第6章 黒狼 11

 
 緑豊かな草木が生い茂る道並みから、王都ほどではないが、そこそこ大きな家々が並ぶ街の中心に、私達は一瞬にして移動していた。
 街の人々は、急に現れた数台の馬車や人間達に驚いているようであったが、直ぐに興味を無くした様に通り過ぎて行った。

「エルディギス展示場だ……」

 ここは何処だろうと辺りを見回していると、レクサス君がすぐ近くに建てられている大きな洋館の様な建物を見上げながら呟いた。
 そして、このエルディギス展示場が目的地なのだと教えてくれた。
「明日、ここで大きな宝石展示会があります。国中から名立たる宝石商が集まるんですが、自分達が所有する宝石の中で、1番稀少で貴重な物を出し合うんです。そして、数ある宝石の中で1番に輝いた宝石を出した宝石商が、その年の王室専属宝石商に選ばれるんです」
「しかし何かの手違いか、展示会が開かれる日付を知らせる通知は普通1カ月前に届くはずなのに、展示会が開かれる3日前に私達の元に届いたんです」
「いやぁ〜、あの時は参ったよね、アダン。通知が届いたその日に宝物庫を片っ端から漁って、雇っている人間の中で腕の立つ者たちを選んで、どんな馬車を使うのかで頭を悩ませてさぁ」
「それに、今回は1番貴重な宝石を運ぶ事になるので、ギルドの中でも階級が高い人間を雇いたいと話を付けて……。まさか、あの有名な『冷酷な悪魔』と『笑う死神』――それに、狼族の『エルゲード』を護衛として付けて下さるとは思いませんでしたね」
「本当に、貴方達がいなければ、僕達は無事に此処まで辿り着けていたかどうか……」
 レクサス君とアダンさんが、ロズウェルド達に感謝の言葉を述べると、ロズウェルドは首を振った。
「礼を述べるのなら、トオルとレイに。俺達は感謝をされるほど何かをした訳ではない」
「そうね、最初に盗賊達に襲われていた時に、真っ先に助けに行ったのはこの子達な訳だし」
「急に居なくなって獣人と契約したのは驚いたが……まぁ、そのお陰でこの場所に来れたしな」
 苦笑するロズウェルドを見たレクサス君は、「そうですね」と言うと、私と零の前に来た。
 そして、本当に君達には感謝しています。と言いながら、私達の手を握った。
「……盗賊達に襲われ、頼りにしていた護衛達の大半に見捨てられた時―僕は、もう諦め掛けていたんです。アダンや自分の命……それに、我が宝石商のこれからの事も」
 だけど……と、彼は言う。


「諦めかけた時、君達が来てくれた」


 ギュッと、握っている手に力が入った。
「急に現れた君達を、初めは、新手の盗賊か? とも考えたよ。……でも、指に嵌めている指輪を見た時、君達がギルドの護衛の人達だと気付いたんだ。――あの時は本当に嬉しかった」
 私は、自分の指に嵌められている、紫色の小さな石が付いた指輪に視線を落とした。
 この指輪の意味は――。


“貴方を信頼します”


 レクサス君は私達の手を離すと、アダンさんを呼んだ。
 アダンさんは、手に小さな革袋を2つと、それよりも一回り大きな袋を1つ持っていた。
 ロズウェルド達を見ると、彼らの手にも同じような革袋が1つずつある。
「それにね、木の上で僕が『雨の匂いが強くなってきている』と言った時、君達は馬鹿にするのでも笑う訳でもなく、真剣に聞いてくれて、その事をロズウェルドさん達に報告するとまで言った」
「……え? 別にそれは普通の事なんじゃないの?」
 そいう言うと、レクサス君はそいうではないと首を振る。
「大抵は、雨に匂いなんか無いって言われてお終いだよ」

