第7章 邂逅 06

 
 豪華な馬車に乗った私とジークさんは、ついに王城にやって来た。
 魔法でリュシーさんに変身した私は、リュシーさんが持っていたドレスを身に着け、長い髪をアップして、ジークさんの瞳の色の宝石が入った髪飾りとネックレスを付けていた。
 化粧もバッチリした。
 美人さんは何もしなくても美人だが、化粧をすると更に美しくなるのだな、と鏡を見て思ったものだ。

「うわぁ〜……」
 馬車の中から外を覗くと、家紋が入った馬車が続々と城門の中に入っていくのが見えた。
 そろそろ馬車から降りなければならないという前に、私はずっと手の中に持っていたモノに視線を落とした。


 それは、昨日買い物をしている時に買った黒い眼帯であった。


 眼帯を右目に当てて、髪型が崩れない様に頭の後ろで紐を結ぶ。
 顔を上げると、ジークさんと目が合った。
「どうです?」
「なんか、不思議な感じがする」
 ジークさんは右目に黒い眼帯をした私を見て、苦笑した。
 2人でクスクス笑い合いながら、眼帯が落ちてこないか確認していると――馬車の揺れが止まった。
「着いたようだ。――それじゃあ、行こうか」
「はい」
 ジークさんは外にいた人物が開けた扉から先に出ると、スッと私に右手を差し出した。


「お手をどうぞ、我が姫」


 足元にお気を付け下さい、と言うジークさん……いや、ジークに、私は顔が赤くなった。
 リュシーさんに対して述べている言葉なのだと、頭では分かってはいるのだが……こんなカッコいい少年に、自分の目を見ながらそんな事を言われたら、勘違いしてしまいそうだ。
 ふしゅぅぅーっと音が出そうなほど顔を赤くした私は、ジークの顔と差し出された手とを交互に見ながら、ゆっくりと彼の手に自分の手を重ねた。
 手を引かれ、腰にもそっと手を添えられる様にして馬車から降ろしてもらうと、ジークは私の手を自分の左腕に絡ませた。それから、ゆっくりと歩き出す。
 ギクシャクしながら歩いていると、隣から笑い声が聞こえた。
 顔を横に向けると、ジークが笑いながら私を見ていた。
「何笑ってんのさ」
「いや、なんでもない」
 ジークはクスクス笑い続ける。
 意味が分からずムッとしていると、ジークに「未来では城に来た事なかったの?」と聞かれた。
「ないよ」
「どうして? 話を聞けば、リュシーナが君の後見人に付いているんだろう? そうであれば、1度くらいは王城に上がる機会があったはずだけど」
「確かに、王城に行ってみますかと聞かれた事があったけど、断ったの」
「断った?」
「うん。私、王族とか貴族ってよく分からないんだけど……」
 ふと思い出すのは、年齢不詳の母である。
 私は驚くジークの顔を見ながらこう言った。


「うちの母さんがハマッて見ている『韓流ドラマ』って言うものの中に、韓国王朝時代の話があってね? その中で、王の寵愛を奪い合ったりする側室達や、権力を我が物にしようとする官吏達のドロドロとした話があるの。それで、王族や貴族は何時も毒殺事件や刺客に命を狙われたりしていたり、侍女や下男であれば権力抗争に巻き込まれて命を落とす話が多かったんだよね。――私が読んでるトリップものの小説にある様な、主人公が綺麗に着飾って王城に行って、カッコいい王子様や騎士なんかとダンスして恋に落ちて、はい終わり。ってな事はまず無いわけ」


 そう、母さんが良く見ている『韓ドラ』で、王宮――王城では、海千山千の魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する場所なのだと勉強していた私は、未来では「そんな所には行きません」と断っていた。
 勿論、零のお母さんもうちの母と共に『韓ドラ』を一緒になって見ていたので、零も「あんな面倒そうな所には行きたくない」と言って断っていた。
 ジークは私の話を聞きながら、「はんりゅー?」とか「どらまって何?」と興味津々に聞いて来たが、説明するのが面倒だったから、そこは軽くスルーした。
「まっ、そんな理由で今まで王城には行かなかったの」
「ふぅーん。でも、表向き煌びやかで華やかなこの王城の中でも、裏では毒殺とか刺客によって命を狙われるという話は、無い訳ではないからな。トオル達の判断は正しいよ」
「うげっ……やっぱり、そういう事ってあるんだ」
「まぁね」
 ジークは肩を竦めた。
「そうだ、トオルに言っておかなきゃならない事が、まだあるんだった」
「何?」
「城の中の食べ物や飲み物はなるべく取らないでくれ。稀に、数日経ってから症状が出てくる魔法薬が仕込まれている時があるんだ」
 その言葉を聞いた私は、心の中でがっくりと項垂れた。
 王城の料理ってとっても美味しいのだと、仲良くなったリュシーさんちのメイドさんに聞いた事があったから、それだけを楽しみにしていたのに。
 ブツブツと呟いていると、ジークが「これが終わったら、僕の家の料理長が作る夕食をご馳走するから」と言ってくれた。
「出来れば、美味しいデザートも付けて下さい」
 と私が言うと、ぷっと笑われた。
 むっ……なぜ笑う。


 私は今、デュレインさんの『デザート禁止令』があるせいで、絶賛『甘い物断ち』の真っ最中なのだ!


