第5章 ギルド 05

 
「うわっ、何この部屋……汚っ!」
 先にフィードの部屋に入った零の第一声がこれであった。
 眉間に皺を寄せる零の後ろから、ヒョイと部屋の中を覗いた私。視界に広がる光景に、一瞬言葉を忘れる。

「……だから、ちょっと散らかってるって言ったじゃないか」

 部屋の中央で、紙の束を抱えているフィードが口を尖らせる。しかし、その言葉を聞いた零は「はぁ〜? これがちょっとぉ〜!?」と、呆れていた。
 そう、彼の部屋は――分厚い本やら、何かを書きなぐった様な紙やらが、歩く場所が無いんじゃない!? ってぐらい床一面に乱雑に置かれていたのだ。
「……何て言うか、フィードって整理整頓が出来ないんだね」
 物を踏まない様にしながら部屋の中に入る。そして、今日初めて入るフィードの部屋の中をグルリと見回す。
 床も凄い事になっているが、机の上も凄い。国語辞典を3冊合せた様な厚い辞典が積み重なって置かれているし、グチャグチャに丸められた紙クズや少し焦げた様な洋紙などで、机の上がゴチャゴチャな状態に。
 そして、ベッドの上には洗濯して畳まれたままの状態の洋服が、クローゼットの中に入れられる事無く放置されていた。
「……あんた、毎日どこで寝てんのさ」
 私が思っていた事と同じ事を零も思っていたらしい。大量の洋服が重ねられて置かれているベッドを見らがら、零はフィードに聞いた。
「どこって、ベッドだけど?」
「はぁ!? って、あんた……そこの下にある服って、3日前に私が畳んだヤツじゃない! それがここにあるのに、どうやってベッドで寝れんのよ!!」
「どうやってって……こうやって?」
 フィードはそう言うと、ベッドの上にある山の様に重ねられている洋服の束をむんずと掴み、それを壁側にせっせと置いて行く。
 粗方作業をし終わると、
「ここで寝てる」
 ベッドの半分を洋服が占拠。そして、残りの半分――空いたスペースを指さして、フィードは真面目な顔してそう言った。

「「…………………」」

 美少女顔した美少年の、あまりの物臭(ものぐさ)加減に、私達はもう何も言えなかった。
 どっちかって言うと、綺麗好きそうに見えたんだけど……人は見掛けによらないんだな、と、しみじみと思った瞬間であった。



「それじゃあ、召喚魔法と獣人。どっちから知りたい?」
 ベッドの空いたスペースに私と零が座り、私達の向かえに椅子を持って来て座ったフィードがそう聞いて来た。
「あ、はいはいっ! 私、獣人が知りたい!!」
「分かった」
 零の希望で、獣人講義が始まった。


「獣人には、『狼族』と『猫族』と『鳥族』と『兎族』があって、それぞれ強さによって階級があるんだ」
「兎族って……うさぎって事だよね?」
「そうだけど?」
 いっや〜ん。うさぎさんの獣人見てみたぁ〜い♪ と妄想を膨らませる零に、フィードはあえてスルー。
「階級にはそれぞれ、下級の『チェルディル』。中級の『エルゲード』。上級の『イシュディック』。……そして、最上級の『ヴァンデルッタ』がある」
 スラリと細長い足を組み、フィードは話しだす。
「下級の『チェルディル』は、獣姿だが人語を話す事が出来る。魔力は普通の人間より少し高い位だな。気性は穏やかで、群れになって過ごすのを好む。んで、次は『エルゲード』。こいつはチェルディルと同じく獣姿だけど、人間の様に二足歩行で歩き、手を使って武器を持つ事も出来る。魔力は、強大な魔力を有する貴族と同等ぐらい。次に上級の『イシュディック』。こいつは、そうだなぁー……」
 フィードは、一度言葉を区切り、零をジーッと見詰める。
「な、なによ?」
「レイ、ちょっと猫耳と尻尾を出してくれない?」
「猫耳と尻尾?」
「うん」
 零は何をするんだろうと思いながらも、言われた通りにすると――。


