第4章 黒騎士 04

 
 デュレインのまさかの行動に、リュシー達の目は点になった。

 ――なんで……キス?
  
 誰しもがそう思った。
 もちろん、キスをされた透も。


 ギャーッ!? やっぱ嫌な予感的中っ!! 


 涙目になりつつバシバシとデュレインさんの腕を叩いていたら、左腕の痣がズキズキと痛み出した。
「ん゛っ……」
 腕が燃えるように熱くなり、痣の部分が、針を刺されている様な痛みが走る。
 痛みで眉間に力が入り、ギュッと目を瞑った時――。


 頭の中で、何かが砕け散った様な音がした。


 えっ? と思って目を開けた時には、今まで感じていた痛みが一瞬で消え去っていた。
 何が起きたのか分からずに、目をパチパチと瞬いていると――。
 デュレインさんの唇と、少し冷たい細い手が、そっと離れた。
「終わりました」
 感情のこもらない声で彼女がそう言った時……。


「私の透ちゃんになんて事すんのよぉーっ!!」


 猫耳をピンッと前に立たせ、尻尾を倍以上に膨らませた零が叫んだ。
 椅子を後ろに倒しながら立ち上がると、私の胴を両手で掴み、スポーン! と椅子から私を引っこ抜いた。
「う゛おぅ!? ……あっ!?」
 驚いて変な声が出たが、勢いが付き過ぎて、足がデュレインさんの顔を蹴りそうになった。
 ヤバッ! と思って足を引っこめようとしたのだが……。

 彼女は飛んで来た足をヒョイッと軽ーくかわすと、何事もなかったかの様に元の姿勢に戻った。


 ――この数十分で彼女について分かった事。
 無表情で余り喋らず、口を開けば、ちょっと(いや、かなり)嫌味な事を言うメイドさん。
 そして、反射神経がかなりいい。

 それにしても、「私の透ちゃん」って……私はいつからお前のモノになったんだ……。
 そんな事をボーッと思っていたら、
「大丈夫? 透ちゃん」
「ん? あぁ、大丈夫」
 心配した感じで私の顔を覗き込んで来る零に、顔を上げながら頷く。
「……大丈夫だから、離してくんない?」
 救出してくれたのはありがたい。そして、両腕で私を抱き締めるのはいいんだけど、ガッチリ胸の所を押さえられていて苦しいんだよね。
 零の腕を外そうと手を掛けた時、何故か辺りが暗くなった。
「ん?」
 顔を上げたら、目の前にルルとエドとカーリィー君がいた。私と零を囲むように立っている。
「……あれ? どうしたの?」
 後ろ姿しか見えないが、何故か3人が怒っている様に見えた。
 話し掛けても彼らはこちらに見向きもせず、デュレインさんを……睨んでる??
「ちょっと、デュレイン。トールになぁーんて事をしてくれるのよ!」
「そうだ! キスする必要はなかっただろうが!!」
「………………」
 どうやら、デュレインさんが私にキスした事に怒っているらしい。
 怖い顔をした3人に詰め寄られるも、デュレインは表情を変える事なく、必要ならあったと言った。
「トオル様に触れながら詠唱していて気付いたのですが、思っていた以上に強力な封印が施されていた為、私の魔力を直接トオル様の体内に入れて封印を解く必要がありました。……ですが、体内に直接私の魔力を入れるには、あれ以外の方法がなかったんです。――それが何か?」

『『『……………』』』

 常にない饒舌な彼女に、3人が黙った。
 いや、これは驚いている顔か?

「『封環師長』のデュレインが、あれ以外では出来なかったと言ってるんだ。許してやれよ」

 ルル達とデュレインさんの睨み合いに、ジークさんの苦笑した声が割って入って来た。
 横を見ると、ジークさんがルル達を見て苦笑していた。
 そして私にも、デュレインを許してやってくれないか? と聞いて来た。
 申し訳なさそうにそう言うもんだから、私は肩を竦める様にして答えた。
「それしか方法が無かったのなら、別にいいですよ」
 少し諦めきった感じでそう答えたら、子供3人組以外の大人達も「え?」と目を見開いて私を見る。
 まさか、私がそう言うとは思っていなかったというような顔だった。
 皆の視線を集める中、フィード君がオズオズと話しかけて来た。
「あのぉー、トオルさんは突然キスなんかされて……怒ってないの?」

 許すと言ってるのに、何故驚かれなければならないんだ?

「別にファーストキスだった、って言う訳じゃないし、キスの1つや2つで騒ぐ程の年齢でもないし。それに、それしか方法が無かったんでしょ? まぁ確かに、突然でビックリはしたね。……する前に一言言ってほしかったって言うのが本音かな?」
 って言うか、そもそもファーストキスに夢見る10代じゃないし。
 大体、“本当の意味でのファーストキス”なんてものは、親に奪われてる事の方が多いんではなかろうか?
 以前、友人の家に遊びに行った時に、友人と友人の旦那が「もぅ、ホント可愛いんだよねぇ〜」といいながら、ぶっちゅーと子供にキスいているのを見た事がある。
 その光景を見ながら、私は小さい頃の時を思い出していた。  小さい頃は“キスをする”という意味が分からなくて、親や兄ちゃんS、それに馨と「ちゅー」って言いながらキスをしていた。
 まぁ、それはさておき――“異世界でのファーストキス”ってな意味では、デュレインさんとのキスがファーストキスにはなるが……それでも、怒る事でもなかろう。ちゃんとした理由があるんだし。
 1人でうんうんと頷きながら自己完結していたら、フィード君がさらに確認して来た。
「……一言あったらいいのか?」
「んーっ。いいと言うか、心の準備が出来るっしょ? それに、同性の綺麗な女の人だからまだ許せる」


 どっかのオッサンに突然されたら、キレて半殺しにしてたかもだけど。


 笑いながらそう言ったら、何故かフィード君の顔は引き攣っていた。
 そして彼は一言、「…………そう」と呟いて、この話は終わった。
 

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