第5章 ギルド 02

 
 テーブルの上に並べられた美味しそうな食べ物の数々。
 柑橘系のドレッシングで味付けされた、新鮮な野菜を数種類挟んだサンドイッチ。ポテトサラダの上にトマトとベーコンをトッピングしたホットサンド。そして、肉汁が滴る様なお肉にデュレインさんが作った特製タレを付け、トロっとしたチーズを挟んだサンドイッチ。プラス、パン屋のおばさんから頂いた菓子パンなどなど……。
 その横には、濃厚なミルクがタップリ使われたコーンポタージュが。
 そして、食後のデザートにと用意された、スイカに入ったフルーツポンチが、ドドーン! っと、テーブルの中央に置かれていた。
 それらが、私達の目にはキラキラと輝いて見えた。
 目の前にある食べ物から漂ってくるいい匂いに、ゴクッと唾を呑む。

 美味しそー♪♪

「ではどうぞ、お食べ下さい」
 紅茶をそれぞれの前に置いたデュレインさんの言葉を聞いた私達は、声を揃えて「いただきまぁーす」と言ってから、まずは自分達が頼んだ食べ物にガブリとかじり付く。
「ん〜っ♪♪♪」
「美味しぃ〜♪」
「………………」
 私と零は一口食べるごとに美味しいを連発していた。
 その横では、フィードが凄い勢いで食べていた。さすが食べ盛りの少年。胃の中に消えて行く量もハンパなかった。
「お口に合いましたでしょうか?」
 私達が食べているところを見ながら、紅茶を飲んでいたデュレインさんがそう言った。
 彼女は、自分が作った食事を私達が食べていると、必ずそう聞いて来た。
 もちろん、私達の言葉はいつも一緒で――。

「「「美味しいっ!!」」」

 であった。
 一緒に住むようになってから今まで、炊事・洗濯・掃除・裁縫などなど、家事全般はデュレインさんがやってくれていた。
 家の中は埃一つなく綺麗な状態が保たれている。ボタンが取れた、服が破けたと言えば、どこが破けていたのか分からない位綺麗に縫い上げる。食事も、メチャクチャ美味しい物(見た目も綺麗)をいつも作ってくれる。
 全てに関して、職人レベルの腕を持っているデュレインさん。
「そうですか。それは良かったです」
 いつも無表情な彼女だが、この時だけは、ほんの少し表情が緩む。
 しかし――。
 何度も思うが、マジでデュレインさんって何者!?



「ねぇ、今回はどうして駄目だったの?」
 満腹になったお腹を撫でつつ、デュレインさんが淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついていると、そう言えばといった感じで零が聞いて来た。
「んー。接客より、裏方の人が欲しかったみたい」
 それから、私はマッチョなオッサンに言われた事を話した。“坊主”という所は抜かして。
「そんな理由で駄目だったの? 酷いね!」
 話を聞き終わった零が、ぷりぷりしながらそう言った。
「でも、トールは男の格好をしているからな。女ならその細さで普通でも、男としてなら……ちょっと貧弱そうに見えるんじゃない?」
 フィードが私の格好を、腕を組みながら見てそう言った。
「だってさぁー。私、スカートが本当に似合わないんだもん。それに、どこの広告を見ても、女性より男性の方が給料いいんだよねぇ」
 男と女では、働く時間が同じでも、日本円で言うと千円以上の違いがあるのだ。

 すんごい男尊女卑だ!

 そんなに違うのなら、性別を偽って(本当は良くないんだけど)働こうとした私。
「男性の方が女性より、力も魔力もあるからね。どうしても、男性の方が仕事内容も給料も有利なんだよ」
 フィードは肩をすくめる様にしてそう言うと、零をチラッと見た。

「まっ、断られる理由がトールの“ナヨナヨした体”より、レイの“幼い子供はお断り”の方が悲しいけどね」

 プッと口に手を当てながら笑う。
 そう、『働かざるもの食うべからず 』という事で、零も私と一緒に就職活動中なのだ。
 零も私と同じく、「男の方が給料が良いなら、私も透ちゃんと一緒に男の格好をする!」と言い出し、腰まであった長い髪を肩につかない位にバッサリと切ってしまった。
 勿体無いと言って私は止めたのだが、零は「髪は自然に伸びる」とか言って聞かなかった。
 しかし、髪を切ったら、とある問題が出て来た。
 それは――。


