第6章 黒狼 05

 
 トオル達が転移魔法で転移してから15分後、漸く目的地まで着いた。
 トーニャがまず初めに目にしたものは――。
 ミノムシの様に体を縄でグルグル巻きにされて、地面に転がされている人間が数名。
 その周りを、体をくの字に折り曲げ、呻き声を上げて悶えている者が10人程地面に倒れ伏していた。
 その場で立っている者は、トオルとレイ、それに、2人の盗賊。
「く、くっそぉーっ!!」
 盗賊の1人が、剣を大きく振りかぶってトオルに襲い掛かる。
 それをトオルはヒョイとかわし、器用に相手の右手だけを蹴り付けて剣を落とすと、それをすかさず遠くへと蹴り飛ばした。そして、丸腰になった男の間合いに素早く入りこむと、肘を腹の中心に叩き込む。
 衝撃で「ぐふっ」と息を吐きだし、腹に手を当て前屈みになった相手の膝裏に蹴りを入れて転がすと、右拳を相手の鳩尾にドスッとめり込ませた。
 トオルに襲い掛かった盗賊は、それによって呆気なく落ちた。
 最後に残った盗賊は、周りで仲間が自分達より弱そうに見える子供に、バッタバッタと倒されて行く様を見せられ、戦意は喪失。
 両手で持つ剣はガタガタと震え、目はきょろきょろと辺りをさ迷い、見ているこっちが可哀想になって来る有様であった。
 そんな盗賊を見ていたレイは、「あーっ、もうメンドイ!」と叫び、震える盗賊に右手を翳した。
 そして一言。

「眠れ」

 と言った瞬間、盗賊の目がグルリと回ってそのまま地面に倒れてしまった。
 魔法で眠らせたのだ。
 トーニャは手綱を引いて馬を止めると、御者台から降りた。そして、荷台にいるミシェルとロズウェルドを一瞥する。
 ミシェルは未だに寝ている。ロズウェルドは顔を真っ青にさせながらも、何とか荷台から降りようとしているが……降りるまで時間が掛かるだろう。
 彼らの事はほっぽって、トーニャは透達の元へ歩いて行った。




「この人数を相手にした割には、怪我はしてない様だな」
 白目を剥いて気絶した盗賊の顔を眺めながら、やり過ぎたかしら? と思っていた所へ声を掛けられた。
 バッと後ろを向いたら、腕を組みながら辺りを見渡しているトーニャが立っていた。
「だって、1対1形式でヤリ合ったからね」
「……1対1?」
 不思議そうに首を傾げるトーニャに、「うん、そう」と頷く。
「だってさ、流石にこの人数で一気に来られたら、たまんないよ。だから、1度魔法で全員の動きを止めて、対戦する人間だけを1人ずつ動けるようにして戦った」
 と教えたら、トーニャは驚いた様な顔をして人の顔を凝視した。
「……トール。それはお前がやったのか?」
「そうだけど? でも、それ位だったら零でも出来るよ」
 そう言ったら、トーニャは腕を組み直してマジマジと人の顔を観察して来た。
 え? 何か私の顔に付いてる?
 気になって、手の平で頬をゴシゴシ拭っていたら、

「トオル?」

 語尾が少し上がった、男にしては少し高い声が聞こえた。
 ビクッと肩が跳ねた。恐る恐る後ろを振り向くと――。


 そこには、ニッコリと微笑みながらも、額に青筋を何本も浮かばせた美人さんが。


「……あ、ロズウェルドさん。もうお加減はよろしくて?」
 えへらえへらと笑ってそう言うと、額の青筋がまた2本増えた。
 美人が怒ると怖いと巷でよく耳にするが、それは本当だった。
 微笑まれているのに、薄ら寒く感じるのは何故? それに、目が笑ってないしぃ!
 ロズウェルドの側から離れてはいけないという事を速攻で破り、なお且つ、止めに入ったロズウェルドを無視した事に、かなぁ〜りご立腹のようだ。
 私は「えへ、えへへへ〜♪」と笑って誤魔化そうとしてみたが、そうはいかなかった。
 たらたらと冷や汗を流す私に、ニッコリと笑ってこう言った。


「トオル、お仕置き決定」


 ロズウェルドはそう言うと、女性の様に細くてしなやかな手を、私の頭とヴィンスさんから貰った腕輪に当てた。
 そして――。


「汝の魔力を封じる事を、ロズウェルド・オルデイロの名によって命じる」


 ロズウェルドがそう言うと、私の体は淡い黄緑色の光に包み込まれ――。
「え?」
 急に切り替わった視界に呆然。

 んなっ、なっ、なぁぁぁぁぁ!?

