第5章 ギルド 01

 
 バルコニーでリュシーさんと話した時、私はある事をリュシーさんに言った。
 それは――。


 デュレインさんにも言われた魔力のコントロールと魔法の使い方を教えて欲しい。
 フィード君が元の世界に帰る為の召喚陣を完成させるまで、ずっとリュシーさんのお宅で悠々とお世話になるわけにはいかない。でも、この世界の事は全く分からない。だから、ある程度こちらでの生活能力が付いたらここから出て行くので、狭くてもボロくてもいいから、私と零が一緒に住める家を探してもらえないだろうか?


 などなど、私は零の話を聞きながら、ずっと考えていた事をリュシーさんに話した。
 それを聞いたリュシーさんは、気にする事は無いから、ずっとここに居ればいいと言ってくれた。
 いやぁ〜。本当は、リュシーさんの家に居れば、何の苦労もなく過ごせるんだろうなぁー……と、心の片隅で思っちゃってたんだけど、それはいかん! と思い直し、リュシーさんの好意を辞退した。
 何度も引きとめられたが、私は(心の中で泣きながら)首を縦に振る事はしなかった。
 1度好意に甘えてしまうと、そのまま甘え癖がついてしまうのが目に見えている。
 頑として頷かない私を見たリュシーさんは、フゥ……っと1つ息を吐くと、分かりました。と言った。
「ですが、私が言う条件を聞き入れてくれたらの話ですよ?」
 いいですか?
 との言葉に、私は初めて頷いた。



 ――それから2カ月が過ぎ……。

 私は今、異世界で就職活動をしていた。
「はぁぁぁ……」
 透き通る様な青い空を眺めながら、私は溜息を吐いていた。
 流れゆく雲をボーッと眺めていたのだが、ふと、右手に握られている紙に目をやる。
 そこには、

『働ける人 急募!』

 と、言う文字が書かれていた。
「……嘘じゃん」
 私は“急募”と書かれた部分を見ながら、ボソッと呟いた。
 ジーっとその部分を見詰めていたが、それをグシャッと握りつぶしてポケットの奥に突っ込む。

 遡る事10分前――。
 
 私は『働ける人 急募!』と言う求人広告を出した店に出向いていた。
 そこは、長蛇の列が出来るほど流行っているパン屋らしく、仕事内容は『接客、又は裏方の力仕事』などと書かれてあった。
 私は混み時間を避ける様にして、リュシーさんに用意してもらった履歴書を片手に、目の前にあるパン屋の扉を開けた。
「あのぉー……こちらの広告を見て来たんですが……」
 カウンターにいる恰幅のいいおばさんに、『働ける人 急募!』という広告を見せながらそう言うと、おばさんは「ちょっと待ってておくれ」と言ってから店の奥に行ってしまった。
 ソワソワしながらおばさんを待っていたら、程なくして、筋肉モリモリのごっついオッサンが出て来た。
 プロレスラー? ってな感じのオッサンは、どうやらこの店の店主らしく、エプロンに白い粉が付いている所を見ると、裏でパンを作っていたらしい。
 パンパンッと手に着いた粉を叩き落としながら、私の格好を見るなりオッサンは――。
「今うちは接客より裏方の方を補充してぇーんだ。だから、そんなナヨナヨした体のお前を入れる事は出来ねぇ」
 そう言って、最後に「悪ぃーな坊主」と言いながら店の奥に引っ込んでしまった。
 呆然とする私に気を使ったおばさんが、店で人気の菓子パンと食パンを何個か袋に入れて私に「ゴメンなさいね」と言いながら渡し、肩を落として店を出た私を見送ってくれたのであった。


「誰が坊主だっ!」
 確かに、今の私の格好は男が着る様な物を着ている。
 こちらの世界の人が着る女性の服はふんわりとしたロングスカートが多く、動きづらいと言うのもあったのだが、どうも私には似合わなかった。しょうがないので、身長が近いエドとカーリィーから服を少し借りていた。
 だから、男と間違えられるのはしょうがないとして――。


 24歳の淑女(気持ちは)に向かって、“坊主”とは失敬な!


