第6章 黒狼 04

 
 依頼主達に漸く追い付いて来た頃――。

 前を見詰めていたトーニャが、「あ、襲われてる」と呑気に言った。
 あまりにも軽〜く言われたので、言われた内容が脳に浸透するまで数秒掛かった。
 依頼主達がいる前方を見て、トーニャを見る。それを2、3度繰り返す。
 未だにトーニャは焦った様子を見せない。それどころか、くわっと大きな欠伸をしやがった。
「って、襲われてたらヤバいじゃん!?」
 私はそう叫ぶと、後ろで伸びているロズウェルドに駆け寄った。
「ロズウェルド! 護衛対象が襲われてるんだ。このままだと、殺されちゃうかも! どうしたらいい!?」
 漸く追い付いて来たとはいえ、まだまだ距離がある。
 荷馬車でガタゴト揺られながら、チマチマした速さで行っては間に合わない。
 盗賊に襲われえて唯で済むはずが無い。最悪、殺されてしまうかもしれない!
 焦燥感を持って彼に言ったのだが、

「……その前に……俺が、死ぬ……」

 両手で口を押さえ、顔面蒼白でそう言ったロズウェルド。


 こ〜の軟弱者めがっ!!


 私は使えないロズウェルドからさっさと視線を離し、近くにいるミシェルに目を向ける。
 しかし――。
 ミシェルは思いっきり爆睡していた。
 零が肩を掴んでガクガク揺さぶっても、大声を出しても、全く起きる気配が無い。
 それどころか、右手で脇腹をポリポリと掻いて、ゴロリと横を向いてしまった。
 どっかのオヤジかよ!?
「透ちゃんより寝起きが悪い奴なんて、初めてだわ」
 ミシェルを起こすのを諦めた零がそう呟いた。
「……もういいよ」
 私は、そんな頼りにならない保護者(パートナー)2人を冷めた目で見てから、ふぅーっと息を吐いた。
 この緊急事態に使えん奴らだ。
 零の右手を掴んで立ち上がらせてから御者台の方へ移動し、トーニャの顔をチラリと見る。
 襲われていると言っていたが、彼が焦った様子を見せていないので、多分、そんなに緊迫した状況にまでにはなってはいないのだろう。
 だけど、と透は思う。
 自分の指に嵌められた指輪を見た。

『この指輪は、依頼主からの信頼の証ですからぁ』

 ギルドを出る前、チッティちゃんがそんな事を言っていたのを思い出した。
 前金として贈られた指輪。
 だが、『宝石』や『装飾品』などを『前金』として贈ると言う事は――。


“貴方を信頼します”


 そういう意味だとチッティちゃんが教えてくれた。
 私達を信頼してこの指輪を贈ってくれた人は、今、あの場所でどう思っているのだろうか。
 私は目を閉じ、何回か深呼吸をしてからゆっくりと目を開ける。
「零。危ないかもしれないけど……一緒に来て」
『来てくれる?』ではなく、『来て』と私は言った。
 普通だったら、危ない目に遭わせない様に、ここで待っていてと言うのだろうが、そんな事は言わない。
 守ってあげたくなる様な可愛い見た目に反して、闘争心も強く、高い攻撃力を持っている零。
 1人で行くより、零がいた方が絶対頼りになる。
 そんな気持ちで、前方を見詰めながら隣にいる零にそう聞くと、
「もち、一緒に行くよ!」
 輝く笑顔付きで力強く頷いてくれた。
「ありがと」と言って零の頭を撫でてから、私はトーニャにこそっと耳打ちした。
「トーニャ」
「何だ?」
「後ろの2人、全然役に立たないから、俺と零の2人だけで先に助けに行く」
「お前達だけで?」
「うん。あ、でも、心配無いよ。魔法使えるし、俺達こう見えて、格闘もかなり強いんだぜ」
 にっと笑ってそう言うと、トーニャは一瞬悩んだ様だが、直ぐに頷いた。
「まぁ、詠唱も無しに魔法を使えるお前らなら大丈夫だろう」
 そう言うと、なるべく早く行く様にするから、無茶はするなと言われた。
「「はぁーい」」
 許可が下りたので、私は零の手をギュッと掴んで前方に意識を集中する。
「それじゃ、行きますか!」
「透ちゃん、どうやって?」
「まぁ、見てなって」
 私が今から行なおうとしている事、それは――。

 転移魔法だ。

 昨夜は、転移したい場所を特定せず、無闇に転移した結果――湖の中に落ちたり、大量の魔力を消費すると言う失敗をした。
 今回は、そんな事が起きない様に転移先の場所を見詰める。そして、指輪にも思いを向けた。


 この指輪の贈り主の元へ――。


 そう呟きながら右手を前方に翳した瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
「うひょ?」
 ロズウェルドの様に、スムーズに視界が変わらないのは……まぁ、これはしょうがない。経験の差ってやつだ。
 零の変な声と、後ろからロズウェルドの焦った声が聞こえたが、それは直ぐに聞こえなくなった。



 歪んだ視界が一気にクリアになると――。

 高級そうな衣服に身を包んだ数人の人間が、縄でグルグル巻きにされて地面に転がされていた。多分、依頼主達だろう。
 それを、剣を持った強面の盗賊達が10人程、彼らを取り囲むようにしてぐるりと囲っていた。
 そんな中、
「…………あのさ、透ちゃん」
「……何でしょう」
「流石に、この展開はどうかと思うよ?」
「…………………………」
 さてさて、私達が転移した先は――。


 依頼主を取り囲む盗賊達のど真ん中に、私と零は立っていた。


 やっちまった…………。
 少し離れた場所に転移して、盗賊達の不意をついて奇襲する。と、いう流れを考えていたのだが……。
 転移は成功。でも転移する場所に失敗。
 はぁ〜っと溜息を吐きながら、ふと、視線を足元向けると――そこには、ミノムシの様に足元に転がる人達が数人。
 急に現れた私達を、ポッカーンとした顔で見上げている。
 その中の1人――癖っ毛なのか何なのか、ピョンピョン飛び跳ねているピンク色の髪の毛を持った少年が、息を飲んで私達を見ていた。
 正確には、私達の指に嵌められた指輪を。
 もしかして、この少年が依頼主? と思って少年の方に体を向けようとしたその時、

「おい、お前ぇら一体なにもんだ!」

 盗賊のリーダーっぽい人間が声を張り上げた。
 酒の飲み過ぎで喉が潰れているのか、凄い濁声だった。
「この人達の護衛者」
 問いに零が簡潔に答えると、一瞬間があり、次にドッと周りを取り囲んでいた盗賊達が笑いだした。
「何だよ何だよ、ウェーゼン国内で名高い宝石商――『アーガルディアーノ』は、こぉ〜んなガキしか雇えないのかよ!」
「やっぱ、新頭取は無能だって話は本当だったんだな」
「違いねぇ!」
 盗賊達のその言葉に、ピンクの髪した少年は唇をギュッと噛んだ。
「くっははは。あー腹がいてぇ〜。それにしても、聞いたか? あのガキ共が『護衛者』だってよ」
 人の事を見て笑い続ける奴らに、私と零の機嫌は一気に急降下。

 しかし……これに似た場面がつい最近もあった様な……??

 つーか、人を指さして笑うな!!
 強度があるとは言えない堪忍袋の緒がプツリと切れた。
 

inserted by FC2 system