そぉ〜っと覗き込んだ態勢のまま、ピシッと固まる私達。
進む先にいる狼を見て一言。
何だあのデカさは!?
お座りしてあのデカさなら、立ったらもっと大きいんじゃ……。
そう思いながら、視線を下に降ろすと――。
怪我をしている狼が目に入る。こちらは、普通サイズだ。
だが、何か鋭利な刃物か何かに傷付けられたのか、目を覆いたくなる様な傷が沢山あった。
動物好きな陽子が見たら、怒り狂いそうだ。
そんな2匹を見ながら、私は零の肩をポンポンと叩く。
「…………零」
「な、なに?」
「このまま静かぁ〜に回れ右して、ここから退散すべし!」
狼の気性なんてものは知らないが、こんな暗い洞窟の奥に隠れるように2匹で寄り添っていて、なお且つ、片方の狼は怪我をしている。
下手に動いて相手を刺激しない方がいいだろう。怪我をしていると言う事は、気も荒くなっているだろうし、自分たちの命を守るために襲い掛かってくる可能性だってある。
襲い掛かられても私は全く動けないし、魔法も使えない。零が攻撃魔法をこんな洞窟の中でぶっ放したら、洞窟自体が崩れてしまう危険性がある。
こうなったら、進む先にいる狼に気付かれない様に退散するしかあるまい。
抜き足、差し足、忍び足……。
ソロリと零がその場から離れようとした時、
ガラガラ、ガラガラガラガラ…………カラン。
体の向きを変える為に手をつけていた土の壁が、変に力を入れ過ぎたのか、音を立てて崩れ落ちた。
土壁や小さな石等が落ちる音が、広い洞窟に響き渡る。
「「…………………………………………」」
ゴクリと唾を飲む。多分、私の顔は今までに無いほど引き攣っているに違いない。
零の背中も、緊張で強張っている。
絶対、気付かれた。
いや、でも、もしかしたら気付いてないかもしれないし。
そう思いながら、恐る恐る顔を向けたら――。
あの巨大な狼だけではなく、怪我をした狼までもが私達をヒタと見詰めていた。
ぎゃぁー!! 気付かれたぁ!?
心の中で悲鳴を上げた時、のそり、と大きな狼が起きあがった。
「ヤバッ」
零がそれを見て、ダッと踵を返して走り出した。
私をおんぶしているにも拘らず、素早い速さでその場を後にする。
その時、後ろの方から「キュ〜ン。キュゥゥ〜ン」と悲しそうな声が聞こえた。
え? と思って私が後ろを振り向いた時、何故か零が突然止まった。その為――。
ゴンッ!!
零の後頭部と、私の側頭部がハデにぶつかった。
一瞬、目の奥がチカチカッと光り、それからぶつけた部分に激痛が走る。
ぐぉぉぉっ……っと、暫し互いに頭を抱えながら悶える。
「……い、いったぁ〜。……零、何で急に止まんのさ――」
涙目になりながら零に文句を言おうとして、私は言葉を失った。
何故なら、目の前にあの大きな狼がいたからだ。
マジでビビった。
なんで目の前にいんの? さっきまで後ろにいたよね!?
進路を塞ぐようにして立ちはだかる狼を見上げた時――不意に、狼と目が合った。
ドキッと心臓が跳ねた。なんで私を見んの!?
ジーッと見詰められ、たらたらと嫌な汗が背中を流れ落ちる。
狼くん。私を食べても美味しくないよ? 君のデカさなら、私なんて一口で食べれるだろうけど……腹は一杯にならないよ??
そんな事を思っていたら、視線が合ったままの狼の口がカパリと開く。
ぎゃーっ、食われるぅ!!!!
零の背中にしがみ付いてギュッと目を瞑った時――。
「――助けてくれ」
鋭く尖った犬歯を見せながら、口を開いた狼がそう言った。
「へ?」
狼が喋った!?
