第5章 ギルド 03

 
 私達は、煌びやかな王城から少し離れた所にある、王室騎士が専用に使う訓練場に来ていた。
 この2カ月、ほぼ毎日通った訓練場。
 そこは、鬱蒼(うっそう)と茂る森があったり、周りには障害物も何もない唯の平原があったり、そうかと思えば、巨大な岩がゴロゴロと転がる場所があったり等々、色々な場面を想定した訓練が可能な場所であった。故に、広さもかなりある。
 私達の他にも、剣や魔法の練習をしている人が沢山いる。
 騎士専用の訓練場なので、全員が騎士なのだろうが、服の色が白だったり青や赤だったりとバラバラだった。
 彼らは皆、それぞれの練習をしつつも、黒い騎士服を着たリュシーさんと、リュシーさんに連れられて一緒に現れた私と零をチラチラと盗み見ていた。
「それでは、今日は攻撃系の魔法の練習をしましょうか」
 周りの視線を気にする事も無く、リュシーさんはそう言うと、掌からバレーボール大の丸い光の球を2つ生み出した。そして、それを空高くに放り投げる。
「これを、どんな方法でもいいので、撃ち落として下さい」
 頭上高くにある光の球を人差し指で指しながら、ニッコリ笑うリュシーさん。


「「……アレ…を!?」」


 私と零は口を半開きにしながら見上げる。
「あの〜……リュシーさん? 本当に、アレを撃ち落とせと……??」
 私は、高速で空をあちこち移動する光の球を目で追いながら確認する。零なんか、ポカーンと口を開けながら固まっていた。
 そんな私達を見たリュシーさんは、又してもニッコリと笑って「もちろんです」と頷いた。
「あの光が地面に着いたら、終了となります。制限時間は10分」
 そう言うと、リュシーさんは右手に持っていた砂時計を逆さまにする。
「始めっ!」
 その一言に、私達は瞬時に意識を光の球に集中する。
 先に動いたのは零だった。

「氷よ、貫けっ!」

 零が右手を高く上げて叫んだ。
 すると、零の右手から氷柱の様な氷が現れ、光の球に向かって凄い速さで飛んでいく。
 氷柱の鋭い先が光を貫こうとした時、ソレはスレスレでかわすと、変則的な動きで逃げる様にして飛び去った。
「チッ、チョロチョロとすばしっこい奴めっ!」
 舌打ちをしながら、零はそのまま右手を横に薙ぎ払い、氷柱を操りながら光を狙う。

 う〜ん……やるなぁ。私も負けてらんないぞっ!

 私は、1つ深呼吸してから空を見上げる。
 デュレインさんに、封じられていたと言う魔力を解放してもらってから、私達は魔法を使う事が出来る様になっていた。
 でも、魔力を解放して魔法を使えても、私が見ていた小説や漫画に出て来る「体の中から力が溢れ出して来た」とか、「熱い何かが込み上げて来た!」みたいに、力を感知する事が出来なかった。

 封印を解除したと言っても、常と変わらず。何が変わったのか良く分からない。

 だから、始めは自分の身体に『魔力』と言うものがあるのか本当に疑問だった。まぁ、今こうして魔法が使えるので、『魔力はある』のだろうが……。
 自分が魔法を使えること自体、非現実的過ぎて未だに慣れない。
 めっちゃファンタジーしてんじゃん、自分!
 そんな事を思いながら、左手を空に翳(かざ)す。
「それじゃ、やりますか」
 

 ――闇よ。


 私がそう呟くと、空中で逃げ回っている光の周り一体に、黒い闇が出現した。それはジワジワと空一面を覆い尽くす様に広がっていく。
 頭の中で、闇が光を包むイメージをする。
 すると、イメージ通りに闇が動き始める。
 凄い速さで動き続ける光であったが、広い範囲に広がっている闇が光を一瞬にして包み込んだ。
 それを見た私は、翳していた左手をゆっくりと閉じていく。
 手の動きに合わせて、闇がどんどん収縮していく。そして、包み込んだ光の球と同じ大きさ位にまで縮む。光が暴れているのか、闇色の球がブルブルと揺れていた。
 私はソレから目を離さずに、左手を下に一気に振りおろす。
 すると、空に浮かんでいた丸い闇色の球が凄い勢いで落下して来た。ズドンッと言う音の後に土煙が舞い上がる。
 衝撃で地面が揺れた。少しして煙が引いて行くと、地面にめり込んだモノが見えて来た。
 上半分だけ見えるソレを見た私は、光を包んでいた闇を消した。

「トオルさん、お見事です」

 地面にめり込んだ光を見たリュシーさんがそう言って、終了ですと言った。
 時間にして約3分。まっ、こんなところか。
 私は、ふぅーっと息を吐き出し、少し離れた場所に移動した零に目を向けると――。

「むきぃーっ!! 何で当たんないのよぉ!」

 空を見上げながら、零がイライラしながら怒鳴り散らしていた。
 空中にある10本以上の氷柱が、様々な角度から光を狙うも、光は素早い動きで全ての氷柱をかわしていた。
「フッ……こうなったら……」
 イライラがピークに達したらしい。零はボソッと呟くと――おもむろに両手を空に翳して「これならどうよ!?」と叫ぶ。
「んなっ!?」
 何が起きるんだろうと空を見上げた私は、その後、ぎょっと目を開いた。
 なぜなら――。


 私が空を闇で覆った広さより更に広い範囲を、鋭く尖った何千という数の氷柱が上空に出現したからだ!