「「………………」」

 私と零は心の中で「あっぶねー!」と思っていた。
 だって、その時私達も「雨に匂いがあるのか?」って思ってたし……。
 ただ、彼が真剣な顔をしていたから突っ込まなかっただけで。
 私達がポリポリ頭を掻いていると、レクサス君はアダンさんから革袋を受け取り、私達の手に小さな袋を1つずつ置いた。
「これは、今回の護衛の報酬金」
 そして、私の手にもう1つ袋を置いた。
「これは、トール君とレイ君に。彼らより働いてくれた君達に、特別報酬だよ」
「え? でも、こんなに多くは貰えないよ」
 そう言うと、レクサス君はニッコリ笑った。
「いいや、貰ってほしいんだ。それにね、これはお金じゃ無くて、屑石(くずいし)なんだ」
「屑石?」
「うん。僕達の商会では、こう言った屑石は廃棄処分になるんだけど、結構綺麗な色や形をした物が多くあるから、僕個人で集めたりしているんだ」
 これは僕からの気持ちだから貰って? とまで言われたので、ここは有難く頂く事にした。
「ありがとう、レクサス君」
「ありがとね♪」
「うん!」
 3人でニコニコしながら笑い合っていると、アダンさんがレクサス君を呼んだ。
「あぁ、これから展示会場に行って、宝石の登録をして来ないといけないんだ」
「そっか、これからが忙しいね」
「頑張って」
「うん。ありがとう」
 レクサス君はそう言うと、もう1度私達に頭を下げ、アダンさんと一緒に宝石が入った箱を持って、エルディギス展示場に入って行った。



 彼らが建物の中に消えて行く背を暫く眺めていると、ロズウェルドがふぅーっと息を吐いた。
「一時はどうなるかと思ったけど……思ったより早く任務を完了出来たな」
「そだねぇ〜」
「疲れた? トオル」
「うん。初めての仕事だからやっぱり疲れたよ」
 肩をコキコキ鳴らすと、レキが「お疲れですかご主人様!」とアタフタし出した。
「え? あ、そんなに疲れてるって程でもないから大丈――」
「いーえっ! 今は疲れていない様に感じるかもしれませんが、体は確実に疲れているハズです!!」
 人の話を遮り、熱く語るレキ。そして、私の忠実なる下僕くんは「仕事も終わった事ですし、帰りましょう」と言った。
「え? それはちょっと……」
 ちろりん、と横目でロズウェルドを見ると、彼は眉間に皺を寄せてレキを見ていた。
「おい、そこのわんころ。何勝手に話を進めているんだ」
「わ、わんころ!? それはオレの事を言ってるのか!?」
「ふんっ。それしかいないだろ」
 ロズウェルドとレキの間にバチバチと花火が散る。
「それに、まだ帰れるはずないだろ。これからギルドに戻って任務完了の報告をしなけりゃならないんだから」
「報告なら、お前達だけでもやれるだろ」
 レキの言葉に、今まで黙って聞いていたルヴィーも頷く。
「そうね、そんな事なら貴方達だけでも出来る事だわ」
 ご主人様の御手を煩わせないで頂戴。と言って、ルヴィーは零の腕に自分の腕を絡める。
 そして、ルヴィーの言葉に目を瞬かせているロズウェルド、ミシェル、トーニャを順々に見て、「それでは、後は任せました」と言って指をパチンと鳴らした。
「あ、待て!」
 ロズウェルドとミシェルが止める間もなく、4人の姿が一瞬にして消えた。




「あーあぁ、行っちゃった」
 伸ばした手を元に戻したミシェルは、4人が消えた場所を見ながら溜息を吐いた。
「ったく、あいつらは自分の主の事になると、どうしようもないねぇ」
「有り得ないだろ」
「あいつらにとったら、当り前の事だろさ」
「………………」
「まぁ、あの子達が怪我も無く初任務を終われたんだ、良かったじゃないか」
 ポンポンと肩を叩くミシェルに、ロズウェルドはギッと睨みつけながら、乱暴に前髪を掻き上げた。
「あ゛ぁー! ムカつく!!!」
 消える前にレキが見せた「ふふん♪」と言う、人を小馬鹿にした様な顔を見たロズウェルドは、只今怒りのボルテージが急上昇中↑
「ちょっと、あんまり興奮すると」
「あのクソわんころ、覚えてやが――げほっ! げほげほっ、げーほ、ごほげほ……」
 噎せるわよ、と言おうとしたのだが、少し遅かった。
「まったくもぅ……」
 げほげほ、おぇおぇ、と言っているロズウェルドの背中を擦りながら、ミシェルは思う。


 これで全ての人間は揃った。後は、時が来るだけ。


 ロズウェルドの背中を擦っていた手を離し、残った左腕の部分を指でなぞり、それから自分の心臓の所にトンッと右手を置いた。
 小さな獣人は自分の主を漸く見つけた。
 では、自分が愛する、己が主に逢えるのは――。

 もう直ぐだ。
 

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