何が起こったのか分からずに、口をポカーンと開けて目の前の狼を見上げていたら、狼はもう1度こう言った。
「助けてくれ、『半身』が死にそうなんだ」
その言葉に、零が恐る恐る口を開く。
「は、半身って?」
そう聞くと、狼は少し首を傾げて、人間で言う双子の片割れみたいなものと教えてくれた。
「『半身』は傷を負い過ぎて回復魔法を使えない。オレは攻撃系の魔法以外使う事が出来なくて……」
だから、助けて欲しい。と、ピンと立てた耳をヘニョリと下げた狼くん。
その姿を見た瞬間、私達の今までの恐怖心は一気に霧散した。
こっちこっち、と私達を案内する狼くんの後ろを追って、私達は狼くん達の塒(ねぐら)に来ていた。
零は傷付いた狼の前に膝を付き、両手を翳して治癒魔法を施す。
干し草に横たわる傷付いた狼に、零は眉間に皺を寄せながら「もう大丈夫だよ」と声を掛けていた。
零が放つ、淡い光に包まれた狼は、「キュゥ〜ン」と甘えた様に鼻を鳴らし、零の顔を見詰めていた。
「ねぇ、零。その傷が治るの、時間掛かりそう?」
「……ちょっと掛かるかも。細かな傷はすぐ治せるからいいんだけど……深い傷が4箇所以上あって、その傷を塞ぐには少し時間が掛かると思う」
零の言葉に、私は分かったと頷く。
それから、私の横にお座りしている大きな狼に視線を向ける。
「ちょっと時間が掛かるけど、もう、大丈夫だよ」
「うん」
自分の『半身』を見詰めながら、私の言葉にコクリと頷く狼の仕草がとても幼く見えて、笑えた。
規格外にデカいけど、可愛いではないか。
そんな事を思いながら横にいる狼をポンポンと撫でたら――「ねぇ」と声を掛けられた。
「何?」
「お前、魔力が極端に減ってるだろ」
狼の言葉に、驚いて顔を上げると――自分を見降ろす狼の瞳と視線が交わる。
鮮やかな金色の瞳が、私を見詰める。
何も言えないでいると、私を見詰め続ける狼が不意に「分けてやろうか?」と言い出した。
意味が分からず、ただ首を傾げていると、
「オレの魔力、お前に分けてやる」
「え?」
「そうすれば、体のダルさも元に戻ると思うぞ」
どうする? と聞かれ、私は少し困った。
何ゆえ急にそんな展開に? そう思っていたら、狼くんが「『半身』を治してくれるお礼」だと言った。
「それじゃあ、そのお礼は零に……」
実際、狼くんの半身を治しているのは零なんだし。そう言ったら、零にお礼をするのは『半身』がするからいいのだと言われた。
ふむ。と軽く頷く。そこまで言うなら――「それじゃあ、お願いします」と頭を下げた。
「あ、でも、ここでやるには少し狭いから、場所を変えよう」
「場所を変えるって、どこ――」
に? を言う前に、急に視界がグニャリと歪んだ。そして次の瞬間――。
私と狼くんは、あの暗い洞窟では無く、少し曇った空が見える洞窟の入り口付近に転移していた。
「ここまで来れば、『半身』達の邪魔にならないだろう」
そう言った狼くんは、隣で「ここどこっ?」と驚いてキョロキョロしている私の頭に、右の前足をポンッと置いた。
「むぎゅっ!?」
軽く置いたつもりだったらしいが、大きな前足を頭に置かれた私は、べちゃっと地面に押し潰された。
「あ……悪い」
狼くんは直ぐに頭から前足を離し、地面とキスした形で倒れ伏している私の襟首を、口に銜えて起こしてくれた。
「う゛〜。何すんだよ!?」
口に入った砂を、ペッペッと吐き出しながら睨みつけると、狼くんは耳と尻尾をしゅんと垂らした。
「悪かった。こんな小さな人間を相手にしたのは初めてだから……」
力加減が分からなかったと言われた。
「でも、今ので分かった」
そう言うと、狼くんはもう一度私の頭に前足を乗せる。今度は本当に軽く触れる位だった。
何をするんだろうと思って見詰めていたら――不意に、頭に乗せられていた狼くんの前足から温かいものが流れて来た。
それは頭の天辺から手足の指の先にまで――体の隅々にまで沁み渡る様にして流れて行った。
ポカポカと体が温まり、あまりの気持ちよさに目を閉じていたら……。
「終わったぞ」
頭から前足を離した狼くんがそう言って、「どうだ? もうダルくないだろ?」と聞いて来た。
どれどれ? と思って立ち上がってみて驚いた。
おぉ! 体がすんげー軽い!?
