太陽の光さえ届かない、深く暗い洞窟の中。
その洞窟の最奥に、2匹の黒い狼が体を重ねる様にして寝ていた。
1匹は、犬で言うと中型犬程の大きさであろうか。しかし、その身体の至る所に、何か鋭利な物で引き裂かれたかの様な傷がある。
元は目が引く様な艶があった綺麗な黒毛も、今では血で体にベッタリと張り付き、その様は痛々しいものであった。
傷を負った狼を自分の体に包むようにして横たわる狼は、体長が3mはあるのではないかと思えるほど、大きな体躯をしていた。
ぐったりとしている狼の顔を、労わる様にペロペロと舐めていた黒狼であったが、ふと、洞窟の入り口の方へと顔を向ける。
目を細め、外へと繋がる入口の方をジッと見詰める。
――ど、う……したの?
視線を洞窟の入り口から胸元へと向けると、己の『半身』が、不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
『半身』は傷を負い過ぎたせいか、直接こちらの頭に思念を送って話しかけて来る。
――な、にか……聞こえた、んでしょう?
「いや、何でも無い」
確かに、ほんの一瞬であったが、懐かしき人の声が聞こえた様な気がした。
何度も何度も会いたいと思い続けた、恋焦がれし人。
己に名を与え、『半身』でさえ知らない“真名”を教えた――我が主。
会いたいが為に、己が生み出した幻聴だろうと思った。
そして、傷ついた『半身』の体が冷えない様に体を包み込んでやろうと、体を丸めようとした時に“それ”は聞こえた。
怖い。もう、いやだ……。
バッと立ち上がり、傷ついた『半身』が呼び止めるのも聞かずに、目にも止まらぬ速さで洞窟の外へと飛び出した。
外へ出ると、目を閉じ、意識と魔力を声が聞こえた方へと向ける。
…………そこかっ!
直ぐに己が敬愛する主を見つける事が出来た。
しかし、その主を見つけられた喜びは直ぐに壊された。
何故なら、主の肩に、ナイフが深々と刺さっていたのだから。
ぐるるぅぅぅっと唸り声を発し、主を傷つけた相手を探そうとしたその時――叫び声が聞こえた。
助けてっ!!!
黒狼はその呼びかけに答える様に、己の魔力を放つ。
主を傷つける者から守る様に――しかし、真綿に包み込むようにゆっくりと優しく。
全てを己が魔力で包み込み、一時的に主を保護したはいいが――むむむ……と悩んだ。
そう、まだ主と会うには時期が早すぎるのだ。主自身が、己を見つけ出してくれなければならない。
さて、どうしたものやら……と悩んでいると――。
ここにずっと1人でいるのは、嫌だなぁ。
ブツブツ何やら呟いていた主が、そんな事を呑気に言ったので――。
それじゃあ……と、主をとある人物の前に運んであげた。
まぁ、主の顔を見れた嬉しさで、魔力の操作を誤ってちょっと落としてしまったが……。
「あの女の元なら、主も大丈夫だろう」
そう呟くと、洞窟の奥で待つ『半身』の元へと踵を返した。
洞窟の外へ走り出した時とは違い、テクテクと歩いて戻って来ると、『半身』が思念で語りかけて来る。
――ねぇ、もしかして……。
「あぁ、主だった」
――ホント!?
『半身』が思念でキャーっと喜び叫び、尻尾がぱたぱたと忙しなく上下に動く。
――それじゃあ、私の主様も来てるわね!
頭の中で叫ばれ、キーンと痛む頭をブルブルと振りつつ、「そうだな」と言った。
「後、もう少しの辛抱だ。そうすれば、主達がその傷を直してくれる」
――私、頑張って待つわっ!!
今まで思念で喋るのも億劫そうだった『半身』のこの変わりように、苦笑した。
そして、また『半身』を包み込むようにして体を横たえる。
主……俺は、早く貴女に逢いたい。