 彼女に隠れて甘い物を食べようと何度も思ったのだが、絶対後から彼女にバレそうな予感がしたので、実行出来ないでいた。
 もし隠れて食べているのをバレたら……後でデュレインさんにどんな『お仕置き』をされるか分からない。


 でも、ここにはそんなデュレインさんがいない!


 今のうちに甘い物を沢山食べるべく、ジークに「絶対デザートも出してね!」と念を押した。
「はいはい、分かりましたよ」
「絶対だよ?」
 年甲斐も無くそんな事を言いながら、私達は仲良く王城の中に入って行った。




 リュシーさんが、今まで人からどの様な目で見られて来たのか――。

 それは、城の大広間に入ってから知る事となる。

 私を見る大抵の人が、嘲りの色が籠もった目を向けて来る。
 露骨に顔を顰める人は少なかったが、親しい感じで話し掛けて来る人がいても、それは隣にいるジークに対してであって、絶対私を見ようとはしなかった。


 まるで、此処には存在しない人間の様に扱われた。


「リュシーナが疲れている様なので、少し休ませて来ます」
 困惑する私の気配に気付いたジークが、話していた貴族達に笑ってそう言うと、私の手を引いて彼らの『嫌な感じがする目』から離してくれた。
 大広間から抜け出し、少し歩くと――誰もいない、白い薔薇が咲き乱れる庭園に出た。
 そこに私を連れて来たジークは、疲れた顔をした私の顔を見て苦笑した。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。……それより、リュシーさんって何時もあんな風に扱われてたの?」
「昔はもっと酷かった」
「……ねぇ、どうしてリュシーさんがそんな酷い扱いを受けなきゃならないの?」
「………………」
 疑問に思ったことを聞いてみたのだが、ジークは沈痛な顔をして、その事について口を開こうとはしなかった。
 そして、まるで話を逸らすかの様に、「リュシーナは、何時もこの場所で時間を潰していたんだ」と話し出した。
 私は、これ以上聞いても教えてはくれないだろうと思い、ジークの話に乗った。
「綺麗な白薔薇だね」
「あぁ、白は王家の色なんだ。薔薇は、王家の守護を司る家を示している」
「王家の守護って、白騎士だけじゃないの?」
「白騎士は王族を外敵から護る為にいる。守護家であるオルクード家は、王族の巨大な魔力を抑える役割を担っているんだ。――幼くても膨大な魔力を有している王族の子供は、度々魔力の暴走をさせてしまうから、魔力を封じるという特殊な力があるオルクード家の者達が、そのような事が起きない様に魔力制御を施しているんだ」
「へぇ〜」
「まぁ、それも魔力を1人で制御する事が出来るようになる、成人になるまでの間だけどね」


 なるほどねぇ、と話を聞きながら頷いていると、大広間の方から音楽が流れて来るのが聞こえて来た。


「始まったな」
「ジーク、私はどうすれば……」
「あぁ、リュシーナはダンスが終わる時間まで、何時も1人でこの庭にいるんだ」
 トオルはどうする? と聞かれ、私もダンスが終わるまでここで待っていると言った。
 あんな場所に長時間居たくないし。リュシーさんがあの時、行きたくないって言った気持ちがよく分かる。
「――それじゃあ、何か分からない事があったら連絡蝶で知らせて」
「分かった」
 大広間に戻って行くジークの後姿を暫く眺めながら、これからどうしようか考えるが、此処に黙って立っていても仕方が無いので、この辺りを散策してみる事にした。
 夜の庭園を、薔薇を眺めながら歩いていく。
 柔らかな芝生が敷かれた地面を見ると、所々に小さな魔光石が埋められているのに気付いた。

「――光よ」

 手を翳してそう言うと、途端に魔光石が淡い光を発する。
 よしよし、これで歩きやすくなったぞ。
 利き目を眼帯で覆っているから、暗いと更に歩きにくいのだ。
 明るくなった庭園の中を、ドレスの裾を持って歩き続ける。
「……しっかし、ホントにだぁ〜れもいないな」
 月明かりや魔光石のお陰で、1人で外にいても怖くは無いが……ちょっと心細いかも。
 やっぱり、広間に戻ろう――と来た道を引き返そうとした時、


「あんた……リュシーナ・オルグレンじゃないな?」


 人の気配に、全く気付けなかった。
 直ぐ側で聞こえてきた声に、ハッとして後ろに振り向こうとしたら――。


 気付いた時には、私は地面に背中をつけて倒れていた。


 何が起こったのか分からずにいると、私の両手を顔の横で拘束している人間が、顔をゆっくりと近づけて来る。
 頬に、相手の髪が触れた。サラサラの、長い髪だった。
 月の光の逆光で最初は分からなかったが、私の背中に土をつけた人間は――無表情な少年であった。

「ねぇ……オルグレン家の姫の姿に精巧に化けてまで、この城に入った理由は何?」

 銀髪に琥珀色の瞳を持った少年は、私の手首を強い力で掴んで拘束したまま、更に顔を近づけてきた。
 整った……綺麗な顔をした少年だと思った。
 琥珀色の瞳に私の姿が映るまで顔を近づけた少年は、そこで動きを止めると、両手で拘束していた手首を片手だけで掴み直し、空いた手で私の頬を撫でる。


「ねぇ、何で何も喋らないの? もしかして……体の隅々まで、俺に直接調べて欲しいの?」


 泣きたくなった。
 どうやら、私はいろんな意味で危ない人間に捕まったようです。
 

inserted by FC2 system