 どう見ても、零が10代半ばの子供にしか見えないのだ……。


 零はどちらかと言えば童顔だ。身長もあまり高くはない。髪が長くて化粧をしていると年相応に見えていたが、どう見ても今の零は子供だった。
 そんな零がズボンを穿いて男の服を着ていても、『男性』ではなく、唯の『可愛らしい男の子』にしか見えなかった。
「うっさい! 人が気にしてる事を言うな!!」
「ぐはっ」
 零はギロッとフィードを睨み、顔を殴っていた。
 一瞬、腹に肘鉄を入れようとしていたが、食べたばかりの腹にそんな事をしたら、リバースしてしまうと思いたったらしく、肘を引っ込めて顔を殴っていた。どうやら、零なりに気を使ったらしい。
 そんな2人を眺めつつ、私はどうしたもんかと悩んでいた。フィードの話によると、まだまだ召喚魔法陣の完成予定の目処が経っていないと言う事らしかったので、早々に仕事を見つけたいのだが……。
「どこかにいい仕事、ないかなぁ……」
「トールは、どういった仕事に就きたいのさ?」
「ん〜……見た目や性別、年齢なんか関係なくて、仕事をきっちりこなせば、ちゃんとお金を払ってくれる所なら……どこでもいいかな?」
「……そんな所、あるの?」
「さぁ??」
 零がフィードに聞いていたが、フィードは首を傾げていた。
「……まぁ……そんな都合のいい仕事なんて、無いよ……あーっ!」
 無いよね、と言おうとした時、ふと、ある事を思い出した。

「あった、あったよそんな場所!」

 そうだ、あそこがあった! と言いながら勢いよく立ち上がった私。
 そんな私を見た零とフィードは驚いていたが、今まで何も言わずに話を聞いていたデュレインさんが「どこですか?」と聞いて来た。
 私はムッフッフ〜と笑いながら、
「それはね……」
 思い浮かんだ場所と、名前を言おうとしたら――。

 コンコンコンッ。

 タイミング良く、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
 誰かお客さんが来たみたいだ。
 ちょうど私が立っていたので、立ち上がろうとしていたデュレインさんに自分が出ると言ってから、続きが気になる2人に「ちょっと待ってて」と言って、玄関に向かう。
「はぁ〜い。今行きまーす」
 パタパタと速足で歩きながら、鍵を外して扉を開くと――。


「こんにちは、トオルさん。今日は私がお迎えにあがりました」


 そこには、今日も麗しい顔で私に笑い掛けるリュシーさんが。
 これまで何度か見た事がある、黒い騎士服を着た、黒騎士としてのリュシーさんが立っていた。
 青銀色の長い髪が風によってフワッと舞い上がり、それが日の光に当たってキラキラと輝く。
 その光景を、私はポケーっと見入っていた。

 美人って言うか、綺麗な人って……そこに立っているだけで絵になるわぁ……。

 そんな人から微笑まれて、ちょっぴり頬が赤くなる私。
 ……って、赤くなってる場合じゃないし!

 今日は、零と一緒に、魔法を教えてもらうんだったぁ!!

 その事を、リュシーさんの顔を見るまでど忘れしていた。
「す、すいません。皆で話をしていて、すっかり時間を忘れていました!」
 頭を下げると、リュシーさんは「いいんですよ」と首を振った。
「私は外でお待ちしておりますので、準備が出来ましたら、出て来て下さい」
「分かりました、直ぐに零を連れて行きます」
 そう言いながら、回れ右してバタバタと家の中に入っていく。

 急いで戻って3人に事情を説明し、デュレインさんが用意してくれたバックを持って、零と一緒に外へ出る。
「それでは行きましょうか」
 出て来た私達を見たリュシーさんはそう言って、大きな木に手綱を括り付けた、3頭の馬がいる所に向かった。
 私達は今、乗馬の練習もしている。
 この世界での移動手段は、もっぱら馬車が多いらしい。転移魔法での移動もあるらしいのだが、大量の魔力と精密なコントロールが必要とかで難易度が高いらしく、ほとんど使われていないらしい。
 馬車での移動もいいのだが、何かあった時の為に、1人で馬に乗れた方がいいと言われ、今こうしてサラブレット並みの良い馬に乗っている。――駿馬、と言えばいいのだろうか? 
 大きな馬の所に行き、首を撫でると顔を擦り付けて来る。
 馬も私にだいぶ慣れて来たようだ。
 今日もよろしくと言って、首を叩いてから馬に乗る。隣を見ると、零も馬に乗った所だった。
「それでは、行きましょうか」
 私達がきちんと馬に乗ったか確認したリュシーさんは、馬の首を一撫でし、パシッと手綱を叩く。
 颯爽と馬を走らせるリュシーさんの後を、ちょっとへっぴり腰な私達が追いかけるのであった。
 

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