第5章 ギルド 08

 
「ろ、ろ、ろ、ロズウェルドさん!? どうしたんですか、その子供はぁ〜!?」
 急に変わった視界。目が慣れずに瞬きをしていると、甲高い女の子の声が聞こえて来た。
 ある意味悲鳴に近い。
 ん? と思って声がした方に顔を向けると――。
 色々な書類が積まれた大きな机に、埋もれる様にして座る女の子がいた。
 緑色の髪を左右に分けて編み込み、まあるい眼鏡を掛けた可愛らしい少女は、口をポカーンと開けて私達――主にロズウェルドを凝視していた。
 そんな少女の頭を、ロズウェルドはパシッと叩(はた)いた。
「煩いチィッティ」
「うぅ〜……酷いですぅ。ロズウェルドさん」
「チィッティ。俺にパートナーが出来た。名をトオルと言う」
 両手で頭を押さえて口を尖らせる女の子――チィッティちゃんを無視して、ロズウェルドは私を抱き上げたままチィッティちゃんに紹介をする。
 そして、チィッティちゃんを指で指して、「こいつがギルドの最高責任者だ」と教えてくれた。
 えぇ? こんな小さな子が!? 
 見た感じ、ルル達より年下に見える。
 チィッティちゃんは驚いている私を見て、眼鏡をクイッと人差し指で押し上げながらマジマジと――。


「え? ロズウェルドさん……もしかして、ロリコ――痛っ!?」


 ロズウェルドはもう1度頭を叩いた。今度は少し強めに。
「だから、痛いですってぇ!」
「パートナーだと言っただろ」
 眉間に皺を寄せるロズウェルドに、チィッティはもう1度私を見る。
「ロズウェルドさんが来る前に、ミシェルさんがいらっしゃったんですよ。彼女も、レイと言う名の男の子をパートナーにしたいと言っていました。レイ君は、すーんごい魔力を持った方だと、ダンカンから聞いたので了承したのですが……」
 そう言って1つ呼吸を吸ってから――。
「こんな小さな子をギルドに入れる事は、出来ません」
 ハッキリと言われてしまった。

 あぁ、やっぱり……。

 ロズウェルドの首に回した腕に、ギュッと力が入った。
 やっぱり……この小ささでは駄目なのか?
 ニート、脱出できず。
 何も言えずに俯いていると――。


 慰められる様に、ゆっくりと背中を撫でられた。


 え? と思って、背中を撫でている人物――ロズウェルドを見上げると、彼はチィッティを静かに見ていた。
「チィッティ。俺がギルドに入る時に交わした条件を、覚えているか?」
「え? えぇ、覚えていますが……」
 急に何を言うんだ? と首を傾げるチィッティ。が、直ぐに「もしかして…」と大きな目を更に大きく見開く。
「このコがぁ?」
「そうだ」
「うっそぉ〜!?」
 まるで、ムンクの叫びの様に頬に手を当てて驚くチィッティ。
 私は、2人が何の話をしているのか皆目見当もつかず、ただただ黙って聞いているしか出来ないでいた。
「そ、それならしょうがないですね。……ここへ入って頂く時に交わした条件ですからね」
 チィッティは肩を竦める様にしてから、1つ息を吐く。
「でもでも、こんな小さな子供に仕事がこなせると?」
「トオルは見た目通りの子供じゃない」
「え? そうなんですかぁ?」
 首を傾げて聞いて来る女の子に、私はコクンと頷く。
「えっと……俺、こう見えても24歳なんだ。以前、小さくなる魔法薬を誤って食べちゃって……その副作用で、時たまこんな姿に変わっちゃうんだよね」
「あらぁ、まぁ〜」
 大変でしたのね。と同情する様な眼差しを送られ、私はハハハと渇いた笑いを溢した。


「ふむ。では、トール君は小さな姿に変わっても、魔法は変わらず使えるのですね?」
「使えます」
 私がハッキリそう答えると、チィッティちゃんは「うむ。それならよろしぃ」と大仰に頷いた。
「ではトール君。――ようこそギルドへ!!」
 そう言うと、どこから取り出したのか――片手にクラッカーを3つ持って、空いた手でクラッカーの紐を引き、パンパンパァーンッ!と鳴らした。
「「………………」」
 ハラハラと、私とロズウェルドの周りを色とりどりの紙が舞い散る。
「第1階級に属するロズウェルド・オルデイロ。……貴方は、貴方のなすべき事をなさって下さい」
「あぁ。言われなくてもそうする」
「クスクス。頑張って下さい」
 チィッティとロズウェルド。2人で何やら頷き合って納得したもよう。意味が分からない。
 あぁ……何か分からないけど、ギルドに入れるのね、私。と、頭に紙をくっ付けながらそんな事を思いつつ、2人をボーッと眺めていると、
「それでは、2人には早速明日から仕事の依頼を入れたいと思います」
「明日からか……どんな依頼内容だ?」
「そうですねぇ。まずは……宝石商の護衛……なんてどうでしょう?」
 ごそごそと机の上にある紙束の中から1枚の紙を引き抜いて、ロズウェルドに渡す。
「他には?」
「今の所それが妥当かと……それに、先程ミシェルさんとレイ君にも同じような仕事を依頼しました」
「え? じゃあ、今回は零とも一緒に仕事を出来るって事?」
「えぇ。聞いた話によると、トール君とレイ君は御兄弟なんだとか。それでしたら、初めてのお仕事は一緒の方が安心でしょう?」
 そう言ってニッコリ笑うチィッティに、私はありがとうと頭を下げた。