「今日明日は、このままの姿で過ごせ」
 私はロズウェルドの言葉に愕然とした。
 明日まで?
「ひ、酷いよ! こんな姿じゃ、1人じゃなんにも出来ない!!」
 チビになった私は、ロズウェルドの足に縋り付いて、今まで荷馬車酔いで死にそうになっていた顔を睨みつける。
「なんて事すんだよ!」
 ってゆーか、今あんた魔力を封じるって言ってなかった? チビになって、更に魔力まで封じられちゃったら……私ってお荷物でしか無いじゃん!!
 元に戻せー! とロズウェルドをポカポカ殴る。
 しかし、悲しいかな。虚弱体質で軟弱者のロズウェルドは、その見た目に反して背が高かった。ちんこい私は、腕を振りあげて殴り付けるも、彼の太股辺りしか殴れなかった。
 それに、今の私の攻撃など、さほど威力も無いだろう。
 ポカポカ殴り続けていると、ロズウェルドは私の両脇に手を差し込み、自分の顔の高さにまで私を一気に持ち上げた。

「うっわはぁっ!?」

 急な事に驚く。両脇だけで持ち上げられた状態のままなので、プランプランと足が揺れていた。
 何とも心許無い状態である。
「これは、トオルが俺の言葉を無視した事によるお仕置き。だから、全然酷くもなんともない」
「うぅぅ……それは悪かったよ。謝る。でも、魔力を封じる事は無いじゃん」
「トオルは魔力があると、直ぐに転移魔法を使いそうだからな」
 逃げないようにする為の保険だ。とも言われてしまった。
 私はガックリと項垂れながら諦めた。
 もういいや。確かに、約束破ったの私だし。
 それより、今は「お仕置き」なるものが流行っているのだろうか?   ロズウェルドにしろ、デュレインさんにしろ、今日だけで「お仕置き」2回目だ。
 この年になってお仕置きって……ちょっとショック。
「そう言えばさ、ロズウェルドって他人の魔力を封じる事とか出来たんだ?」
 ふと、疑問に思っていた事を聞いてみる。
「あぁ、それは『俺が』と言うより、トオルが腕に嵌めている腕輪を媒介にして封じただけ」
 ロズウェルドは私を地面に降ろすと、私の左腕を持ちあげて、腕輪に触れた。
「この腕輪の中心部分に、オルクード家の紋章が施されている。分かるか?」
 腕輪の中心に指を指されて、そこをよくよく見ると――。
「薔薇?」
 一輪の薔薇が施されてあった。
「そう、薔薇はオルクード家の紋章だ」
『オルクード』と言えば、他人の魔力を抑えたり封じたり増量させたりなど出来る特殊な家で、彼の家が作りだした『封環』を使えば、オルクード家の者でなくても他人の魔力を封じる事が出来ると教えられた。
「ま、そんな事が出来る奴は滅多にいないがな」
 ふふん、と鼻を鳴らしながらそう言うロズウェルド。
 何だ、軽く自慢か?
「トオルが嵌めている腕輪だが、それはオルクード家が作った本物の封環だ。俺はそれを媒介にして、トオルの魔力を封じた」
「ふぅ〜ん」
 自分の腕に嵌められた、ヴィンスさんから貰った腕輪を眺めていると――。

「あ、あのぉ〜……」

 後方から、とっても弱々しい声が掛けられた。
 誰だろう? と首を後ろに回してみると、そこには――。
 ミノムシから人間に戻った、ピンク色の髪を持った少年が立っていた。
 

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