依頼主達に漸く追い付いて来た頃――。
前を見詰めていたトーニャが、「あ、襲われてる」と呑気に言った。
あまりにも軽〜く言われたので、言われた内容が脳に浸透するまで数秒掛かった。
依頼主達がいる前方を見て、トーニャを見る。それを2、3度繰り返す。
未だにトーニャは焦った様子を見せない。それどころか、くわっと大きな欠伸をしやがった。
「って、襲われてたらヤバいじゃん!?」
私はそう叫ぶと、後ろで伸びているロズウェルドに駆け寄った。
「ロズウェルド! 護衛対象が襲われてるんだ。このままだと、殺されちゃうかも! どうしたらいい!?」
漸く追い付いて来たとはいえ、まだまだ距離がある。
荷馬車でガタゴト揺られながら、チマチマした速さで行っては間に合わない。
盗賊に襲われえて唯で済むはずが無い。最悪、殺されてしまうかもしれない!
焦燥感を持って彼に言ったのだが、
「……その前に……俺が、死ぬ……」
両手で口を押さえ、顔面蒼白でそう言ったロズウェルド。
こ〜の軟弱者めがっ!!
私は使えないロズウェルドからさっさと視線を離し、近くにいるミシェルに目を向ける。
しかし――。
ミシェルは思いっきり爆睡していた。
零が肩を掴んでガクガク揺さぶっても、大声を出しても、全く起きる気配が無い。
それどころか、右手で脇腹をポリポリと掻いて、ゴロリと横を向いてしまった。
どっかのオヤジかよ!?
「透ちゃんより寝起きが悪い奴なんて、初めてだわ」
ミシェルを起こすのを諦めた零がそう呟いた。
「……もういいよ」
私は、そんな頼りにならない保護者(パートナー)2人を冷めた目で見てから、ふぅーっと息を吐いた。
この緊急事態に使えん奴らだ。
零の右手を掴んで立ち上がらせてから御者台の方へ移動し、トーニャの顔をチラリと見る。
襲われていると言っていたが、彼が焦った様子を見せていないので、多分、そんなに緊迫した状況にまでにはなってはいないのだろう。
だけど、と透は思う。
自分の指に嵌められた指輪を見た。
『この指輪は、依頼主からの信頼の証ですからぁ』
ギルドを出る前、チッティちゃんがそんな事を言っていたのを思い出した。
前金として贈られた指輪。
だが、『宝石』や『装飾品』などを『前金』として贈ると言う事は――。
“貴方を信頼します”
そういう意味だとチッティちゃんが教えてくれた。
私達を信頼してこの指輪を贈ってくれた人は、今、あの場所でどう思っているのだろうか。
私は目を閉じ、何回か深呼吸をしてからゆっくりと目を開ける。
「零。危ないかもしれないけど……一緒に来て」
『来てくれる?』ではなく、『来て』と私は言った。
普通だったら、危ない目に遭わせない様に、ここで待っていてと言うのだろうが、そんな事は言わない。
守ってあげたくなる様な可愛い見た目に反して、闘争心も強く、高い攻撃力を持っている零。
1人で行くより、零がいた方が絶対頼りになる。
そんな気持ちで、前方を見詰めながら隣にいる零にそう聞くと、
「もち、一緒に行くよ!」
輝く笑顔付きで力強く頷いてくれた。
「ありがと」と言って零の頭を撫でてから、私はトーニャにこそっと耳打ちした。
「トーニャ」
「何だ?」
「後ろの2人、全然役に立たないから、俺と零の2人だけで先に助けに行く」
「お前達だけで?」
「うん。あ、でも、心配無いよ。魔法使えるし、俺達こう見えて、格闘もかなり強いんだぜ」
にっと笑ってそう言うと、トーニャは一瞬悩んだ様だが、直ぐに頷いた。
「まぁ、詠唱も無しに魔法を使えるお前らなら大丈夫だろう」
そう言うと、なるべく早く行く様にするから、無茶はするなと言われた。
「「はぁーい」」
許可が下りたので、私は零の手をギュッと掴んで前方に意識を集中する。
「それじゃ、行きますか!」
「透ちゃん、どうやって?」
「まぁ、見てなって」
私が今から行なおうとしている事、それは――。
転移魔法だ。
昨夜は、転移したい場所を特定せず、無闇に転移した結果――湖の中に落ちたり、大量の魔力を消費すると言う失敗をした。
今回は、そんな事が起きない様に転移先の場所を見詰める。そして、指輪にも思いを向けた。
この指輪の贈り主の元へ――。
そう呟きながら右手を前方に翳した瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
「うひょ?」
ロズウェルドの様に、スムーズに視界が変わらないのは……まぁ、これはしょうがない。経験の差ってやつだ。
零の変な声と、後ろからロズウェルドの焦った声が聞こえたが、それは直ぐに聞こえなくなった。
歪んだ視界が一気にクリアになると――。
高級そうな衣服に身を包んだ数人の人間が、縄でグルグル巻きにされて地面に転がされていた。多分、依頼主達だろう。
それを、剣を持った強面の盗賊達が10人程、彼らを取り囲むようにしてぐるりと囲っていた。
そんな中、
「…………あのさ、透ちゃん」
「……何でしょう」
「流石に、この展開はどうかと思うよ?」
「…………………………」
さてさて、私達が転移した先は――。
依頼主を取り囲む盗賊達のど真ん中に、私と零は立っていた。
やっちまった…………。
少し離れた場所に転移して、盗賊達の不意をついて奇襲する。と、いう流れを考えていたのだが……。
転移は成功。でも転移する場所に失敗。
はぁ〜っと溜息を吐きながら、ふと、視線を足元向けると――そこには、ミノムシの様に足元に転がる人達が数人。
急に現れた私達を、ポッカーンとした顔で見上げている。
その中の1人――癖っ毛なのか何なのか、ピョンピョン飛び跳ねているピンク色の髪の毛を持った少年が、息を飲んで私達を見ていた。
正確には、私達の指に嵌められた指輪を。
もしかして、この少年が依頼主? と思って少年の方に体を向けようとしたその時、
「おい、お前ぇら一体なにもんだ!」
盗賊のリーダーっぽい人間が声を張り上げた。
酒の飲み過ぎで喉が潰れているのか、凄い濁声だった。
「この人達の護衛者」
問いに零が簡潔に答えると、一瞬間があり、次にドッと周りを取り囲んでいた盗賊達が笑いだした。
「何だよ何だよ、ウェーゼン国内で名高い宝石商――『アーガルディアーノ』は、こぉ〜んなガキしか雇えないのかよ!」
「やっぱ、新頭取は無能だって話は本当だったんだな」
「違いねぇ!」
盗賊達のその言葉に、ピンクの髪した少年は唇をギュッと噛んだ。
「くっははは。あー腹がいてぇ〜。それにしても、聞いたか? あのガキ共が『護衛者』だってよ」
人の事を見て笑い続ける奴らに、私と零の機嫌は一気に急降下。
しかし……これに似た場面がつい最近もあった様な……??
つーか、人を指さして笑うな!!
強度があるとは言えない堪忍袋の緒がプツリと切れた。