第4章 黒騎士 02

 
 眠気はぶっ飛んだけど、頭の中がプチパニック状態の私。
 エドに抱き抱えられたまま固まっている私を見たリュシーさんは、ゆっくりとした足取りで近づいて来た。
「一体何があったの?」
 リュシーさんは、私にではなく、エドや隣にいた王子に聞く。
 2人はルルの家で起きた事をリュシーさんに説明した。ルルの魔法薬を飴と勘違いして食べてしまい、こうなってしまったと。
 それを聞いたリュシーさんは、額に手を当て溜息を吐く。
 魔法薬を少量摂取した零とフィード君の事もエドが説明すると、そばにいた3人の見知らぬ人達は、慌てて零とフィード君に駆け寄って行った。


 ――もしかして、零を探していたって言う人達かな?


 零の猫耳を触ったり、何かを話している人達を見ながらそう思っていると――リュシーさんに声を掛けられた。
「トオルさん、気分が悪かったり、どこか痛む所はないですか?」
 身長がエドより高いリュシーさんが、私と同じ目線になる様に少し屈んで聞いて来た。
「いぇ、全然大丈夫。平気です」
「……そうですか。何かありましたら、直ぐに言って下さいね」
「はい」
 私が頷くと、リュシーさんは私の格好を見てクスッと笑う。
「かなり、小さくなってしまいましたね」
「そうなんですよ」
 肩から服がずり落ちそうになるのを、手で押さえながら苦笑する。
 あぁ、早く元に戻りたい。そう思っていたら、リュシーさんは扉の側に控えていた、メイド服を着た女性を呼んだ。
 静かな足取りで近づいて来るメイドさんに、リュシーさんは今の私の体格に合う服を着せるようにと言った。
「かしこまりました」
 メイドさんはリュシーさんに頭を下げてから私の前に立ち、「失礼します」と言って、未だにエドに抱っこされている私を抱きあげた。
「え゛?」
「それでは行きましょうか」
 思いもよらぬ行動に顔が引き攣ってしまう。メイドさんはそんな私に目もくれず、一度抱き直してからスタスタと歩きだしてしまった。
 リュシーさんやエドに助けを求めるような視線を向けるも、「では、客間で待っていますね」と笑顔でそう言われてしまった。
 そして、リュシーさん達がどんどん遠くなっていく。
 メイドさん、結構歩くの早いですね?

 ……って、そうじゃなくて!

「ああああの、いいです。降ろして下さい! じ、自分で歩けますから!!」
 どもりながらメイドさんにそう言うと、いままで真っ直ぐ前を見ていたメイドさんは、チラッと私の足元を見て――。
「靴がありません」
 と、一言。
 くつ? と思って足元を覗くと……。



 ぷらんぷらんと揺れる足は、びよ〜んと伸びた靴下があるだけで、靴が無かった。


「汚れてしまいます」
 顔を上げると、そこには無表情なメイドさんがいた。
 靴を履いていない私の足が汚れない様に、抱いて移動してくれているのだ。
「あ、あの。ありがとうございます」
 少し近寄りがたい感じの人だけど、いい人なんだなと思って頭を下げたら、


「貴女が歩くと、時間が掛かりますから」


「………………」
 その言葉に、頭を下げた状態で固まる私。
「………………」
「………………」
 シーンとした静けさが包み込む廊下。
 メイドさんが履いているヒールの音が、やけに響く。
 その音を聞きながら、私は心の中で、前・言・撤・回!! と叫んでいた。



 ――20分後。

 子供服に着替え終え、皆がいる客間に移動した私は精神的に疲れ切っていた。
 なぜなら――。
 衣裳部屋みたいな部屋に入り、そこで私を降ろしたメイドさんは、クローゼットの中に沢山ある子供服の中から可愛いスカートを取り出した。そして1度私を見た彼女は「これは似合いませんね」と言って、スカートをポイッと投げた。それからズボンを取り出し「ここに置いてある女物の服は、貴女には全く似合いませんので、これを着て下さい」と言ったのだ。(その時も、彼女の顔は無表情)
 よく男と間違われて、男物の服を進められた事なら何度もあった。だけど、こうもハッキリ「女物の服は似合わない」と言われて、男物の服を勧められるのは初めてである。
 この人、私の事が嫌いなのかな……?
 とか思いもしたが、メイドさんの顔を見ても、その表情からは何も読み取ることが出来なかった。


 皆が座っているテーブルまでメイドさんに案内される。空いている席があったからそこに座ろうとしたら、「お待ちください」と言われた。
 少し背の高い椅子によじ登ろうとしている私を止めたメイドさんは、私を椅子から離すと、その椅子を他のメイドに渡し、代わりに違う椅子を手にしてやって来た。
 あ、あれはっ!!
 私はメイドが持っている椅子に、目が釘付けになった。


 あれって……ファミレスとかでよく見かける、お子様用の椅子じゃんっ!?


