青い空は嫌い。
『どうして……どうしてなの……?』
泣いていた。
いつもであれば、私の顔を見れば顔を歪ませて喚き散らかすか、私を見ない様に――まるで、そこに存在などしないモノの様に無視をするのに……。
『どうして誰も信じてくれないの? どうして?』
私に馬乗りになって、首を締めながら悲痛な声を出して泣き叫ぶその人は――『私』を見ている様で『私自身』を見てはいなかった。
涙って、しょっぱいんだ……。
ポタポタと顔に落ちて来た涙の粒が口の中に入った時、首を締められながらもそんな事を思っていた。
『私が愛しているのは……ずっと愛しているのは……』
『………………』
『愛しているのは、昔も今もこれからも、“貴方”だけよ。……信じて?』
『………………』
『でも、“この子”がどうして“この様に”生まれて来たのかは……分からないの』
『………………』
首を絞める程、私の事が嫌いなら……なぜ、そんな苦しそうな顔をするのだろう?
私は自分の首を絞められながら、そんな事を思っていたのだが――考えても分からなかったので、その人の手の力が少し緩んだ隙に顔を少し横に向けた。
目に入ったのは――バラバラの長さで切られた青銀色の髪。
そう言えば、何でこんな事になったのだろうか。
今日は天気も良く、風も無くて気温も暖かかったので、外でお茶でもしないかと誘われた。
いつもいつも部屋の中に籠っていては体に悪いからと。
嬉しかった。
いつも私の事を避けているのに、お茶に誘ってくれた事が、とても嬉しかったのだ。
だから私は「行く」と首を縦に振った。
渡されたショールを肩に掛け、薔薇が咲き誇る庭に足を踏み入れ、あの人が座るテーブルにまで歩いて行く。
庭の中心に用意されたテーブルの上には、数種類のケーキと果物。それに、2人分のティーセットが置かれていた。
午後のひと時を一緒に過ごせる事が嬉しくて、私は忘れていたのだ。
気を付けねばならない事を――。
メイドに椅子を引かれたので、そこに腰を掛け様とした時、風が吹いた。
ハッとした時には遅かった。
目を隠す様に長く伸ばされた前髪が風によって上がり、左右非対称の瞳の色が現れた事によって……状況は一変した。
『いやぁぁぁあぁぁぁ……!!』
それまでゆったりと椅子に座り、私が近くに来たのを微笑ましそうに見ていたその人は、私の瞳を見た瞬間顔が引き攣る様に歪み、絶叫した。
そして、テーブルの上に置いてあったナイフを手に取ると、飛びかかる様にして私を地面に押し倒し、何かを叫びながら私の髪を切りつけたのだ。
その場はメイド達の悲鳴で騒がしくなったが、誰もその人の奇行を止めれる者はおらず、私の髪は見るも無残な状態となっていった。
私は地面に落ちた青銀色の髪を指で弄りながら、もう一度正面を向いた。
涙は止まっているが、泣きはらした目元は赤くなっていて、瞳の焦点が定まっていない。
『……こんな瞳があるから……』
虚ろな表情で私の水色の瞳を見ていた人は、持っていたナイフを緩慢な動作で振り上げる。
私は体の力を抜いた。
もう、全てに関してどうでもよくなっていた。
死ぬのなら、それでもいい。
死んだら、他人から『気持ち悪い瞳』と言われる事も、まるで穢れたモノでも見る様な目で見られる事も無くなる。
ポタッと涙が一滴、落ちて来た。
振り上げられた腕が落とされ、右目に激痛が走る。
『きゃーっ!』
『奥様が、奥様が!!』
『誰か来てぇー!』
周りは更に騒がしくなり、騒ぎを聞き付けた家の者達がこの場へ駆けつけて来るのが分かった。
私は痛む右目を意識しない様に、そっと、左目を開けた。
視界に入るのは、透き通った水色の――右目と同じ色彩の……青い空。
右目がズキズキと痛んで来て、だんだん意識が霞んで来る。
『―――!』
遠くから、私の名前を呼ぶ幼馴染である少年の声が聞こえて来たのを最後に、私の意識は無くなった。
青い空は嫌い。
私の瞳と同じ水色の青い空は――大嫌い。