻すのが無理だって言うのは、どうして?」
「あ、はい。それは……」
「それは?」
 なぜか零を見ながら口ごもるフィード君。私と零を交互に見ていたが、ボソボソとこう言った。
「それは、レイが魔法陣を壊してしまったから……です」
「「………………」」


 お前か原因は!?


 という思いで零を見ると、
「いやぁ〜。あの時キレちゃって、近くにあった椅子を辺りかまわずぶん投げちゃったんだよね。そうしたら、あの光る魔法陣に当たっちゃって…………消えちゃったぁ♪」
 そう言ってから、「あっはは〜」と乾いた笑いをしながら頭を掻いている。
 ……コイツ、笑って済ませようとしてるな。
 ジーッと零を半眼で眺めていたら、今までジュースを飲みながら黙って話を聞いていた王子が口を開いた。
「それは、少しおかしいですね」
 え? と思いながら王子に視線を向けると、真剣な顔をした王子がフィード君を見ていた。
「君が発動した召喚魔法なら、魔法陣の形式や紋様も覚えているはずでしょう? 彼女によって魔法陣を壊されたとしても、同じ魔法陣を作れば元の場所に戻す事くらい出来るはず」
「……確かに、普通の召喚魔法なら、彼女達を元の場所に戻す事が出来るんですが――」
「まさか、変則魔法か?」
 口ごもる様に話すフィード君を見ていた王子は、ハッと何かに気付いた様に、驚いた声を上げた。
「そう。僕にはある理由があって……強力な魔力を持つ獣人とどうしても契約をしたかったんだ。それで今回、普通の召喚魔法にアレコレ手を加えて詠唱していたら、手を加え過ぎたのか、急に魔法陣の紋様がグニャグニャに変化しちゃって……」
 その時の状況を思いだしているのか、肩を落としながら喋るフィード君。
「あぁ、失敗したんだな。と、その時は思ったんです。それで、失敗したのにいつまでも魔力を放出し続けるのも馬鹿らしいので、詠唱を止めようとしたその時――変化した紋様が、見た事も無い形に変わっていって……。そうしたら、突然目の前に、白い光を発する巨大な召喚陣が出来上がっていて」
 あの時は本当にビックリした。と言うフィード君を見ながら、足元に出現した白い光を発する魔法陣を、私は思い出していた。
「どうしてそんな事が起きたのかは分からないんだけど……あの時必死だった僕は、見た事も無いその魔法陣に、何度も呼びかけ――」
「そうして現れたのが、零だったのね?」
 私がそう聞くと、フィード君はそうですと頷いた。
「先程こちらの方が言ったように、普通の召喚魔法でレイを呼んでいたなら、元の場所に戻す事も出来るんだけど……今回は変則魔法で、どこがどう変わったのか覚えていなくて」

 だから今直ぐ元の場所に戻す事は出来ないんです。

 申し訳なさそうに項垂れる少年に、私も王子も何も言えなかった。
 確かに、彼にとって今回の召喚魔法は失敗なんだろう。獣人を召喚するつもりが、唯の人間を召喚しちゃったんだから。しかも、異世界から。
 でも、フィード君は必ず元の場所に私達を帰す事を約束してくれた。自分が呼びたい獣人の召喚練習をしながら、あの白い光を発する召喚陣を作り上げると。
 私がその言葉に分かったと頷くと、フィード君はホッとしたようであったが、最後に「超特急で作り上げて」と言ったら、顔を引き攣らせていた。
 当り前である。君に何か理由があったとしても、私には関係のない事だし、私には私の人生があるのだ。こんな異世界で、彼が変則魔法だか何だかを作り上げるのを、のんびりしながら待ってなんかいられない。
「が、頑張ります」


「んで? 何で透ちゃんだけ森の中なんかに、1人でいたわけ?」
 そう零が聞くと、何故かソワソワし出したフィード君。
 チラリと、申し訳なさそうな目で私を見詰めてくる。
 どうしたの? と聞くと、
「レイが不思議な言葉を話せたのは、変則魔法の影響で言語が勝手に変換されたからだと思うんだけど……あのぉ〜……貴女がなぜ1人で森にいたのかと言うとですね。……えっと、あの時、何かが召喚対象物に張り付いていて、召喚を邪魔してる何かがあるなぁ〜と思った僕が、それを引き剥がすのに、魔力をドバーッと入れて貴女を弾いたから、だと、思います」
 ドバーッと魔力を入れたから、魔法陣があんなに光ったらしい。
 それにしても、

 零に張り付いていて、邪魔してる何かって……ショック。

 巻き込まれて異世界に召喚されたのに引き続き、私ってどれだけツイてないんだ。
「…………あぁ、なるほどね」
 その言葉を言うのがやっとだった。

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