まるで、全身マッサージをした後の様に体が軽くなった。
私は、行儀よくお座りしている狼くんに頭を下げた。
「ありがとう、おおか――」
しかし、言葉の途中でピタリと止まった。
「どうした?」
不自然な態勢で停止した私に、首を傾げる狼くん。
「いや、あのね? 魔力を分けてもらって、助けてもらったのに……俺、君の名前を聞くの忘れてた」
頭を掻きながら、ごめんね? と謝った。
「遅くなったけど、俺の名前は透。トオルだよ。呼びにくかったらトールでもいいし」
君の名前は? と狼くんに振ると、狼くんは「オレには名前が無い」と言われた。
驚く私に、狼くんはう〜んと何か考えてから、「そうだ!」と何かいい案を閃いた様に尻尾をぱたぱたと振って、こう言った。
「トオル、オレに名前を付けて」
「お、俺が君の名前を決めるの?」
自分を指さして、俺? ともう1度確認を取る。
ペットの様に気軽に決めちゃっていいものなんだろうか? と思うも、本人が「どうぞどうぞ、決めちゃてぇ〜」てな感じなのだ。
尻尾をぱたつかせながら、私がどんな名前を付けるのか興味津津と言う様な目を向けて来る。
「本当に俺が決めちゃってもいいんだね?」
「うむ」
私は腕を組んで考える。
そして、ジーッと狼くんの顔を見てからポツリと「……モンジョロビッヒ3世」と言ったら、「いや、それはちょっと……」と言われてしまった。
お気に召さなかったらしい。いい名前だと思ったんだけどなぁ??
私はもう1度狼くんの顔を見た。金色の瞳を見た瞬間――急に頭の中にある言葉が浮かび上がった。
「……君の名前は――」
――レキ。
私の言葉に、黒狼――レキは嬉しそうに目を細めた。
「レキ。オレの名前はレキか!」
嬉しさの余り、「ウォ〜ン!!」と遠吠えをするレキ。
その様子を見て、おぉ、喜んでくれた。とホッと息を吐く私。
一通り咆え終わると、レキの体の下から“黒い風”が突然巻き起こった。それは、レキの大きな体をグルリと取り囲んで覆い隠した。
「うわぁ!?」
突然の突風に、腕で顔を庇いながら、その場から飛ばされない様に踏ん張る。
暫く足に力を入れて踏ん張っていると、ヒュンッと言う音と共に風は収まった。
何だったの今のは!? と恐る恐る顔から腕を離すと――。
目の前に、見知らぬ男の子が頭を垂れて跪いていた。
誰? と声を掛けるよりも早く、男の子が顔を上げた。
そこから現れた金色の瞳に――私は息を呑んだ。
狼から人間に変身? しかも、瞳は金色って……。
頭の中で、フィードの顔が浮かんだ。
それに、「だから、あんなに僕が注意したのにぃー!」と怒るフィードの声も聞こえて来る。
軽く現実逃避をしている私を見ながら、男の子は口を開く。
「狼族『ヴァンデルッタ』のレキです。今、この時から貴女様の下僕となりました」
げ、げぼく……!?
男の子――レキの口から飛び出した言葉に固まる私。
そんな私を無視して、レキはにこりと笑って「よろしく、ご主人様!」と言った。