「何、その紋様を持つ者って?」
隣に座っていた零が、首を傾げながらそう言った。
「あれ? 零はその話を聞いてないの?」
「んーん。聞いてないよ?」
首を振って聞いていないと言う零に、私は「そうなの?」と首を傾げた。
私と同じように痣が変化したと言っていたし、痣を隠すように包帯を巻いていたから、てっきり零もその話を聞いているんだと思っていた。
そう思っていたら、フィード君が半眼になりながら口を開いた。
「僕達はきちんと説明したぞ。あの時、『へ〜。そうなんだぁ』とか言っていただろうが!」
「え? そうだっけ??」
「お前な……」
どうやら、零がド忘れしているだけらしい。
私は、その事は後でフィード君に聞いてよと零に言ってから、もう1度リュシーさんに向き直る。
「紋様を持っている人が、貴い存在ってどういう事ですか?」
「そうですね……」
リュシーさんは少し考えると、あの無表情なメイドさん以外のメイドさん達に部屋から出るように命じ、それから、私に左腕の包帯を外す様に言った。
「え? いいんですか」
「はい。まずは、“紋様を持つ者”がなぜそう言われるのか、実際に見てもらった方が早いと思いますから」
リュシーさんはそう言うと、片手を頭上に翳す。すると、掌の上に複雑な文字が何重にも重なった魔法陣の様なものが現れ、それから発せられる光が部屋中に広る。
「結界を張りました。これで、外からはこの部屋の中を見る事は出来ませんし、話している事を聞かれる心配もありません」
「……すごい」
零が、手を下ろしたリュシーさんを見ながらそう呟く。
そこまでされて、外しませんとは言えないので、私は服の袖を捲った。
綺麗に、ピッチリと腕に巻かれている包帯。チビになっても、包帯だけは緩む事が無かった。
馬に乗る前、私が自分の意思で包帯を取るまで外れないよう、ジークさんが魔法を掛けてくれたからだ。
「……それじゃあ、外します」
シュルシュルッと包帯が外れていく。
そして、そこから現れたものに、目を見開いた。
こ、これは――。
中指から肘上までを――墨汁が付いた筆で落書きをした様なものがあった。
「えぇーっと。これが……透ちゃんの紋様?」
零が、首を傾げながら自分の胸元と私の腕を交互に見る。
皆の視線が自分の腕に集まる中、私は腕を見ながら固まっていた。
いや、いやね? なんか、痣がある人を『紋様を持つ者』なんて大層な言葉を使って言っているから、どんだけ凄い紋様があるのか、少し……ホントに少〜しだけ興味があったんだよね。
なのに、この落書きした様なものが私の紋様なのか……。
零が横で、私とは全然違うとか何とか言ってるし。
チョット以上にショックだ。
「……封印が施されている」
心の中でシクシクと涙を流していると、眉間に皺を寄せながら私の腕を見ていた王子が口を開いた。
その言葉に、リュシーさんや他の人達も頷く。
「だから、紋様がハッキリと出ないのでは?」
「そうみたいね。……デュレイン」
リュシーさんは、1人この部屋に残っていたメイドさんを見ると、彼女を呼んだ。
彼女の名前ってデュレインさんって言うんだなーと思っていると、リュシーさんは彼女に私の封印を解けるかどうか聞いていた。
「出来ます」
メイドさん――デュレインさんは、簡潔に答えた。
その一言に、カーリィー君が「すげぇ!」とかなんとか騒いでいた。
何でも、他の人間が施した封印を解くのは、かなり難度が高いらしく、魔力の精密なコントロールが必要らしい。
「そう、それじゃあ封印を解きやすい様に、場所を変えましょうか」
リュシーさんが席を立とうとした時、デュレインさんは首を振った。
「このままで結構です」
そして、何も感情がこもらない瞳が私を捉える。
「直ぐに終わりますので、そこを動かないで下さい」
ゾクッと、背中に悪寒が走った。
よく分からないが、私の勘が「逃げろ!」と警告を発している。
「あ、あのですね? 別に今直ぐに封印を解きたいわけじゃないんで結構です」
とリュシーさんに言うが、
「え〜? 何でさ、透ちゃん。直ぐに終わるって言ってるんだから、やってもらえばいいじゃん」
「そっ……それはそうなんだけどさぁ」
心の中で、無責任な事をいってんじゃねーよっ! と突っ込む。
こうなったら……逃げるしかないか?
そう思うも、体がテーブルと椅子にガッチリと挟まっていて、逃亡する事は不可能に近い。
それでも、何とか抜け出そうと椅子をガタガタ揺らしていると――。
「始めます」
私の斜め後ろから、デュレインさんの無機質な声が聞こえる。
ビクッと肩が跳ねた。
そーっと後ろを振り返ったら、両頬にデュレインさんのちょっと冷たい手が添えられた。
え? と思っていると、デュレインさんは目を瞑り、詠唱し出した。
今までの様に魔法陣が出て来る事も無く、部屋の中に彼女の声が溶け込む。
そして――。
「――我、デュレイン・オルクードの名によって、汝の魔力を解放する」
ゆっくりと、目を開けたデュレインさん。
琥珀色の瞳と視線が交わる。
「あ……」
一瞬、そう、本当に一瞬の事だったけど、デュレインさんが笑った。
ロボットの様に表情が無いと思っていた彼女が、フワッと柔らかく微笑んだ事に目が奪われた。が、その表情も直ぐに元に戻る。
ちょっと……。
無表情に戻ったデュレインさんは、少し屈んだと思ったら、顔を近づけて来た。
そして、私の顔を少し上にあげる。
ちょっと、ちょっとちょっとちょっとーっ!!
両手を突っ張って何とか阻止しようとするも、腕が短すぎて相手に届かない。
チビって本当に嫌だ!!
そう思うも、デュレインさんの顔はもう目と鼻の先。
デュレインさんが我なんとか〜と言ってから、私の顔に近づくまで、わずか5秒。誰も動ける人がいなかった。
『万事休す』
そんな言葉が頭の中に浮かんだ瞬間――。
ぷにゅっ。
彼女の柔らかい唇が、私の唇に重なった。