 その椅子は、今まで置かれていた椅子をよけて出来た空間に、トンッと置かれた。
「お座り下さい」
 メイドさんの無機質な声が耳に入る。
「……え? あ、やっ、あのぉ〜……出来れば、それに……うわぁ!?」
 それに座りたくないと拒否ろうとしたら、急にメイドさんに抱きあげられた。
 そして――。


 ちょこんと子供用椅子に座る私。


 それを見た零に「ぷっ!」と笑われた。
 ハッと周りを見ると、皆の視線が私に集まっている。
「………………」
 恥ずかしい……顔から火が出るんじゃないかと思うぐらい、恥ずかしい。
「どうぞ」
 私を強制的に子供用椅子に座らせたメイドさんは、飲み物を持って来てくれた。
「あ、ありがとうございます」
 コトンッと、オレンジジュースが入った小さなグラス(ストロー付き)が目の前に置かれた。
 頭を下げると、メイドさんは恭しく頭を下げてから離れて行った。
 机の上を眺めると、私以外は温かい紅茶が入ったカップが置かれている。
「………………」
 あのメイドさんは、私が見た目通りの子供ではない事を、リュシーさんとの会話で気付いているはず。

 …………イジメ?

 そう思いたくなるが、頭を振る。だって、彼女とは今初めて会ったのだ。嫌われる様な事はしていない。
 もしかしたら、子供に変わってしまった私の口に合うように、ジュースを選んだのかもしれない。

 うん、そうだ。そう思う事にしよう。

 オレンジジュースを一口飲む。
 それに、皆と同じ椅子に座っても、椅子が大き過ぎて、結局はこの椅子のお世話になっていたかもしれない。
 ふぅ〜っと諦めに似た溜息をついていたら、
「まさか、ルルの魔法薬を食べて、その姿で帰って来るなんて思いもしなかったよ」
 両手でコップを持っている私をずっと見ていたジークさんが、苦笑いしながらそう言った。
「最初に見た時なんか、エドが迷子になった子供でも連れて来たのかと思ったよ」
「俺なんか、エドにベッタリくっついていたから、こいつの隠し子かと思った」
 などと言って笑い合うジークとカーリィー。
 エドはそれらの言葉を綺麗に聞き流していたが、私はその話はもう止めてくれと叫びたくなった。


 ジュースを半分飲んで一息吐いた時、向かいに座っていた人が、飲んでいたカップをソーサーに戻すのが目に入った。
 あれって地毛かな? 薄紫色の髪って初めて見たわ……。
 薄紫色の少し長い髪を黒い紐で結び、同色の瞳を零に向けて優しく笑っている青年を、私はチラッと盗み見た。
 最初に見た時は、女の人だと思ったくらい綺麗な人だった。だけど、話した時の低い声や広い肩幅を見れば、その人が男性であるのが分かる。
 見た感じ、リュシーさん達と同じくらいの年齢だろうか?
 そんな事を思っていたら、薄紫色の綺麗な瞳と目が会った。
「貴女が、トオルさんですね?」
「え? あ、はい。そうですが……」
 突然話しかけられ、続く言葉が出て来ない。
 そんな私を見たその人は、そう言えば、挨拶がまだでしたねと言った。
「私はゼイファー国の黒騎士、ギィース・エルディグルと申します」
 ギィースさんが頭を下げると、彼の両隣りにいた人も後に続いた。
「ゼイファー国黒騎士、シェイス・グレッドセンです」
「同じく、ゼイファー国黒騎士、スタン・ロックと言います」
「あ、瑞輝透です。よろしくお願いします」
 ペコッと頭を下げてから、「あれ?」と思った。

 今、彼らは黒騎士と言った?

 こちらの世界に来てからよく聞く『黒騎士』という言葉。さっき、エドも黒騎士になったとか言っていたよね?
 一体、『黒騎士』とはどういったものなんだろうか……。
「あの、黒騎士って一体何なんですか?」
 分からないものは聞いた方が早い。そう思ってリュシーさんに聞いてみたら、彼女は持っていたカップを静かに置いた。
「そうですね、黒騎士とは……」
 少し言葉を区切ると、リュシーさんは私を見て微笑んだ。


「“紋様を持つ者”――王よりも貴い存在である、その方を護る者を、黒騎士と言います」
 

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