 目の前に広がる凄い光景に、絶句する。
 周りにいる騎士さん達なんかも、空を見上げながら固まっていた。
「落ちろぉぉぉぉぉ!!!」
 そう叫びながら、翳していた両手をブンッと下に向かって振り下ろす。
「ちょ、ちょっと、そんな事したら……」
 止める間もなく、空に浮かぶ氷柱が勢いよく落下してくる。

 んぎゃぁぁぁーっ!?

 自分の時とは比べ物にならないくらいの轟音と地面の揺れに、私は度肝を抜かされる。
 悲しいかな、氷柱が落ちて来る範囲に入っていた運の悪い騎士さん達。彼らは「ウギャー」だの「死ぬぅー!」だの「悪魔だ!!」だのと騒ぎながら、必死な形相で逃げまどっていた。
「トオルさん!」
 少し焦った様子のリュシーさんが、飛んでくる石から私を庇う様にして私を抱き込む。
「「………………」」
 ギュッとリュシーさんに庇われる様にして抱かれていたが、暫くしてパラパラと小石が落ちる音がするのと、周りが見えない位に舞っていた土煙がおさまってきたので、リュシーさんの肩からソロッと顔を出して辺りを見回す。
「んな――!?」
 私は、目の前に広がる光景に言葉が出なくなる。
「これはまた……」
 リュシーさんも、目を見開いて驚いていた。
 そんな中――。
「どう? 光を落してやったわ!」
 半径100mはあるだろうか? それほど広い範囲の地面に、鋭く尖った夥しい数の氷柱が突き刺さっている異様な光景。
 それをバックに、腰に両手を当てて踏ん反り返る様にして「どうだ!」と笑う零。
「………………凄いですね。レイさんも終了です」
 かなり長い間があったが、心優しいリュシーさんは、零に凄い凄いと言っていた。
 だけどリュシーさん。笑ってるけど、口元が引き攣ってますよ〜。



「うにゃぁ〜。疲れたぁ……」
「そりゃぁ、あんな大技を使ったら疲れるっしょ?」
 私の右腕に絡まりる零を見ながら、私は苦笑する。  あれから2時間程、違うパターンの攻撃魔法の練習をしていた私達であったが、今は、大きな木の根元に凭れる様にして休憩していた。
 少し離れた所では、リュシーさんが数人の騎士さん達と何やら難しい顔で話しあっていた。

 もしや、荒らした訓練場を綺麗に元に戻せとか言われてる……とか?

「よっ! お疲れさん」
 冷や汗を垂らしながらそんな事を思っていた時、両手に大きな袋を2つずつ持ったジークさんが近づいて来た。
「レイちゃん聞いたよー。すんごい魔法を使ったんだって?」
「えっへへぇ〜♪」
 私と零の前に袋をそれぞれ2つずつ置くと、私の横にジークさんは腰を落とした。
「遅れたけど、漸く完成したよ。これで、トオルが小さくなっても大丈夫だし、レイちゃんが尻尾を生やしても問題が無い!」
「えー本当? ありがとぉージークさん♪♪」
「ありがとうございます。ホント、ご迷惑をお掛けしました」
 私達は大量の洋服が入った袋を見ながら、ジークさんに頭を下げる。
 それを、大した事ないよと言って、手を振るジークさん。
 そんなジークさんを見て、なんっていい人なんだと思う私。
 ルルの魔法薬を食べてチビになってしまった私は、時間は掛かったけど元に戻る事は出来た。
 しかし、薬のある副作用で悩まされていた。
 それは何かと言うと……。


 疲れたり風邪をひいたりなど、体力が著しく低下したりすると――またチビに戻ってしまうのだ!!!


 その事を知った時、かなりショックだった。しかも、もっと困った事にも気付いた。
 家の中で大きさが変わる分には良かったのだが、外に出た時が大変なのだ!
 急にチビになると服がダボダボして歩けなくなるし、子供服を着て外に出ると、元の大きさに戻った時に、服がビリビリに破けて半裸状態になるという事態に陥る。だから、外に出る時は必ず洋服を2着持って歩かなければならなかった。それはとてつもなく面倒な事だった。
 更に、零も薬の副作用があった。
 ルル曰く、「レイさんの体は、魔法薬にとっても馴染み易いみたいでぇ〜」との事。
 まぁ、零の場合は自分の意思で猫耳と尻尾を出したり消したりする事が出来るらしい。それでも、ズボンを穿いたまま尻尾を出すと、お尻に穴が開くので困っていた。
 その事をリュシーさんに話したら、

「それでは、魔法を混ぜて作る、伸び縮みが優れた特殊な服を20着程、ジークに言って作らせましょう」

 と言って、本当にジークさんに作らせたのであった。
 悪いとは思いつつも、「気にすんな。俺、裁縫得意なんだよ」と言ったジークさんのお言葉に甘えて、作ってもらう事にした。
 そして、今日やっと頼んでいた洋服が出来あがったらしい。
「きちんと測って作ったけど、何か気になる所があったら言ってくれ。手直しするから」
 私と零はその言葉に頷きつつ、早く服を着たくてウズウズしていた。
 

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