「で? 人を急にこんな所に呼び出して、何だって言うのよ」
機嫌が悪いのか、女の人は眉間に皺を寄せてモヒカン君を睨む。
「今、ちょうど新入りが入ってな」
「新入り?」
「あぁ、こいつらだ」
そう言うと、モヒカン君は私と零の背中を軽く押す。
部屋の中央に押される様にして出ていった私達を、金髪美女と麗しい青年が無言で見詰める。
「それでだな」
「ねぇ、ダンカン。部屋を変えて話さない?」
「え? ……あっ! ちょ、ちょっとま――」
モヒカン君――彼の名前はダンカンと言うらしい――の言葉を遮り、金髪美女がそう提案する。ダンカンが何か言う前に、隣にいた青年がぼそぼそと何か呟くと――。
一瞬のうちに、私達は違う場所にいた。
「え?」
目をぱちぱち瞬きして驚いていると、
「おえぇぇぇぇ……っ」
隣で、急に顔を蒼くして蹲るダンカン。
「うおぅ!? だ、大丈夫?」
「急にどうしたのぉ!?」
「ぐっ……っぷ。……だ、大丈……夫だ」
いえ、全然大丈夫には見えません。
吐き気を堪える様に口に手を当てるダンカンの背中を、私と零で撫でていると、
「だっらしが無いわねぇ〜」
右手を腰に当て、首を軽く振る美女がダンカンを見て溜息を吐く。
「お、お前らが急、うぅっぷ……に、転移魔法を……使うからだろうが!」
「あん? 当り前でしょうが。こっちの方が速く移動できるもの」
「俺が転移魔法酔いするって知ってるくせ――」
「まぁ、そんな事は別にどうでもいいんだけどね」
ダンカンの言葉をズバッと遮る。
「…………おい。お前ら、こいつらが、ギルドきっての問題児。ミシェルとロズウェルドだ」
ダンカンは額に青筋を浮かべていたが、グッと拳を握りしめ、1度気持ちを落ち着かせるように「はぁーっ」と息を吐くと、私達にそう言った。
「今日から、お前達のパートナーになる。どちらがパートナーになるかは、お前達が決めろ」
そう言うと、背中を撫でていた私達にお礼を言って、フラフラした足取りで部屋を出ていった。
「全く、だらしが無いんだから」
そんなダンカンを見て、首をゆるゆる振る美女。
「でも、これで誰にも邪魔されずにゆっくりと話す事が出来るわね」
今までいた部屋より少し狭い部屋に、少し小さなテーブルを挟んでソファーに座る私達。
零の前にはミシェルと言う女の人。私の前には、今まで1度も口を開く事が無かったロズウェルドと言う青年が座っていた。
ロズウェルドさんは、男の人なんだけど、何て言うか……髪も長いせいかパッと見、女の人に見えてしまう。
ギィースさんの様に肩幅も広くないし、組んだ足の上に置かれる細い指も、剣を持って戦う彼らの武骨な指とは全く違う。白く透き通るような肌が、彼をとても儚い感じに見せていた。
いわゆる、深窓の令嬢っぽい美青年なのだ。
隣にいる人は、私達をにこにこしながら見詰めている。
少し短いフワフワした金髪に、褐色の肌。意志の強そうな緑の瞳。きゅっと上がった細眉。
私達と同じ様に男の様な服を着用しているが、彼女が男と間違えられる事は無い。
それは――。
細くしなやかな長い脚。キュッとくびれたウエスト。そしてそして、彼女の胸元を強調するドデカイ胸。
『透ちゃん……あの胸すっげぇー』
『メロン。メロンが2つある……』
『あの時のフィードの胸よりデカイね』
自分の胸を見て、彼女の胸を見る。
真っ平らな(ように見える)自分の胸と、彼女のデカイ胸。どうして自分が少年に見られるのかが、分かった気がした。
ガックリと項垂れる。
そんな彼女の胸からジーッと視線が離せない私達に、ミシェルさんが形の良い口を開く。
「それじゃあ、あのモヒカンも言っていた様に、今日から私達2人が君達のパートナーになるんだけど……」
「………………」
「まぁ、先ずは自己紹介ね。――私はミシェル。んで、隣にいるのがロズウェルド」
「………………」
「性別は、私は女。ロズウェルドはこう見えても男」
「………………」
「ロズウェルドは魔法が得意。私は魔法がてんで駄目で、専ら武器――槍を得物として戦うの」
「………………」
とっても大雑把な自己紹介であった。
「ほら、あんたも何か喋んなよ」
ミシェルさんが、隣にいるロズウェルドさんの肩をばしばし叩く。
「…………っ」
彼は、眉間に皺を寄せて嫌そうにミシェルさんを睨むと、スッと私達に視線を向けて、薄い唇を開く。
お、遂に声を聞く事が出来るのか? と思っていたら――。
「げほっ……げーほげほげほっげほごほっ、げほ、げーーっほ……うぐ。ごほっ、ぐぅ、うぅぅぅ……げほ、げーほげほ…………おぇっ」
口を開いた瞬間、盛大な咳をし出した。咳き込み過ぎて、吐きそうになっているし。
「「「………………」」」
えぇーっと?