「あの、それで、レイとミシェルさ……ミシェルは今どこへ?」
 無事、ギルドに就職出来た私は、零がどこに行ったのか気になって聞いた。
「あぁ、ミシェルさんがレイ君を皆に顔合わせさせるとか言って、下に降りて行きましたよ?」
 トール君達も下に行って、ここの皆さんと顔合わせをしてみては? との言葉に、私達は又ロズウェルドの転移魔法で移動する事になった。



 私達が転移した部屋の中は、お祭り騒ぎの様にわいわい騒いでいたのだが――私とロズウェルドが現れた瞬間、今までの騒ぎが嘘の様にピタリと静かになった。
 シーーーーン。
 異常なほどの静けさが、逆に怖い。
 え? 急に何で? と思っていたら、
「あ、透ちゃん。おチビちゃんになっちゃったの?」
 少し離れた場所にある人だかりの中から、零がぴょこんと顔を出した。
 そして、その隣にはミシェルが立っていた。彼女の手には大きなジョッキがある。
「何をしているんだ?」
 私を抱き抱えたまま、ロズウェルドは零達の元に歩いて行く。
 ロズウェルドが歩き出すと、零達を取り囲んでいた男達はササーッと横に分かれた。皆、変な物でも見ている様な顔をしてロズウェルドを見ていた。
 そんな周りの反応を気にするわけでもなく、ロズウェルドはミシェルの隣に立つ。
「あぁ、こいつらがギルドに入った祝いにと、レイに酒を奢るとか言い出したんだが……それが何故か今では飲み比べになっているんだ。――それより、何でトール君ちっちゃくなってんの?」
 目をぱちぱちさせて聞いて来るミシェルに、零が状況説明をすると、ぶっはぁー! と笑われてしまった。
「ぐふふっ。そ、それは災難だったね。いや、でも、こんなゴッツイ男共の中に可愛らしい子供がいると、目の保養になるよ」
 そう言って、ミシェルは私の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「触るな」
「いいじゃないのさ、ケチ」
 撫で続けるミシェルの手を払ったロズウェルドに、ミシェルは口を尖らせる。
「でも、2人でここに来たっていう事は、チィッティが認めたっていう事だね」
「あぁ」
「ふふふ。まぁ、私達がここに入る時に交わした条件でもあるからね」
 そう言うと、ミシェルは部屋の中にいる全員に聞こえる様に声を出す。
「皆、良く聞きなっ! 今日からこのギルドに入るトールだ。第1階級のロズウェルドがパートナーに付く。この子は訳あって体が小さくなっちまうみたいだが……もし、この子やレイに変なちょっかいを出そうものなら――どうなるか、分かるわよね?」
 最後の部分をドスの効いた低い声で喋ると、部屋の中にいた人間のほとんどが、首振り人形よろしくぶんぶんと縦に振り続けた。
 それを見たミシェルは、分かればよろしい。と言って大仰に頷く。
 そんな時――。
「ぐへぇ〜。も、もう駄目だ……」
 零と飲み比べをしていた男が床に倒れた。
 私が床に目を向けると、顔を真っ赤にした男が大の字に倒れ伏していた。
「えぇ〜、たったこれだけで?」
 零が小さなグラスに入った茶色い液体をグイッと飲み干す。
「ぷはぁー! ちょっと度数が高いけど、まだ6杯だよ?」
 空いたグラスをテーブルの上にコトンと置き、頬づえをつきながら「だらしがないなぁー」と倒れた男を見る零。
 テーブルの上を見ると、空になった小さなグラスが零の前に6個。相手の席に6個置かれており、その中心に、零が先程飲んだ茶色い液体が入ったボトルが3本置かれていた。
「……おい。もしかして、ダンサルガムドで飲み比べていたのか?」
 私と同じくテーブルの上を見ていたロズウェルドが、口元を引き攣らせながらミシェルに確認を取る。
 その言葉を、ミシェルは「そうよ? あの酒を飲んで、まだ素面(しらふ)なんだから、凄いわよね」と豪快に笑う。
「まだ飲み足りなぁーい。ねぇ、次、誰かいないの?」
「零。その辺にしとけば?」
 きょろきょろと辺りを見渡しながらそんな事を言う零に、私はそう注意したのだが、
「だぁーってぇ! 久々のお酒なんだよ? こっちに来てからずぅーっと飲めなくて、ここに来て漸く飲めたのに、それがたったの6杯って有り得ないよ!」
 ブチブチ言いながら、テーブルの中央に置かれているボトルを掴み、自分でグラスに茶色いお酒を注いでグビッと飲む。
 そんな零を見ながら、私は溜息を吐いた。
 零の言いたい事は私も凄ーく分かる。何故なら――。


