第3章 ルルの魔法薬 01

 
 商店街から少し離れたあまり目立たない場所に、ルルの家はあった。
「ちょっと散らかってるけど、気にしないでねぇ」
 家の中に入り、客間に通された私達。
 キョロキョロと部屋の中を見回すと、棚やショーケースみたいな物の中に、涙形や星形、丸いビー玉の様な物が色々入った、小さなガラス瓶が置かれていた。
 客間と言うより、まるでどこかの店の中にいるような感じだ。
 凄いなぁーと思っていたら、誰かのボソリと呟く声が聞こえた。
「俺、先に帰ってる」
 ふと後ろを見ると、エドが部屋から出る為に、ドアのノブに手を掛けている所だった。
 エドがノブを半分回した時――。
「今朝、数種類の魔法薬と染料粉とグルヅルルの毒消しをリュシーに頼まれて……持ち物がいーっぱいあるのよね」
 ピタッと動きが止まるエド。
 ルルはニッコリ笑っている。その顔には「それでも帰るの?」と書いてあるのが、私には見えた。
「………………分かった。手伝う」
「ホント? わぁ〜い。助かるよ、エド♪」
「………………」
 帰れなかった事に、何故かガックリとするエド。
 何が彼をそんな風にさせるのか……。
 首を傾げながらルルとエドを見ていた私であったが、直ぐにその理由を知る事になる。



「それじゃあ、ちょっとこのコを置いて来るね。エド、ハーシェル、ついて来て」
 ルルはそう言うと、本棚の前に立って何かを呟いた。
 すると、本棚の真ん中に亀裂が入り、両側に分かれる。そこから地下に続く階段が現れた。

「「おぉ〜っ」」

 隠し通路を初めて見た私と零は、感嘆の声を上げる。
 すげぇ〜っ!!
 まじまじと見ていたら、そこへルルが足を1歩踏み入れ、
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
 ヒラヒラと手を振って、地下へと走り去る。そんなルルに、「走ると転ぶぞ」と声を掛けながら後ろを追うエド。
「直ぐに戻って来ます」
 無駄に綺麗な顔に微笑みをプラスした王子が、地下へ降りて行った。


「なんか、王子様みたいな外見の人だよね。金髪碧眼だし」
「ぶっ!!」
 王子――ハーシェルがいなくなった後の零の発言に、私は吹き出してしまった。
 そうか、零もそう思うか。
「そうそう。ハーシェルって、外見や言動、身のこなしなんかが『王子様』なんだよね」
「ホントにねぇ〜。……誰かと違って」
 零がチラリと横目で見るのは、フィード君。
 なんか含みがある言葉だな……。
「えぇ? えっと、……あっ!! こんな所に美味しそうな飴玉が!」
 零と2人でフィード君を見たら、彼はなぜか突然慌てだした。そして、テーブルの上に置いてある、ワイングラスに入った飴玉を私達に差し出す。
「ほ、ほら、まだ彼らも戻って来ないし、これでも食べて待っていようよ?」
「「…………そうだね」」
 強引に飴を食べさせようとするフィード君に、私と零は押されるように飴玉を手に取る。
 そして、3人一緒にパクッと口に入れる。
「甘くて美味しぃ〜」
「甘いの? 私のは何か苦い……」
 美味しい美味しいと言いながら、飴玉を口の中で転がす零。
 しかし、私が食べている飴玉は少し苦い。何か……漢方薬の様な味?
 そんな事を思っていたら――。


「だめだ! 飴を直ぐに吐き出せ!!」


 ペッと飴を吐き出すフィード君に、私と零は目を丸くする。
 何事!? と思っていると、
「何をしてる、早く捨てろ!」
 かなり焦った様子のフィード君に、零は慌てて手の上に飴を出した。しかし私は……。

「た……食べちゃった」

「えっ!?」
 ギョッと振り向き、今口の中に入れたばかりなのに? と言われてしまった。
 だって……口の中に入れたら、ガリッ、ゴリッ、ガリッと直ぐに噛み砕いちゃうのよ。癖で……。
「うぅわぁ〜っ。どうしよう……。これ、絶対魔法薬だ」
 吐き出した飴を見詰めながら、そう呟くフィード君の言葉に、私は固まる。
「……魔法、薬……?」
 その時、私は頭の中で、「ルルは毒薬師」だって王子が言っていたのを思いだしていたんだけど。

 魔法薬――毒薬と魔法薬の違いは何なんだっ!?

 背中に、嫌な汗が伝い落ちる。そんな時――。
「フィード……あんた、なんて事してくれたのよ」
 地を這う様な低い声に、フィード君はギクリと肩を震わせる。
「い、いや。その、あのぉ……」
「もし、透ちゃんに何かあったら。……あんた、どうなるか分かっているわね?」
「………………」
 顔を引き攣らせ、項垂れるフィード君。でも、今回はそんな彼をフォローする事は出来なかった。

 魔法薬って、いったいどんな物なのよぉ〜!? 食っちゃたしぃ!!

 何が起こるか分からず、半泣きに状態になっていると――。
「うひゃぁ!?」
 突如、零が頭とお尻を押さえ出した。
「どうしたの?」
「うわぁ〜ん。なんか、頭とお尻がムズムズするぅ〜」
「…………は?」
 かゆいよー。とポリポリ頭を掻く零をポカーンと見ていたら、フィード君が急に胸を押さえながら呻き出した。
「う……ぐぅ。……うあぁ……」
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
「大、丈夫……じゃな、い」
「うわあぁ……どうしよう……」
 尋常じゃない様子に、私はどうする事も出来ずに、オロオロするしか出来無かった。が、ふと、視線の端に地下室に続く階段が見えた。
 あそこは――。
「2人共、ちょ、ちょっと待ってて。今助けを呼んでく……うぎゃっ!?」
 ルル達がいる地下室に行こうと駆けだした瞬間、足に何かが絡まってバッタリと倒れてしまった。
「いったぁー。顔をぶった……」
 涙目になりつつ顔を擦っていると、違和感に気付く。


 服が肩からずり落ちる。それに、視界の高さが……低い???


 そんな事を思っていると、
「キャーッ。と、と、透ちゃんが!?」
 歓声とも奇声とも言えない声を上げる零に、え? と顔を向けると――。
 とんでもない姿をした2人が、目に入った。

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