全員の視線を受けるも、彼は体を折り曲げて、いまだに苦しそうに咳き込んでいる。目尻には涙が。
「……あー。こいつ、虚弱体質なんだわ」
ポリポリ頭を掻くミシェル。
私達は唐突に悟った。
最強最弱な“冷酷な悪魔”――の、『最弱』は、体が虚弱体質って意味での最弱なのだと。
「まっ、こいつの自己紹介は、こいつのパートナーが後で聞けばいっか」
「げほげほ、ごほっ」
「見ての通り、私は左腕が無い。だけど、槍を持ったら誰にも負けない自信があるわ」
彼女の左腕は、肘上から10p――つまり、二の腕から下が無かった。
腕は包帯でぐるぐる巻きにしてある。痛々しく見えるが、かなり昔に負ったものだし、腕の切断面には魔法が施されてあるので痛みは無いそうだ。
「ごほっ、ごほげへ、ぐはっ」
「ま、私の実力は私のパートナーとして仕事をする様になったら直ぐに分かる」
「げほ、げほ、げほごほげほっ」
「それで――」
「げーほ、げほげほげほげほっ……げほっごほっ、おぉぇっ」
「煩せぇよ!」
「ぐふっ!?」
いつまでも咳き込んで止まらないロズウェルドさんの背中を、「軟弱男がぁ!」とキレたミシェルさんがバシッと叩いた。
「ったぁ〜く。――っと言う事で」
ミシェルさんは機敏な動作で立ち上がり、片方しかない右手で零の腕を掴んで立たせる。
「あ、あの……?」
何をするんだと困惑気味の零に、ミシェルさんはニッと笑う。
「君のパートナーは、わ・た・し!」
「え? あ? ちょっと!?」
零を連れ、部屋を出る為にすたすたと扉まで歩きしたミシェルは、クルリと振り向き、
「トール君。君のパートナーは、そいつだから。よろしくぅ〜」
と言って、「ちょっと、離しな……離せよ!」と嫌がる零を連れて出て行ってしまった。
ちょっと、こんな状況で、私1人だけ置いて行かないでよ!
心の中でそう叫ぶも、ミシェルさんも零も居なくなってしまい、部屋の中には私とロズウェルドさんの2人だけ。
どうしようかと思うも、いまだ咳き込むロズウェルドさんが苦しそうだったので――私は立ち上がり、彼の後ろに回って背中を擦ってあげた。
「あの、大丈夫? お水……持ってこようか?」
そう言って、部屋の中をキョロキョロ見回していたら、急にロズウェルドさんに手首を掴まれた。
彼は首を振って水はいらないと意思表示をすると、数回咳をしてからゆっくりと深呼吸をした。
「……すまない」
男性にしては、少し高い声が耳に入って来た。
甘い声――と言ったらいいのだろうか。その声を聞いた瞬間、胸がドキッと鳴った。
「もう大丈夫だから」
そう言って私を下から見上げるロズウェルドさんは、むせ過ぎて涙目になっている。
しかし、その姿を見た私の体はピシッと固まった。
濡れた長い睫毛から覗く青い瞳。薄く開いたピンク色した唇。少し乱れた長い髪が――とっても艶っぽく見えてしまったのだ!