 私も零が飲んでるお酒を飲みたい位、お酒が大好きだから。


 そう、地球にいた時は毎日酒を飲んでいた私。家系的にも酒に強い体質らしく、どんなに飲んでもべろんべろんに酔っ払う事は無く、二日酔いになった事も無い。ザル――つまり、蟒蛇(うわばみ)なのだ。
 こっちの世界に来てから、禁酒よろしくお茶と新鮮な果物を絞ったフルーツジュースしか口にした事が無い。
 リュシーさん達は私達を大人と認識はしているのだが、見た目子供の私達にお酒を出す事は1度も無かった。
 他人様に衣食住+金銭面でもお世話になっているのに、まさか「酒が飲みたい」など言えるはずも無く、今まで酒断ちをして来た。
 正直、今の零を見ているのは目に毒なのだ。

 あぁ、お酒が飲みたい。

 私は、顔の横にあるロズウェルドの青い髪をクイクイと引っ張る。
「ロズウェルド。俺も飲みたい」
「あぁ、悪い。喉が渇いたんだな。今ジュースを――」
「違う!」

 ジュースはもういらん! 私は酒が飲みたいんじゃ!!

「違う? じゃあ、水か?」
 全然違うと首を振り、テーブルの上に置いてあるボトルを指さし、「アレ」と一言。
「…………トオル。あれは、ダンサルガムドと言って、酒の濃度がかなり高い。酒に強い男でも直ぐに目を回す代物としても有名なんだ」
 だから止めておけと言う言葉に、いやいやと首を振る。
「飲みたい」
「駄目」
「ちょっとだけでも」
「だーめっ」
「せめて、一口」
「……トオル。元の姿ならともかく、こんな小さな子供になっているのに、強い酒なんて飲ませられるはずが無いだろう」
 その言葉にグッと詰まる。
「でもでも、ずぅーっとお酒が飲めなかったから、飲みたいんだよぅ」
「………………」
「お願い、ロズウェルド」
 ロズウェルドの首にギューッとしがみ付き、お酒を飲みたいと懇願。
 ぐりぐりと顔を擦り付けていると――。


「…………………………本当に、ちょっとだけだぞ?」


 はぁーっと溜息を吐くロズウェルドの首筋に顔を埋め、私は心の中でウケケケッと笑いながらガッツポーズ。
 リュシーさんやジークさん、それにハーシェルといった大人達は、私が演じる子供の仕草に弱いと言う事を学んでいる。
 どうやら、それはロズウェルドにも効くらしい。
 私的にそんな事をするのは恥でしかないのだが、ここは臨機応変に。酒を飲む為なら、恥をも捨てる。
 大成功と心の中でほくそ笑む私を、ロズウェルドは零の隣の椅子にストンと座らせると、
「本当に、ちょっとだけだぞ」
 と言って離れた。

 今がチャーンス!

 この隙を見逃す私では無い。
「防げ」
 私は、テーブルの周りに結界を張った。これで、誰にも邪魔されずにお酒を飲める。
「なっ!? ――トオル!」
 結界を見たロズウェルドは一瞬驚いたようだが、直ぐに持ち直して結界を解こうとこちらに手を向ける。
 どうやら、私の考えが分かったらしい。
 パキンッと言う音と共に、結界にヒビが入ったのを見て私は「ゲッ」と呻く。
 子供の姿でも魔法は使えるのだが、どうも、元の姿の時より力が出ないのだ。
 ヤバイ。どうしよう。このままじゃ、1口も酒を飲む事無くロズウェルドに捕獲されてしまう!
 そんなの嫌だーっと思っていると、
「二重の盾」
 零の澄んだ声が聞こえた。そして、私達の周りに新たな――強力な結界が張られていた。
「さっ、透ちゃん、これで誰にも邪魔されずに飲めるよ♪」
 目の前で天使が微笑んでいた。
「うわぁ〜い! ありがとう、零!!」
「透ちゃんの為ならなんのその」
 そして、結界の中で「かんぱぁ〜い♪♪」と2人の宴会が始まったのであった。