 イライラしながらそう叫んだ後、この世界に来てから何度したか分からない溜息がまた出た。
 リュシーさんの家には、いろいろあって3週間ほど置かせてもらった。それから、リュシーさんやジークさんが探してくれた家に移ってから今日まで、私は生活するのに必要なお金を稼ぐために仕事探しをしているのだが……。
 結果は全敗。行った先々で断られるのであった。
 つまり、今の私はニートなのだ!
 高校を卒業してから、親の口添えで就職した私は就職活動と言うものをする事が無かった。

 仕事を見つけるのが、こんなにも大変な事だったなんて……。

 今まさに、世間の厳しさというものを、身を持って知ることとなった。
「あ゛ー……どうしよう」
 しかし、項垂れている場合ではなかった。
 仕事をしていない私達はもちろんお金が無い。
 そこで、リュシーさんが仕事が見つかるまでお金を貸してくれると言ったのだが、お金の貸し借りは基本的に嫌なので、丁重にお断りをしようとした……のだが、お金を受け取ってくれなければ、家が見つかってもリュシーさんの家から出す事は出来ないと言われてしまい、渋々受け取る事になった。
 だが、やっぱり人からお金を借りっぱなしになっているのは居心地が悪い。だから、早く仕事を見つけて借りた分のお金を返したいのだが、これがなかなか思う様にいかないのだ。
「はぁー。帰ったら今回も駄目だったと言うのかぁ……憂鬱だ」
 トボトボと歩きながら、私はひとまず零が待っている家に帰る事にした。



 貴族街と商店街の中央に位置する庶民街。
 リュシーさんの家がある貴族街から近い位置にある煉瓦で出来た一軒家を紹介され、今私と零はそこに住んでいた。
「たっだいまぁー」
 玄関を開けながらそう言うと、廊下の突き当たりにある扉がゆっくりと開き、
「お帰りなさいませ、トオル様」
 メイド服を着ていない、私服姿のデュレインさんが出迎えてくれた。
 その後に、
「透ちゃん、お帰りぃー♪♪」
「お帰りトール。……随分早くに帰って来たね」
 零とフィードが出て来た。

 今、私と零が住んでいる少し小さな家には、デュレインさんとフィードが一緒に住んでいた。

 なぜかと言うと――。
 私と零がリュシーさんの家から出て、庶民街で暮らす事はなんとか許してもらえたのだが、紋様が見えなくなっているからと言って“紋様を持つ者”を護衛も付けずに外に出す事は出来ないと、リュシーさんとギィースさんの2人から言われてしまった。
 そして、リュシーさんの口からとんでもない言葉が出て来た。

 デュレインはどうでしょうか? 

 私の中で、第1級危険人物と断定されているデュレインさんを、名指しで指名して来た。
 速攻で断ろうと思っていたのだが、その次にギィースさんが、

 じゃあ、こちらはフィードを置いて行きます。

 と言った。
 まぁ、フィードが一緒に住むのは賛成だ。彼が元の世界に帰れる魔法陣を完成させた時に、近くにいなきゃ意味が無いし。
 でも、デュレインさんは……と思っていると、
「本当は、私かジーク、ハーシェルのどちらかが付いてなきゃいけないんですが、今はちょっと城の方でやらなければいけない事がありまして」
 デュレインなら、トオルさんとレイさんを安心して任せられます。とまで言われてしまうと、嫌とは言えなかった私であった。


 早く帰って来た私に、今回も駄目だったんだね、と言いたげなフィードの顔を見ない様に、家の中に足を踏み入れると――近づいて来たデュレインさんが、私の持っているパンが入った袋を持って、まだ私が何も言ってないのに、「今回も残念でしたね、次も頑張ってください」と言った。
 顔の筋肉が引き攣っている私を見ずに、袋の中身を見たデュレインさんは、「これを今日の昼食に使いましょう」と言って台所へと向かった。
 その後ろ姿を見ながら、私達はそれぞれの食べたい物を注文する。
「私、野菜がたっぷり入ったサンドイッチが食べたい」
「私は、ホットサンド!」
「あ、僕は肉とチーズをタップリ挟んだやつがいい」
「分かりました」
 それを、嫌な顔を1つもせずに作ってくれるデュレインさんに、なんやかんやと言いつつ、私達はここ数週間ですっかり懐柔されていたのであった。
 

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