ヤベッ……ドキドキしてきちゃったよ。
不覚にも、咳のし過ぎで涙目になっている男の人を見て綺麗だな、と見惚れた自分に呆れてしまった。
でも――と思う。
なぁーんか、私の周りにいる人達って、綺麗系が多いんだよね。
そう、リュシーさんにしろジークさんにしろ、黒騎士の皆さんは皆、整った顔をしている。デュレインさんやフィード、それに、ゼイファー国黒騎士3人。加えて、騎士訓練場にいる騎士さんだってそうだった。
この世界は顔が整った人しかいないのか? と思ったぐらいだった。
まぁ、商店街や庶民街を歩いていると、そんなことは無いんだと分かったが。
そんなこんなで、もう1度私達は向かい合って座っている。
「えっと、俺の名前はトオルです。あ、呼びずらかったらトールでもいいんで」
自分の名前をまだ名乗っていなかった事を思い出した私は、まず自己紹介をする事にした。
「いや、大丈夫だ」
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
話が続かない。
「えぇっとー……あの、ミシェルさんからロズウェルドさんが俺のパートナーって聞いたんだけど」
「あぁ、仕事が入ったら一緒に行動することになる」
「一緒に? 俺1人で仕事を受ける事は出来ないの?」
「出来ない。もし何かあった時の為に、子供には第1階級の人間が1人付く事になっているんだ」
これは、ギルドの中の決まり事らしい。
「それはそうと、俺達に敬語は使わなくてもいいし、敬称も付けなくてもいい」
そんな事をしたら、周りの人間になめられると言われた。
「わかった」
私は1度姿勢を正し、これからお世話になるロズウェルドに向き直って頭を下げた。
「これからよろしく、ロズウェルド。……ん?」
しかし、頭を上げた私の視界に入った光景は、今までとは少し違っていた。
何か……ロズウェルドを見る高さが違う様な……?
そして、私を見るロズウェルドの目がぎょっと見開らいている。
ま、まさか……!
恐る恐る自分の手を見てみると――久々に見る小さなお手手。
NO〜!?
何で今? 何で今なのさ!? 何でこんな時に縮むんだ自分! と叫びたくなったが、目の前にいるロズウェルドが動いた気配にハッと顔を上げる。
「…………トオル」
「あ、いや、これはぁ〜……そのぉ〜」
こんな風になるなら、ギルドに入れる事は出来ない。――と言われるのかと、背中に冷や汗が流れる。
「………………」
「………………」
何を言われるんだと身構えていると――。
「…………久々に見るとヤバいな」
小さな呟きだったから聞こえなかったけれども、ロズウェルドは私の前に片膝を着いて頭を撫でて来た。
「こちらこそ宜しく、トオル」
それは、本当に優しい声だった。
目を細めて笑う彼の、どこが“冷酷な悪魔”なのだろう。とても優しく穏やかな青年だ。
「あの……俺、こんな風になっちゃうのに、本当にいいの?」
「その姿のままでも、魔法は使えるんだろ?」
「うん」
「じゃあ、問題無い」
うむ。と1度頷いて私の頭から手を離すと、ロズウェルドは私の両脇に手を入れて抱き上げた。
「うわぁ?」
急に視線の高さが上がったのと、グラついた態勢に慌てて目の前にある首に手を回す。
「俺がトオルのパートナーになった事を、今からギルドの最高責任者に報告しに行く。魔法で移動するから、しっかり掴まってて」
「う、うん」
首に回した腕にギュッと力を入れる。
ん? 何か、前もこういった場面があった様な……?
彼の首元に顔を埋めてそんな事を思っていた時――フワッと香水の様な甘い香りが鼻を擽った。
うわぁ……いい匂い。
目を閉じてその匂いが何なのかと思っていたら、背中をポンポンと叩かれた。
「準備はいいか?」
「大丈夫」
虚弱体質な彼は、思った通り体が細かった。だけど、私を抱く腕は力強かった。
「行くぞ」
耳元で聞こえた彼の声を聞いた次の瞬間、私達はまた違う部屋に移動していた。