 結界の中でキャッキャと酒を飲み続ける2人を眺めながら、ロズウェルドは溜息を吐いていた。
「……やられた」
「クスクス。トール君もなかなかやるわね」
「笑い事じゃない。あの酒をあんなペースで飲んで……絶対潰れるぞ」
「まぁ、その時は私達があの子達の家まで送って行ってあげればいいじゃない」
「だが……」
 眉間に皺を寄せ、私を見詰めるロズウェルドにミシェルは過保護過ぎだと言った。
「あんたの気持も分からなくはないけど、トール君は大人なんだから、大丈夫よ」
 そう言いながら、ミシェルが宴会を初めている2人に目を向けると――。
「うわ、メッチャ美味いこの酒。少し辛いけど、後に残らない感じがいいねぇ」
「うん。あっちでは飲んだ事が無い味だけど、イケるね!」
 テーブルの上には、既に空になった3本のボトルの他に数種類のボトルが置かれていた。
「あ、このお酒、何だか日本酒の味と似てる」
「えーホント? こっちのお酒はグレープフルーツサワーの味がする。 あ、あそこの棚にある奴はどういった味がするのかな」
 零がそう言うと、何も持っていなかった手に、急に細長いボトルが現れた。
 どうやら、結界の中から魔法を使って棚に置いてある酒を持って来ているらしい。
 現に、初めはダンサルガムドが入った酒のボトルが3本だったのに、今では空のボトルが6本倒れて置かれていた。
「…………おい、何が大丈夫なんだ?」
 ロズウェルドの低い声に、ミシェルは「あれ?」と首を傾げた。
 零よりしっかりしている様に見えた私なら、大丈夫だと思ったのだそうだ。どうやら、誤りらしい。
「うぅーん。トール君なら、飲みすぎるレイを止めてくれると思ったんだけど」
「一緒にガバガバ飲んでいるじゃないか」
「そうね。あんなに強い酒を飲んで、まだ素面でいられるなんて……あの子達、どんな強靭な肝臓を持ってんだろうね?」
 でも、とミシェルは腰に手を当てた。
「そろそろ止めた方がいいわね」
 そう言うと、近くに置いてあったボトルの封を切る。懐から紙包みを取り出すと、器用に片手で紙包みを開いて、中にある粉をボトルにサラサラと流した。
 それを軽くシェイクし、レイ達の方に持っていく。
「レイ。これ、私のお勧めの酒よ」
 結界をボトルの底でコンコンと叩いた。
「ありがとう、ミシェル」
 零はボトルを魔法で手元に引き寄せると、自分と私の空いたグラスに注いだ。そして「もう1度、かんぱぁ〜い」と言い合いグビッと飲む。
 ぷはぁ〜っと息を吐き、次に2人はテーブルにバタリと突っ伏した。そして、結界も消える。


「ちょろいな」


 ミシェルはくぅーっと寝息を立てる零の側に近寄ると、「よっこらせ」と言って片腕で零を抱き上げ、
「強力な催眠剤を入れたから、明日の朝まで寝ているよ。明日の仕事には支障はない」
 同じく寝ている私を抱き上げたロズウェルドにそう言った。
「分かった。それじゃあ、まず家に……いや、リュシーナの所へ行く」
「あん? リュシーナの所? 何でまた」
「あいつに、トオルが酒を飲みたいと言っても飲ませるなと言う為に」
「それは、ちょっと可哀想じゃないか?」
「子供の躾は、保護者がきちんとしなければいけないだろう?」
「…………まぁ、トール君の今の保護者はお前だから、私は何も言わんよ」
 どうやらご立腹らしい。
 ミシェルは、私の顔をつつきがら、ご愁傷さまと苦笑した。



 リュシーナか……そう言えば、あいつらと会うのも久々だな。

 自分とミシェルの周りに転移魔法の魔法陣を発動させながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
「零。その日本酒とってぇ」
 胸元で小さくなって寝ているトオルが、寝言を呟いた。
 夢でも酒を飲んでいるのかと苦笑する。
 明日起きて、禁酒令が出たと聞いたらどんな顔をするのだろう。
 また、自分にギュッと抱き付いて甘えるのだろうか? その時自分は、毅然と「駄目」と言えるだろうか?

 …………自信が無いな。

 お酒飲みたいよぉ。と自分に抱き付くトオルに、しょうがないな。と言って許している自分の姿が直ぐに想像できた。
 フッと遠い目をしていたら視界が変わり――黒い騎士服を着た数人の黒騎士達が、急に現れた俺達を驚いた表情で見詰めていた。
 久しく見る顔ぶれだった。
 

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