「トール、着いたから起きて」
「……ん……うにゃ?」
エドはぐっすりと眠っている透の背中をポンポン、と軽く叩く。
何回か叩くと、透はまだ開ききらない目を手で擦ってから、ゆっくり瞼を開く。
キョロキョロと辺りを見回してから、ちょっと舌っ足らずな言葉で、
「リュシーさんの……いえ?」
「そうだよ。……起きてる?」
「……う、ん……」
未だ透は夢の国の住人。その顔を笑いながらエドが覗き込むと、完璧に目覚めていない透は又目を閉じて――頭がカクンッと前に傾いた。
「おっ、と……」
透の体が落ちそうになって、慌ててエドは透の体を抱きなおす。
「あっぶねぇー」
「アハハ、透ちゃんって低血圧で寝起きがすっごい悪いんだよね」
エドに子供抱きされながら、すやすやと眠る透の顔を下から覗き込む零は、透の頬をつつきながら笑った。
それを見ていたハーシェルも、クスッと笑った。
「ジークから聞いた話では、午前中から夕方までずっと馬に乗って走っていたそうです。慣れない乗馬に、休む間もなく商店街で買い物を数時間もしていたので、疲れが溜まったんでしょう」
「でも、トールの寝顔すっごく可愛い」
「でっしょー♪」
白くて長い尻尾をブンブン振りながら、ルルと2人できゃいきゃい騒ぐ零。どうやら、意気投合したようだ。
「そこで何をしているの?」
零達が玄関前で騒いでいると、ガチャリと鍵が外される音がして、目の前の扉が開いた。
何かに優しく包まれている気がした。
砂利を踏みしめる音や、音に合わせて体に伝わる振動を考えると、誰かが自分を抱き抱えて歩いているんだと分かった。
――お父さん?
そう思って、ギュッと『お父さん』の服を握ったら、それに気付いた『お父さん』が「どうした?」と聞いて来た。
その声がとっても優しかった。でも、
――お父さんの声じゃない。じゃあ、お兄ちゃん?
服に顔を擦り付けるように擦り寄ると、
「寒い?」
『お兄ちゃん』は私を抱え直すと、ギュッと抱き締めてくれた。
「ううん。さむく……なぃ」
寒くなんてなかった。『お兄ちゃん』に抱えられて、とっても温かかった。
私は、『お兄ちゃん』の首に両手を回して、肩に右頬をくっ付けた。
甘えるような仕草に、クスッと笑う声が私の耳に届く。
その他にも――。
「いやぁ〜ん。トールってば寝ぼけてるぅ」
「あぁーっ。ここに携帯があったら絶対写メで撮って永久保存してたのに!!」
などなど、そんなものまでもが聞こえて来た。
煩いなぁ……と思った私は、肩にくっつけていた顔を肩から離し、目を薄っすらと開けると――。
……零が……猫になってる。
寝ぼけている透は、魔法薬で猫耳と尻尾が生えた零を見て「あぁ、夢か……」と思い、コテンっと肩に顔を戻して目を閉じてしまった。
「あ、寝ちゃった」
零が残念そうに呟いた。
それから少しして、誰かが私の背中を優しく叩く。
なんだよもぉー。せっかく気持ちよく寝てんのに……。
グズグズしていたら、また背中をポンポン叩かれた。
あぁ、分かったから。起きるからそうポンポンポンポン叩くなっ!
手の甲で目を擦ってゆっくり瞼を開ける。
辺りを見回してから目に入ったのは、数時間前に商店街に行くのに出て来た扉。
「リュシーさんの……いえ?」
眠いし、なんか……喋り、にくい……。
起きなきゃと思うが、瞼が落ちてくる。それに、今何か言われた様な気がしたが、眠気が襲ってきて、適当に頷くので精一杯だった。
それから急に体がガクッと傾いたのは分かったが、力が抜けてる体は全然動いてくれなくて――。
やばっ!
衝撃を予想して体が硬直したが、直ぐに誰かに抱きかかえられた。
「あっぶねぇー」
そんな声が聞こえた。
細いけど、筋肉が付いてガッチリとした腕に包まれ、緊張していた体は一気に緩む。
安心してもうひと眠り――と思っていると、顔をつつかれたり叫び声が聞こえたりと、何やら周りが騒がしい。
煩いなーと思って目を薄っすらと開けた時――。
「そこで何をしているの?」
女の人の声が聞こえた。
ん? この声は……。
顔を上げ、何とか眠い目を擦って声がした方に目を向けた私は――。
一気に眠気が吹き飛んだ。
リュシーさんとジークさんとカーリィー君と……あと、見た事も無い3人の人が、エドに抱っこされた私を見ていたからだ。
死ぬほど恥ずかしい。
すっかり目が覚めた私は、のほほんと今まで眠っていた事を大いに悔やんだ。