「これが、イシュディックの姿だよ」


 フィードは、猫耳と尻尾を出した零の姿を指さしてそう言った。
「えぇー……つまり、イシュディックは部分的に動物の部位がある姿をしているって言う事?」
 白い尻尾をフリフリ動かす零を見つつ、フィードに聞くと、彼はそうだと頷く。
「狼族と猫族、そして兎族のイシュディックは、人間の姿をしているけど、耳と尻尾があるんだ。ちょうど、零の今の姿の様にね。そして、鳥族は背中に大きな翼がある」
 フィードの説明に、私と零はへぇ〜と頷く。
「見た目的に言えば、イシュディックよりエルゲードの方が強く見える。だけど、イシュディックが持つ魔力は王族並み……いや、それ以上の力を持っている奴がいる。――そして、最後に、獣人の中でも最上級の階級を持つ『ヴァンデルッタ』。ヴァンデルッタは、チェルディル、エルゲード、イシュディックよりも数が少なく、滅多に召喚される事も無い。魔力は王族以上あると言われている。姿は、人間とほぼ同じ」
「人間と同じ姿をしているなら、見分けがつかないんじゃないの?」
「確かに、パッと見だけなら分からないんだけど、ヴァンデルッタの瞳は金色なんだ。これは、人間には無い色だから直ぐに分かる」
「……なるほど。大体、獣人については分かったけれど、フィードが召喚しようとしていた獣人の階級って、イシュディック? それとも、ヴァンデルッタ?」
 私が質問すると、フィードはふふんと鼻を鳴らした。
「もちろん、ヴァンデルッタだよ」
 なにやらフィードの話によると、強大な魔力を有している獣人と契約を交わすと、その獣人の魔力を自分の魔力に取り込む事が出来るんだとか。
「獣人と契約をするのは、別に大変な事でもないし、王侯貴族なら、一般的に行なわれている事なんだ。だけど、階級が上に行けばいくほど、召喚するのが難しくなる。……僕は、元々魔力が多いから、イシュディックと契約するよりヴァンデルッタと契約した方が、更に僕の魔力も上がるから、ヴァンデルッタの召喚をしようとしていたんだけど、これがなかなか難しくて……」
「ふぅーん。大変なんだね。……でもさ、獣人って召喚しなきゃ契約ってできないの?」
「ん? そんな事はないよ? 下級の獣人なら、そこら辺に一杯いるし」


「「え゛!? 獣人ってそこら辺にいるの?」」


 身を乗り出す様にして驚きを表す私達に、フィードはちょっとのけ反った。
「そ、そうだけど……。唯、イシュディックやヴァンデルッタなんかは自分の姿を変えて暮らしていたりしているから、見つけにくいんだ。だから、召喚魔法を使って召喚するんだよ」
「「へぇ〜」」
「あっ! そうだ!!」
 声を揃える私達に、フィードが何かを思い出した様に声を上げた。
「うぉっ!? どうしたのさ……」
「そうだった、レイやトールに重要な事を言うのを忘れてた」
「重要な事?」
「そう、獣人はそこら辺に一杯いる。……一杯いるからこそ、気をつけなければならない事がある。それは――」


 名前を付ける事。


 獣人に名前を付ける事によって、契約は完了すると言われた。
「君達なら、そこら辺にいる犬か何かに姿を変えている獣人を拾って来ては、「かわいぃ〜」とか何とか言って、名前を付けそうだからね」
 その言葉に、私達は何とも言えなくなる。
「まぁ、獣人と契約するのは悪い事じゃないからいいんだ……だけど、同性の獣人じゃなく、もし異性の獣人と契約を交わしたなら、ちょっと面倒な事になるんだ」
「……どんな面倒事?」
「ん〜何て言うか、獣人は契約を交わした相手を主――絶対服従者と見做すんだ。これは、人間同士が交わす誓約と似ている。……だけど、獣人が選んだ契約者が異性の場合……何て言うか……」
 何故か口ごもるフィードに私達が不審な眼差しを向けると、彼は1つ息を吐く。
 そして、こう言った。


 独占欲が強くなるんだ。


「……何に対しての?」
「だから、契約者に対しての」
 どうしてその様になるのかは、分からないらしい。だから、そこら辺にいる動物に、気軽に名前を付けて呼んだりしてはいけないと言われた。それが唯の動物なのか、獣人なのか分からないから。

 って、それより独占欲って……。

 不穏な言葉に私達が固まっていると、
「皆さん、ここにいらしたんですね」
 ドアの方に視線を向けると、そこには、デュレインさんが立っていた。
「あ、お帰りなさい。デュレインさん」
 私がそう言うと、デュレインさんは「只今戻りました」と言って頭を下げた。そして、


「こんな汚い部屋で、皆さん何をされていたんですか?」


 部屋の中を見回しながらそう言ったデュレインさんに、フィードの顔が引き攣る。
 確かに本当の事だったので、私達もフォーローのしようが無い。
「そろそろ夕食の時間です。切りの良い所で、居間の方へ降りて来て下さい」
 そう言うと、デュレインさんは怒りでプルプル震えるフィードを軽く無視し、夕食の支度をしに下へ降りて行ってしまった。
「くそっ、皆して人の部屋を見ては汚い汚いって言い過ぎなんだよ」
「あんたねぇ〜。この部屋のどこを見てそう言えるのよ」
「汚いんじゃない、ちょっと散らかってるだけだ!」
「ちょっと〜!?」
「あ〜はいはい、そこら辺でやめときな」
 どうでもいい事で言い争う2人を止める。ホント、疲れる。
「私達を元の世界へ帰す為の魔法陣を探してて忙しいのに、今日はどうもありがとうね、フィード。……さっ、デュレインさんが夕食の支度を1人でしているんだから、手伝わないと」
 そう言って、私はデュレインさんがいる居間に行く様に、2人を部屋から連れ出す。
 部屋を出る間際、

「僕がさっき言った事、忘れないで」

 フィードの言葉に、私達は素直に頷く。
 だって、彼は真剣な目をしてそう言ったのだから。
 

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